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ようこそ! 我がサーカスへ!!

 その噂はある日突然流れ始めた。噂の出どころは知らない。本当にある日、気づいたら噂は周囲に浸透していて、誰もがその噂を口にした。

 曰く、精密に計算され尽くしたような、美しいショーをするサーカスがあるらしい。

 曰く、そのサーカスにはミスをする演者などいないらしい。

 曰く、そのサーカスは神出鬼没で、上演に立ち会えたら相当ラッキーらしい。

 曰く、そのサーカスの次の開園場所はここらしい。

 曰く、曰く、曰く……。数えきれないほどの噂が流れていた。そんな馬鹿な、と言いたくなるような噂も多かった。むしろそんな噂ばかりだった。僕はそんな噂信じていなかった。

 だけど、そのサーカスが現れたのは本当に突然だった。いつの間にか、景色になじむようにそこに、不気味な笑顔のピエロが描かれた看板を張り付けたサーカステントは、立っていた。明らかに一夜で立つはずもないような大きなサーカステント。なのに目に映る景色に違和感はなくて、何年もそこに、サーカステントが立っていたようにすら感じた。僕は怖くなった。知らないものが日常に入り込んだような恐怖感。サーカステントの前に立つ板に書かれた上演日時は明後日の夜だった。誰に誘われてもショーは見ないし、ここには近づかないと一人心に決めた。


 二日後の夜。僕は近づかないと決めたサーカステントの前に立っていた。サーカス好きの友人が僕にチケットを渡して言った。

「サーカスの団長にお願いしたら、飛び入りで一演目やってもいいって言ってもらえたんだ! 何年もサーカスを夢見て練習していた僕の演技を君に見てほしいから絶対来てくれ!」

 キラキラとした笑顔で話していた友人の姿にノーと言えるほど非常になれなかった僕は、すべてを諦めてサーカステントの前に立っていた。

 上演時間まで、というより開園時間までまだ時間がある。サーカステントの前にできた行列にちらりと目を向けながら、僕は友人の姿を一目見るために近くのスタッフだろう人に声をかける。スタッフは人受けのしそうな笑顔を張り付け、僕の要件を聞くと

「案内します」

 笑顔のまま、ただ一言そういった。

 案内されたところはかなり狭くて、演者が所狭しと自身の演技を練習していたり精神統一をしていたりといたって普通の、想像通りのサーカスの控室だった。その様子に僕は少しホッとして、緊張しているだろう友人の姿を探す。しばらく見渡して見つけた友人はやはり緊張しているようだった。そっと近づいて声をかければ、僕の思っていたよりも大きな反応が返ってきて、驚かした僕自身も驚いた。相当緊張している様子の友人と少しだけ会話をする。友人のする演技の大まかな内容やここでの様子を話している内に、緊張は多少ほぐれたようで、最初に見た時よりも顔色も、声色もよくなっていた。ここまでくれば大丈夫だろうと、友人に別れを告げ外に戻れば、開場時間は過ぎてしまっていたらしく行列の姿はそこにはなかった。

 友人を励ましたことで謎の達成感を感じていた僕は、このまま帰ってしまうことも考えたものの、友人の勇姿はやっぱり一目見ておこうと不気味なサーカステントの中に向かって再度、一人足を踏み出した。

 不気味だと思っていたサーカステントの中は控室同様に想像通りのサーカスで、警戒していたのが馬鹿に思えてくるようだった。ステージを囲むように設置されている客席はかなり埋まっていて、少しだけ驚いた。噂がかなり回っていたからか、野次馬のような客もいれば、楽しみにしているような客もいた。がやがやとした喧騒が少し心地いいなと思っていたら、アラームのような音が鳴り、ショーが始まった。

 結論から言ってしまえば、噂は本当だったとだけ。そう伝えるしかないほどに、本当に美しいショーだったのだ、計算されていたように投げ上げたものは綺麗な放物線を描き、着地点には必ず演者がいた。そしてどんなに客が驚くようなショーも軽々とやってのけた。難しそうに思えるモノだって誰もが簡単そうに演じきった。絶えることなく笑顔を貼り続けたままで。

 最初はいぶかしんでいた僕も、野次馬客も引き込まれた。終わってみれば、もう一度見たいと思ったけれど、僕には唯一気がかりがあった。友人のことだった。

 大まかな演技のことは友人本人から聞いていたのに、実際に友人が行っていた物は違った。それに演者全員が貼り続けていた笑顔は友人も例外なく、貼り付けていた。正直なところ友人のあんな顔、僕は見たことがなかった。初めて見る笑顔、聞いていた内容と違う演技。僕はこのショーをもう一度見たいと思う気持ちと同じくらい、もしくはそれ以上にこのサーカスに怯えていた。友人を連れて逃げ出さなくては、そう思ったと同時に僕は走り出した。友人がいるはずだろう、最初に案内された控室に。

「そこのお客様」

 控室までもう少し、というところで声をかけられた。

「そちらは演者控室でございます。演者に何か御用でしょうか」

 暗闇から現れた男は、演者ともスタッフとも違う服装やオーラを放っていてもしかしたら、この人がこのサーカスの団長かもしれないと思った。喉が引きつりそうになりながら

「えぇ。友人が今回のショーに参加していまして……。迎えにいこうと思った次第です」

 男の目を見つめながらそう返した。

「そうでしたか。しかし現在は演者同士で交流を図りながら本日のショーについて語り合う時間となっておりまして……。申し訳ありませんが、もう少々お待ちください」

「そうだったんですね。それなら僕は外で……」

「いえ。本当にすぐに終わると思いますので、わたくしと少々お話して時間を消費するのはいかがでしょうか」

 男の提案に僕は少しの間考える。正直な想いを言えば今すぐにここを去りたいが、友人を迎えに来たと言ってしまった手前、すぐに終わるというのを待つほうが自然な流れだろう、とは思ってしまう。あまり長時間考えてしまうのも団長らしき男の前で失礼に思えてしまい、本当にすぐ終わるのならば、と話をすることを許諾した。

「お客様はもしや本日参加されました演者のご友人ですか?」

「えぇ。サーカスが大好きな自慢の友人の姿を一目見たくて」

「そうでしたか……。お客様ご自身はお好きですか、サーカス」

「それこそ友人の影響でそれなりには」

「お客様もご友人のように演技はされないのですか?」

「僕はそこまでではないので」

「わたくしが見る限りですが、才能が有りそうでしたのに残念です」

「それは友人にでも言ってあげてください」

「ご友人も大変すばらしい演技でした。だからこそ美しい仲をお持ちのお二人で演じてほしいと思ったのですが」

「友人にも誘われたことがありましたが、僕はこういうの、できそうにないので」

「おや。それならわたくしがサポートをいたしますよ。ご心配なさらずとも、我々のサーカスのサポートは手厚いですから。興味さえあればそれでいいのです! ご友人もきっと本心ではお客様との演技を待ち望んでおりますよ。一度だけいかがでしょう?」

「そこまで言うなら、一度だけ……」

 思わずうなずいてしまった。友人が二人で何かをやりたいと望んでいることは知っていたから。男はにこりと笑って言った。

「わたくしにお任せあれ!」

 体に何か巻き付いた気がした。


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