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5-9

 インサイド総督イトカの来訪はつつがなく終わり、ボーダーは再び以前のようなあわただしさに包まれた。社会構造の再構築がある程度進んだころ、白河はボーダーの国民に議会制と選挙を導入することを説明。独立国家ボーダー初の選挙が行われることになった。


「なまじ知ってるからこそ、誰に投票すればいいか悩むんだよね」


 ヴァレリーは私室で外出の準備をしながら、フェシスとの通信でそんなことをぼやく。


≪今日が投票日では?≫


「そうだよ。まだ決めてない」


≪議会制についてはヴァーチャル・アウトサイドでも採用されていますが、人間にとって投票というのは、なかなか頭を悩ませる行為のようですね≫


 臨時補佐官としての外出ではないから、いつものパンツスーツではない。「何着ようかな」と小さくつぶやいて、クローゼットを物色する。候補となる服をいくつかベッドの上に引っ張り出して、ヴァレリーはうなった。

 長めのトップスとレギンスを合わせる? スカートもいいけれど、動きやすさで言えばズボンの方がヴァレリーには向いている。臨時補佐官になってから、普段はかっちりとした制服を着る機会が増えた。やっぱり休日くらいはかわいらしい服にしようか……。

 その様子が誰に投票するか悩んでいる自分の姿と重なって、ヴァレリーは小さく笑った。


「決めるのは私だけど、もうこれ選挙じゃん。候補者から選ぶやつじゃん」


≪選択肢はいつでも存在します。人間にも、ロボットにも≫


 フェシスが珍しく観念的な話をしたので、ヴァレリーは目を丸くした。≪ココロ≫が初期化されて以来、フェシスがそういう発言をするのをなかなか耳にしなかった。フェシスと会話しつづけた甲斐があったというものだと、ヴァレリーはほくそ笑む。

 短めのジャケットとデニムパンツを選んで着る。鏡の前で手早く整えて「脚が長く見える!」と、元・一介の戦闘機パイロットは喜んだ。


「じゃあ、いってきます」


≪いってらっしゃい。お気をつけて。私はボーダーのインフラには現在関与できませんから、鍵を閉めるのをお忘れなく≫


 そうだった、とヴァレリーは鍵を取りに戻る。電気を消して、扉を閉める。ジャケットのポケットに鍵を突っ込むと、居住区の廊下を歩き出した。

 臨時補佐官になってから、鍵と電子鍵を併用している。テクノロジーだけではハッキングの危険があるし、鍵だけでは紛失や偽造などで突破される危険がある。ヴァレリーは窮屈だと思うけれど、臨時補佐官という立場上、仕方がないだろう。

 しかしそれも、選挙が終わるまでの辛抱だ。選挙で議会のメンバーが選ばれれば、ヴァレリーは晴れて自由の身となる。立候補などしていない。


「お、隼の姐さんやん」

「リュウさん。元気?」

「おお、いつも通りや。姐さんは忙しそうやな」

「ほんとにねえ。白河よりはマシだけど」


 熟練整備士のリュウ・ファーが快活な笑い声をあげると、浅黒い肌の中で白い歯が目立つ。変わっていくもの、変わらないもの……ヴァレリーはそのことに思いを馳せる。変革するものはワクワクするし、変わらないものには安らぎや安堵がある。どちらかに偏っていたら落ち着かないだろうなと、ヴァレリーはポケットの中で私室の鍵を転がした。


「ほな!」


 いつかのようにリュウから握手を求められて応える。ヴァレリーはリュウ・ファーのごつごつした手に染み込んだ油の跡をながめながら、彼が自分の乗るファウストの整備をしてくれたことに感謝した。


「リュウさんみたいな熟練整備士に、愛機を整備してもらえてよかったよ。最近ファウストには乗れてないけど……またね!」


 リュウ・ファーと別れて投票所に向かう。まだ時間帯が早いこともあって、人影はまばらだ。投票所の受付に見知った顔が混ざっているのに驚いて、ヴァレリーは声をあげた。


「え? 祥子さんじゃん。こんなところで何してんの?」

「おはようございます、ヴァレリー・モーリス。今日は投票所の受付役を担当しています」


 伊庭祥子の機械的な応答に「お役所勤め?」と返すと「はい」と祥子はうなずいた。


「普段は入国管理業務を補佐しているのですが、今日は選挙の日ですので、入国審査がないのです。ですのでこちらの投票所で受付業務を担当しています」

「人、足りてなさそうだね」

「一時的なものかと。開票作業が済み次第、私も通常の入国管理業務に戻ります」


 いかに友好的とはいえ、アウトサイド、インサイドともに選挙に介入してこない保証はない。万が一のことに備えて、投票から開票作業が終わるまでは入国審査を行わないという決定がされたらしかった。ヴァレリーは初耳だから、知らないところで提案があったのだろう。懐かしい人々と連続して出くわしたこともあって、ヴァレリーはワルターのことを思い出した。


「この前、イトカさんとメイジスに会ったよ。目玉の改修のときに、代表にも会った。白河は職場が一緒だからよく会うしさ。でもワルターには、まだ会えてないな。何してるか知ってる?」

「ワルター・ミュラーは飛行機の操縦士をしていますよ」

「え、なにそれずるい」


 お散歩と称してファウストに乗っていたくらいだから、ヴァレリーは戦闘機の操縦が好きだ。アウトサイドとの戦闘がなくなって、戦闘機に乗る機会はぐんと減ってしまったけれど、「飛行機、その手があったか……」とヴァレリーはタブレットに記名する手を止める。

 世間話に興じてうしろに列を作るわけにもいかない。祥子から投票用紙を受け取って、ヴァレリーは投票ブースに向かう。

 頭上には、画像と名前、提唱する政策がずらりと表示されたモニタがある。結局誰に投票するか決めてなかったな、とヴァレリーは口を半開きにして、モニタとにらめっこをした。


 ……すべてのロボットに≪ココロ≫を。


 候補者の中にそんな文言を見つけて動きを止める。

 ヴァレリーは迷いなく投票用紙に名前を書くと、投票所をあとにした。

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