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5-8

 白河陸の片目の改修が終わった。ぎこちない笑顔のボーダー司令とアウトサイド代表の映像がボーダー発のニュースとして発信され、インサイドにも伝わったのだろう、インサイド総督白河イトカから連絡があった。その内容は息子二人の仲のいい様子を喜ぶもので、アウトサイド代表が懸念していたような、片目の機能に白河陸が乗っ取られているというものではない。心配しすぎだったんじゃないのかな、疑心暗鬼に駆られていたのは案外白河陸の方だったのではないかと、ヴァレリーは思う。

 インサイドからボーダーに、会談の打診があった。イトカのことだからお茶会のようなものだろう。正式なルートを通して連絡があったことを、ヴァレリーは鼻息を少し荒くして喜んだ。先だってアウトサイドから白河に個人的な通信が入ったことを気にしている。


「別にいいんじゃないの?」

「そういうわけにはいかないでしょ。ボーダーも国家になったんだから」

「お前はそういうの、気にしないと思ってた」

「普段は気にしないよ。でも、国としてなめられるわけにはいかないから」

「そういうもんかねぇ」


 会談をどこで行うかについてはさまざまな意見が出たが、最終的にはイトカがボーダーにやってくることになった。まだ社会構造やインフラ整備などに忙しいボーダー司令を慮ってのことらしい。


 ──インサイド総督がボーダーにやってくる。


 その事実は、ボーダーがインサイドから独立を果たしたことを内外に知らしめるものでもある。ボーダーの人々は「こんなことは要塞だった頃にはなかった」と大いに独立を実感した。インサイドの人々は、アウトサイドの環境が過酷で人の住めるところではないと教育される。ボーダーの人々もかつてインサイダーとして同様の教育を受けているが、実際のアウトサイドが目の前にあるから、インサイドで生活する人々ほどの偏見はない。それでもアウトサイドとの国境だったボーダーに総督がやってくることの衝撃は大きいようだ。

 インサイドにつながるエレベーターの扉が開いた。扉の向こうから、インサイド総督と護衛が数人現れる。護衛の中に、さも当然といった顔でメイジスも並んでいる。今や動く≪ココロ≫を持っているのはメイジスだけだ。インサイドの基幹システムは相変わらずだなと、ヴァレリーは小さく笑った。そうして、ワルターに似たメイジスがエレベーターに乗っていることに、わずかに赤面した。ワルターに妹だと言われたときのことを思い出したのだ。


「インサイド総督白河イトカ様、お待ちしておりました。ご案内いたします」


 臨時補佐官となったヴァレリーのかしこまった言葉にも、イトカやメイジスは笑わない。彼女たちが国家としての立場と親しげな関係にきちんと線を引いていることを、ヴァレリーは好ましく思った。

 ボーダーの貴賓室で会談がはじまる。会談の内容は公開されるものではないから、そこでのやりとりは打ち解けた雰囲気である。ひとしきり近況報告などをしたあと、白河が切り出した。


「それで、ボーダーの司令職についてだけど、選挙をしようと思ってる。インサイドやアウトサイドに比べると司令がころころ変わると思うんだけど、変わらずよろしく」

「まあ。ボーダーは民主主義国家を目指すのね」

「一応ね。オレ、司令職向いてないし、面倒くさいの嫌いだし」

「そう。インサイドで習ったと思うけれど、民主主義の社会構造を作るのなら、いくつか気をつけた方がいいことがあるわ」

「長期的な視座からの国家運営、それから国民が政治に無関心になること」

「あら。私ったらダメねぇ。いつまで海くんを子供だと思って接しているのかしら」


 民主主義は独裁国家よりも民意が政策に反映されやすいが、国民が関心を持たなければ機能しない。立候補者が人気取りに終始して、政策についてのビジョンをろくに持たないという事態も過去にはあったという。とはいえ、国民の政治への関心を得るにはある程度の人気取りもしなければならないから、その辺りのバランス感覚は難しい。かつてアメリカ地区では選挙自体がお祭りのようになっていたそうだ。

 長期的な視座からの国家運営については、短期で司令が入れ替わり、長期的な政策が採用されにくくなる……といったものである。短期間で成果を出せない政策は敬遠されがちになる。国家百年の計とはよくいったもので、人気を得て長期政権を築く者、あるいは後継者を用意できる者でなければ、長期スパンでの政策は実行しにくい。

 臨時補佐官に任命されて以来、ヴァレリーも勉強はさせられたが、頭がパンクしそうであった。むしゃくしゃして、何度かファウストでの空中散歩をさせてほしいと頭をかきむしったほどだ。アウトサイドからの戦闘行為がなくなった今、ファウストの発進許可はなかなかおりない。社会構造の再構築を迫られているボーダー司令、白河に至っては、もっと大変だろう。たまには女の子と遊ばせてあげてと思わないこともないが、ハニートラップなどの懸念もあって、こちらもなかなか許可がおりない。窮屈だ。仕方がないから、たまに二人で食事をしながら愚痴を吐いている。


「母さんは最近どう?」

「元気よ。メイくんもいてくれるから心強いわ」

「インサイドもアウトサイドも、やっぱり安定してるな。ボーダーにも、メイジスやフェシスみたいな基幹システムがあった方がいいのかな」


 白河の言葉に、思わず顔を上げる。一番最初のヴァレリー……レイリー・モーリスがメイジスとフェシスの開発者だ。ヴァレリーにはレイリーとしての記憶はないけれど、もしボーダーに基幹システムを用意するなら、と考える。ボーダーの社会構造に合わせたもの……おそらくは、実例の検索や選択肢の提示に優れた、対話型のシステムになるだろう。


「基幹システムを作ることになったら、参考にメイジスを解析させてって話になるかも」

「わかったわ。メイくんからボーダーのインフラ管理権を移す方は割と早くに完了していたけれど、基幹システムがない状況でどうやっているの?」

「機能特化した個々のロボットに割り振ってる」

「懐かしい。昔はみんなそうだったのよ」


 新しくできたボーダーという国家が、少し古い形の社会構造を採用していることにようやく気がついて、ヴァレリーは内心驚いた。長所も短所も理解した上での変革を進めていく、意外と堅実な政策ビジョンを白河は持っているのだなと感心した。

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