第33話
町から近いということで最初の2~3日は盗賊の襲撃の心配もなく、立ち寄った村での宿泊もなかなか快適だった。
商人も今回は枕を持参してきており、多分私はいびきはかいていないと思うので、夜もぐっすり眠れているようだった。
しかし4日目の村に入ったところで、私的には大いに頭を悩ませる大問題となる出来事が発生した。
その問題とはトイレ問題である。
恐ろしい事にその村ではトイレには扉がなく、木の段差の上に丸い穴が空いているだけというものだった。
近くにはシャベルと荷車が置いてあり、畑の肥しにするために定期的に回収しているようだったが、強烈な臭いと汚さでめまいがしてきそうだった。
それでもまだトイレがあるだけマシな方で、次の日に立ち寄った村では、少し離れたところの地面に大きな穴が掘られていて、そこに生ごみや動物の骨などが捨てられていたのだが、そこでうんこやおしっこをするという強烈なものだった。
当然腐敗臭も入り混じった想像を絶する程の臭さで、めまいどころか気絶しそうだった。これならまだ魔の森で野宿した方がマシに思える程だった。
さらに次の日の村ではトイレそのものがなく、大きな陶器に用を足して窓の下に置かれている肥溜めに捨てるという状態だった。
このトイレ事情については、ガリクソンと一緒に旅をした時の商人の寝不足問題以上に、私の心に深刻なダメージをもたらしたが、人間食べなければ生きていけず当然食べると出る物が出ていくので、どうにも避けて通れぬ過酷な道だった。
魔の森で果物を食べていたときは全くうんこもおしっこも出なかったが、森を抜けて普通の食事をすると普通にうんこもおしっこも出るのだ。
ましてや行く先々の食べ物が結構美味しくて、強烈な悪臭を放つ糞尿がベースの肥しで育てられたであろう野菜がこれまた実に味が濃くて美味しくて、食物繊維をたっぷり食べるものだから、うんこもたっぷりプリプリ出ていくのである。
人間慣れというのは恐ろしい物で、5日目を過ぎたあたりから何かがマヒしたようで、この過酷な状況を受け入れるようになっていた。
そうして予定通り8日目にしてこの地方では人気の温泉地である村へと到着した。常に太陽が出ている時間帯での移動であったので、ここまでの間盗賊には一切出会わなかったが、護衛の人の話ではたまに視線を感じることがあったとのことだった。
さすが温泉で有名なだけあって辺りは独特の匂いが漂っており、この匂いならば糞尿の悪臭も打ち消されるのではないかと思ったところ、なんとここでは温泉を利用した簡易式の水洗トイレが完備されていて私は感動する程喜んだ。
「以前タダノ殿は良い所の育ちだとガリクソン殿がおっしゃられていましたが、町を出てから先のトイレには大分苦労なされていたご様子、ここのトイレに感動するのも良く分かります」
「ええ・・・それはもう・・・町を出てからのトイレには大分まいりました、一時は町へと引き返そうかと一晩中本気で考えた事もありました。これならまだ誰もいない森の中で穴を掘って用を足す方がマシなくらいです」
「そうでしたか、心中お察しします」
この温泉地は人気の有名スポットということで、商工組合が運営する宿泊地があり、私達はそこに泊まることになった。その際私のライセンス証を提示したところ一番良い部屋を恐らくかなり格安で利用出来ることになり商人は大喜びだった。残念ながら護衛の人達は一般の部屋だったが、それでも護衛の人達も十分上等な部屋だと言って喜んでいた。
早速旅の疲れと汗を流しに温泉へ行ってみると、まさに天然の露天風呂で絶景の夕日を眺めながら足を延ばしてゆっくりと浸かる温泉は最高だった。
その後の食事も格別で、温泉や地熱を利用した茹でた料理や蒸し料理が実に美味しく、その後のトイレで悩むことなく安心してたっぷり食べた。
明けて翌日、私達は早速商人が打ち立てた今回の旅の筋書きとは別の筋書を演じる事にした。
まず護衛の人達が村役場へ行き、仕事の依頼が貼られた掲示板でドグリアスの穴周辺地域の依頼がないか探した。
この村は温泉観光地なので戦士組合や探検家組合専用の建物はなく、害獣駆除や山賊討伐などの依頼はもっぱら村役場にて取り扱っているとのことだった。
「おっまさに狙い通りの依頼があるぜギャラガ」
「どれどれ・・・おお、まさにその通りだな、害獣駆除に山賊討伐、おっ探検家用の周辺調査依頼もあるな、これは先行しているタナカにも後で教えておいてやろう」
そう、実は私は既に朝早くにドグリアスの穴に向けて単独で出発していたのであった。
その理由は最初からギャラガ達と一緒に行動していると村役場の人達や温泉宿に来ている観光客の人達の目につくのに加え、想定の範囲内ではあるが昨日寝泊まりした商工組合の宿泊地には他の旅の商人が数人いたので、全員が一緒にドグリアスの穴に向かってしまうと、今回の裏の筋書がバレバレになるからだった。
そういうわけで私は探検家の肩書を活かして、周辺探索を行うという名目で一人ドグリアスの穴へと向かって行ったのであった。
温泉地帯という事でゴロゴロとした岩石が多く、ところどころ「キケン!毒の空気!この先立ち入り禁止!」と書かれた立て看板があった。恐らく有毒な硫化水素ガスなどが濃密に発生している場所があるのだろう。
実際岩石の中には黄色い岩もあり、恐らく硫黄を多く含んだ岩石だと考えた。こうなるとこの先のドグリアスの穴付近には色んな鉱物資源があるのだろうという期待が膨らんできた。
ドグリアスの穴へと続く道は割と分かりやすくなっていて迷う心配もなかった。とはいえ日常的に人の往来が多い道ではないので、幅が広くてしっかり踏み慣らされた歩きやすい道というわけではなかった。
ギャラガからの話によると、もしも山賊がいたとしてもまずは隠れて監視して、襲撃相手が何人いて戦闘力はどれくらいありそうかなどをしっかり確認し、恐らく行きはわざとスルーして帰りに採取してきた重い鉱石を背負いながら満足して油断して帰ってきたところを狙うだろうとの事だった。
襲撃相手は鉱石採取と荷物運びで体力を使っているだろうから疲労による消耗と集中力の低下も狙い目で、しかも相手を害した後はせっせと苦労して採取してくれた鉱石を採掘せず手に入れることが出来るので実に効率が良い。
そうした事から、まず十中八九行きの行程では襲ってこないだろうというのがプロの考えだった。
ギャラガのその説明が実に理にかなっていると納得出来たので、私も行きの行程ではそれほど怖がらずに進むことが出来た。そして帰りの行程ではギャラガ達と合流して一緒に帰るのである。
もしも今、偵察部隊が隠れて私を監視していたとしても、その後屈強でいかにもプロ集団といった感じのギャラガ達がやってくれば、うまくいけば山賊達も下手に手を出してこない可能性が大きい。
そうした頼もしさから、私はそれほど恐怖に怯えることなくこの後の採掘作業を楽しみに歩き進んでいたのであった。
そうして歩き進むこと2時間、その間全く何かの気配を感じることもなく、鳥のさえずりを聞きながらのんびりと緊張感もなく歩いていると、前方に開けたスペースがあるのが見て取れた。




