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 白河空のアンインストールが完了したのは、白河陸がボーダーに来訪する数日前だった。なんとかかんとか間に合うものだなあとヴァレリーは驚嘆した。開発班の人々の協力のおかげだろう。一人での開発だったらまず間に合わなかったとは、白河本人の弁である。手はずどおり、まずはクローニング用データから白河空の人格プログラムを取り除き、その後、記憶操作技術者たちによって、白河の中から同プログラムを取り除く手術が行われた。


「じゃあ白河父のデータは、もう参照できないの? インフラの再構築に必要とか言ってなかったっけ?」

「人格プログラムはアンインストールされたよ。開発関係の資料はデータとして残したけど」


 ヴァレリーには、なんとなくの状況しか理解できない。オリジナルであるレイリーなら理解できたのだろうなと、自分の金髪を指にくるくると巻きつけた。


「リミッターが解除されても、父さんが動き出すことはなくなった。これで名実ともに、白河空は死んだことになる」


 淡々と話す白河の感情を、ヴァレリーはうまく推察できないでいる。


「お葬式とか、しなくていいの?」

「だいぶ前にやったから、今度はやらない」

「ふーん、そういうものか。悲しいとかないの?」

「ないなあ。だいぶ前に死んでるから。オレは直接話したわけでもないし、データ上の父親みたいな感覚に近いかな」

「ああ、そっか。白河もクローン人間だもんね」


 リミッターの外れた白河から白河空が現れたときのことを思い出して、ヴァレリーは身震いした。大昔、親となる資格を持たない人間がいた時代があったと、インサイドの学習プログラムで聞いたことがある。その実例の一つに、かつて親のやりたかったことを子の性質を無視して押し付けるというものがあった。子の人生を、親が生きてしまうのである。

 白河は開発に向いているから性質を無視しているというわけではないけれど、白河空のインストールは「子の人生を親が生きてしまう」というのに近い気がした。ままならなかった自分の人生を、子供を使って取り戻そうとする……そんな親に人生を乗っ取られた子供はどうなるのだったか。学習プログラムで学んだはずだけれど、いまいち思い出せない。ヴァレリーは子供の頃から猪突猛進なところがあったし、育ての親から言いつけられてもすぐに忘れてしまうから想像できないが、おそらくあまりいい結果にはならないだろう。

 自分のやりたいことがわからなくなってしまうんじゃないかなと、ヴァレリーは思う。白河にはリミッターが解除されるまでの自由期間というものがあったけれど、それはもしかしたなら白河空なりの愛情だったのかもしれない。空さんは不器用だから、と目を細めるインサイド総督白河イトカの姿を思い出した。アウトサイド代表に、白河空は同じ措置をとらなかった。白河本人は「オレはでき損ないだ」と自嘲するが、白河空は、白河の開発の才能を高く評価していたのではないだろうか。でなければ自分の擬似人格プログラムをインストールすることもないだろう。

 久しぶりにボーダーの格納庫に降りて、ヴァレリーはめいっぱい伸びをした。油と金属のにおいがする格納庫は、ヴァレリーにとって居心地がいい。落ち着くとでも言えばいいのだろうか。ファウストの発進が少なくなって、格納庫に来る機会も減ってしまった。

 通信を受けた整備士たちの動きが活発になる。滑走路につながる扉が開いていく。滑走路の四方にオレンジ色の誘導灯がついて、深緑色のファウストを迎え入れる。なめらかな着陸の見事さに、ヴァレリーは思わず口笛を吹いた。轟音で、ヴァレリー自身にもよく聞こえない。急に騒がしくなった格納庫で、整備士たちがきびきびと動き出す。その中には何人か見知った顔が混じっている。リュウ・ファーが元気そうにしているのを見て、ヴァレリーはにやついた。停止したファウストのエンジンの予熱が、あたりの空気を歪ませている。少ししてからハッチが開いて、アウトサイド代表が姿を現した。護衛のロボットにも見覚えがある。伊庭祥子に似ているが、祥子本人なのか、同型の別ロボットなのか……ヴァレリーは遠くにいる彼女をじっと見守った。≪ココロ≫を初期化された祥子の言動は機械的で区別が付きづらくなってしまったけれど、あれはおそらく祥子ではないだろう。


「久しぶり」

「やあ、ロリ子ちゃん。お出迎えありがとう」

「臨時とはいえ、補佐官だからね。それで、お連れの方は……」

「フェシスでも伊庭祥子でもないよ」

「だよね。すごく似てたからビックリした」


 ヴァレリーが以前アウトサイドに所属していたときのように敬礼してみせると、白河陸は苦笑いして、眼帯に覆われていない方の目を細め、アウトサイド式のコンパクトな敬礼を返してみせた。≪ひつじ≫の中では動けないから、敬礼の動きも小さく変化したらしい。ヴァーチャル空間でも、現実のアウトサイドでの感覚に影響されることがあるのだろうか。もしかしたなら、自然なあり方を追求してきたアウトサイドならではの感覚かもしれない。


「ご案内いたします。こちらです」


 かしこまったヴァレリーの言葉を、白河陸は「ちゃんと補佐官してるんだねぇ」と、いつも通り気の抜けた声で茶化した。

 他の格納庫に降り立った護衛機の面々とも合流して、アウトサイドからの使節団ができあがる。その頃にはボーダー司令となった白河も出迎えに来ていた。


「久しぶり」

「そんなに久しぶりでもなくない? 結構頻繁にやり取りしてたじゃん」

「海くんは五年も連絡くれないとかザラだから……」

「それ、先代のオレでしょ」


 そんなことより、と白河が厳重に封がされた金属製の箱を取り出す。


「これ、撮影する?」

「する。アウトサイド代表の目玉の改修を行なったのはボーダーだって、インサイドに伝わらないと意味ないじゃん?」


 じゃあ、と緊張した面持ちになった白河が、金属製の箱のセンサーに指を当てる。指紋認証らしい。ピピッと音がしてふたが開いた。光沢のある上等な布の上に、機械でできた眼球が鎮座している。

 動画や画像の撮影音があちこちから聞こえてくる中、ボーダー司令白河海と、アウトサイド代表白河陸は、ぎこちない笑みを浮かべた。

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