第10話
かつての私はこんな風にして魚を食べたことがあったのだろうか?こんなにも美味しい魚を食べたことがあったのだろうか?とにもかくにもなんと美味しい魚だろうか!素人が塩をまぶして焼いただけの魚なのに素晴らしく美味しい!
私は頭と尻尾どころか骨までもボリボリ噛み砕いて食べた。2匹目からは木の皿に移すことなく直接食べて、あっという間に3匹全て綺麗に食べ尽し、残っていた内臓は燃え続ける薪の中に入れて焼いた。
とても美味しかったという喜びに加え、お腹も満たされ大満足した私は、日中結構うたた寝したにも関わらず眠くなり、木製ベットのところまで向かったが、本来ならほとんど真っ暗で何も見えないはずなのに薄っすらと私には見えて、どこにもぶつからずに辿り着き、シーツを敷いて枕を置いて、枕元には残りの果物を置いて、やはり刀を抱いたまま横になった。そしてすぐに深い眠りについた。
翌朝普通に目が覚めると喉の渇きを覚えたので、最後の1個のピンク色の果物を手にして口にした。
相変らずとてもみずみずしくて美味しいのですぐに完食してしまったが、おかげで喉の渇きは全くなくなった。
私は休憩所から出て朝日を浴びて伸びをし、もう一度休憩所に戻ってシーツと枕を持ってきて、枕は外に置いてあるテーブルの上に置いて日干しをし、シーツは川に持っていって水洗いをしてから、休憩所の近くにある物干し竿にかけて乾かした。物干し竿は一つだけじゃないので、ついでに全裸になって服も洗って干した。
一仕事終えたところで待望の生理現象が訪れた。
その生理現象とは、うんこがしたくなったのである。
私は休憩所の壁に立てかけてあったシャベルを手にして建物から離れて地面に穴を掘ってやっと待望のうんことおしっこをした。最初の小屋で目覚めて以来初めて老廃物を排出したということで実に気持ちが良かった。
すっかり用を足してすっきりした後はシャベルで土をかけて埋めてから川に入っておしりを洗った。
それでふと思いつき、私は調理場に行ってお目当てのモノを探すと棚の上にそれを見つけた。そのモノとは鍋である。色つやから察するに恐らく銅製の鍋と思われた。
私はその鍋を持って川に戻り、先ほどおしりを洗った場所より上流に行って鍋の中にたっぷり川の水を入れて調理場にもどって、土かまどに鍋を載せて火を起こし、川の水を煮沸消毒させて飲料水を確保することにした。
その後昨日即席で作った槍を持って川に潜り、川底を探りながら泳いでいると岩陰にかなりの大物の魚の姿を確認し、ゆっくりと魚の死角から近づいていき、そろりそろりと槍を近づけてから一気に突き刺した。
頭を突き刺したならともかく、胴体を貫通させただけなので、大きな魚は身体を激しくバタつかせながら逃げようとしたがこちらも猛烈に足をバタつかせて急浮上し、そのままの勢いで上半身どころか全身全てが水面から飛び出した。まるで水中発射ミサイルのようだった。
槍を上に掲げたまま素早く岸まで辿り着き、手頃な石を掴んで大きな魚の頭に思い切り叩きつけて即死させると、それまで激しく動いていた魚はピクリともしなくなった。
私はいったん優しく魚を横たえて槍を抜き、手を合わせて頭を垂れて黙とうした。
それからまるで大きなサケのように1メートル以上はある魚を抱きかかえて調理場に行き、本当は三枚におろしたかったがやり方が分からず、とりあえず腹から背中にナイフを入れて二枚におろし、岩塩をまぶして休憩所の屋根からぶら下がっているフックに引っ掛けて魚の切り身を干した。
このフックについては昨日この周辺をしっかり入念に調査して最初に見つけた時、一体何の目的で使うものなのか全く分からなかったが、魚を焼いていた時に閃いたのだった。果たしてこうして使うのが正解なのかは分からないが、私としては魚か獣の肉を干すのではないかと思ったのだ。
さすがに今回は頭と尾は内臓と一緒に近くに穴を掘ってそこに捨ててから埋めた。
その後乾いた服を着て、今度は刀を手にして森の方へと向かって行った。何か果物かキノコなど食べられそうな物を探すのが目的である。
森が近くなるとあちこちに無数の木の切り株があり、ここまで切るのに一体どれくらいの月日が流れたのだろうかと考える程だった。
まだ伐採されていない木のところまで到達したので早速森の中に入ってみると、木と木の間の地面にはフカフカした植物の繊維のようなものが茂っていて割と探索しやすかった。
結構あちこちくまなく探し回ったのだがお目当ての食べられそうな物はなかなか見つからず、いったん今日のところは諦めて休憩所に戻る事にした。
あともうすぐで森の外に出るというところで、突然私は何かの気配を感じた。何かが見えたわけでも何かが聞こえたわけでも何かが匂ってきたわけでもないのに何故か何かがいるという感じがしたのだ。
私は背を低めてその気配がどこから来るのか感覚を研ぎ澄ませてみると、どうやらそれは休憩所の方であることが分かった。
残念ながらこの先は切り株だらけで見晴らしが良く遮蔽物もないので、私は何か身を隠せるものがないか辺りを見回してみたところ、木材を運ぶ木製の大きなそりがあるのを見つけ、そろりそろりとそりに近づき、そりに身を隠しながら静かに押して休憩所の方へと近づいて行った。
なるべく目立たないように進行経路を考えてゆっくりそりを押して休憩所に近づいていくと予想していた通りの生き物の存在を確認した。
その生き物とはクマである。
黒くて太くて大きいという点で間違いなくクマだった。そしてそのクマの狙いは干していてた大きな魚だというのがすぐに分かった。
残念ではあるが干した魚は諦めることにして、森の方に引き返してやり過ごそうと思ったのだが、そこで実に良くないタイミングでもう一つ別の気配を感じてしまった。
その気配は一つではなく複数の気配で、さらに続けてピィー!ピィー!という甲高い笛の音が聞こえてきた。恐らく動物避けの笛だろう。
クマは笛の音がする方向を見たが、目の前の干し魚の方がはるかに魅力的らしく、理性よりも本能の赴くまま魚を手繰り寄せてかぶりついた。
その際クマの手を見たのだが、恐ろしく凶悪で大きなツメで、私の知っているクマのものとはまるで違っているような気がした。また立ち上がった時の大きさたるや下手したら3メートル近くはありそうな巨体だった。
笛の音はどんどん大きくなってきてこちらに近付いて来ているのが明らかで、このままでは見たくない惨劇が繰り広げられる気がして、私は居ても立っても居られなくなった。
恐怖でどうしたらよいか分からず若干パニックに陥って頭の中は真っ白で思考停止しかけていたところ突然笛の音が止み、その代わりにひゃぁーっ!という叫び声が聞こえてしまった。
すると二つ目の干し魚の切り身を食べ終えたクマは二本足で立ち上がって両腕を広げてグウォーッ!という大きな声をあげた。
すぐにワァーッ!という複数の悲鳴が聞こえ、クマはそちらの方角に猛然と走っていった。
何を血迷ったのか私はそりから身を乗り出して、クマの背中を全力疾走で追いかけた。
私の刀は太い木だって一刀両断出来る凄い刀だ!後ろから不意を突けば木よりも柔らかいはずのクマなら切り裂くことが出来るかもしれない!