花火の紅
筆を持つということが週間でなく趣味になってから数年。
リハビリを始めようと思います。
夏の花火とはここ数年は家で見るものだった。
家が山手にあってバルコニーの電気を消せば海の花火が遠目に見えていた。
最近では必ずテレビ中継もある。特段の理由がなければ家で穏やかに過ごすものだった。
現地、間近で見る花火はきっと綺麗だろう。ただ人混みだけは苦手だ。夏の人混みはつらい。熱気とあるかのままならない行列。あの中に入るのは厳しいものがある。
そんな僕が花火大会に来ている。友達に誘われたからだ。
高校2年になって幼馴染達と再開したからだ。僕が昔通ってた剣道場の同期とその知り合い達。それなりのマンモス高だから入学してるのを残存知らなかった。
「まりも、今年も花火大会行こうよ」
当たり前のように誘ってくる。昔は稽古帰りにご褒美を兼ねてみんなで行っていた。
まりもとは僕のことである。天パで頭が丸いから丸刈りにするとまりもみたいになるんだ。もう剣道も辞めたから久しくなってない。
「みんなが良いならお邪魔するよ」
そうして僕は数年ぶりに花火大会にきた。
花火の当日、女子陣は浴衣を着てきて、男子達は大いに湧いた。なんならだぼだぼのゆる着できたことを恥じたものもいた。僕のことだ。
「知らん間に人増えたなぁ」
「すぐ逸れるから気をつけてね。最悪帰り集合で」
不意に栞が僕の袖を引っ張った。
「まりも、付き合ってる人とかいるの?」
「いませんよー。ご存知でしょう」
じゃあいいよね、と栞は僕の手取った。
「こうしないとはぐれちゃうよ」
「あ、ありがとう」
繋いだ手は、細くひんやりとしていた。どこか懐かしい冷たさだった。身内に染み透ってくるような冷たさが、熱った身体に心地よかった。
結局、少し歩いただけで一組、また一組と波に飲まれてはぐれていった。
「まりも、今、部活何してたっけ」
「文芸部だよ」
「文芸部? 宮沢賢治とか読むの?」
「だいたい合ってるけど、概ね間違ってるね」
「じゃあ何読んでるの?」
「宮沢賢治で一番好きなのは『よだかの星』かな」
「なんかカフカの『変身』が好きそう」
どう言う意味だ。好きだけど。
「どっちかって言うと、『山月記』じゃないか」
「そんな殊勝なこと言うには10年早いんじゃない?」
栞は昔と変わらず僕に話しかけてくる。それがなんだか変な感じだ。
「なんで剣道やめちゃったの?」
「知ってるだろ。膝やっちゃってからさ」
「それでも部活には入れたのに」
「親に心配されてさ。それにブランクもあるし」
そう、とだけ言って彼女は目を伏せた。
しばらくして花火が上がり始める。
ひゅ〜っと登ってスッと消える。遅れてから大輪が花開く。
「あの赤はきっとストロンチウムだね」
「それ、ふつー通じないから」
「え、ベタなジョークじゃない?」
呆れたと彼女は笑った。
「ベタと思ってるあたりがらしいよね」
「化学屋なんだよ。無機寄りの」
「無機よりってなに。勇気がないってこと?」
「果てしない夢よりも、目の前のことが好きってこと」
「これだからなんか理系ってセンチ気取るよね」
「そうでもないでしょ。情報系とか工学系とか」
「星を語ってる人は?」
「天文系はズルだぜ。あいつら空に落ちちゃうとか言うんだもん」
「ズルはみんな少しはしたいものでしょ」
栞は切れ長な目だけを動かして僕に同意を求めた。
「まりも今日は来てくれてありがとう。来てくれないと私1人だったんだよね」
「え、どういうこと?」
「いや気づいてないの? 最近あっちもこっちもいい感じで、はぐれるフリして2人きりになりたかったみたい」
だから、そのままじゃ私があぶれるところだったんだ、と栞はくつくつ笑った。
「じゃあ俺はいいように使われたってわけ〜」
「まあいいようにされてるのはそうかも?」
栞が笑うと切れ長な目がスッと細められる。
色とりどりの花火は彼女を照らして消えていった。
指が熱い。脈打つ度に熱がじわりと染み込んでくる。
「付き合ってる人いないって言ったよね?」
君の横顔を、紅い花火が照らした。
ワンドロ一発書きで失礼します。不意に改稿したらごめんなさい。