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街頭ビジョンに「ボーダー要塞の独立」「アウトサイドとインサイドの国交樹立」のビッグニュースが立てつづけに飛び込んでくる。ボーダー要塞にあるヴァレリーの私室の窓……カーテンのすき間から見えるニュースをよそに、ヴァレリーはベッドの中で眠っていた。
≪そろそろ時間です。起きていますか? ヴァレリー≫
フェシスの声にあわてて飛び起きたヴァレリーは身支度を整える。クローゼットの中にあるインサイドの旧軍で支給された式典用の制服に袖を通しかけて「違う!」とやわらかいビニール袋に包まれた真新しい制服を引っ張り出した。今日独立するボーダー要塞の、新しい制服である。
シャワーは昨夜浴びた。ビニール袋を乱暴に開けると、わしゃわしゃと丸めてゴミ箱に投げ込む。中から引っ張り出したパンツスーツに脚を通しながら、ヴァレリーはパウチ式の栄養補給食を飲み込んだ。式典の最中に腹が鳴るのは避けたい。
「おはよう、フェス!」
そういえばあいさつがまだだったと遅ればせながら声をかけると、アウトサイドの基幹システム、フェシスは≪おはようございます≫と機械的な返答をした。以前のように寝坊に呆れられてため息をつかれるわけではない。そのことに、ヴァレリーはまだ少しだけ慣れない。
ボーダー要塞がインサイドから独立することになったのは、半年ほど前のことである。式典後、ボーダー要塞はボーダーと名を改めることになる。
かつてインサイドに対してかたくなであったアウトサイドは、国民の人命救助に協力したインサイドへの態度を軟化させ、国交を樹立することを宣言した。過去の色々な事件を鑑みて和解することは難しいが、敵対はしないといった消極的な国交樹立である。
ヴァレリーはパンツスーツにシャツを押し込んで、ベルトを通す。パウチ式の栄養補給食がカラになったのを確認して、容器をゴミ箱に捨てた。
インサイドとアウトサイドの国交樹立の条件の一つにあったのが、緩衝地帯となるボーダー要塞の独立だった。インサイドを全面的に信頼することは難しいと、アウトサイド代表、白河陸は考えたらしかった。
白河陸の認識は「母である白河イトカは壊れている」という、以前C-0でハゲタカことアーネスト・テイラー主任が語った内容と同じだ。壊れているから遠い昔に亡くなった夫の忘れ形見であるインサイド統治システムに正当な評価をくだせず、エラーをそのままにした……といった見方をしている。壊れている以上、以前の強硬姿勢に戻る可能性もゼロではないという疑心暗鬼もあって、緩衝地帯としてボーダー要塞の独立を条件に出したようだ。
インサイド総督白河イトカと、ボーダー要塞司令白河海の独立会談は、意外とスムーズに進んだ。
ボーダー要塞司令、白河海──友人の新しい肩書きにも、ヴァレリーはいまだに慣れない。「あいつが司令かぁ」と半笑いが浮かんでしまう。「ボーダー要塞がインサイドから独立して、軌道に乗るまでの間だからな。わかったら早く軌道に乗せてくれ!」というのは、白河の弁である。司令に任命されても、中身は変わらない。すでに重責に耐えかねているようにも見える。
白河はどうやらボーダーを、インサイドともアウトサイドとも違う議会制で運営していくつもりのようだ。インサイドの議会制は形ばかりで、実際にはロボットたちの提案に総督のイトカが判断をくだすといった、専制君主制に比較的近いものだった。アウトサイドは立憲民主制である。ヴァーチャル・アウトサイドに議会があり、大半の議題はそこで決められる。ただし≪ひつじ≫に関することは代表の白河陸に権限があり、議会でも口をはさむことはできない。アウトサイドで≪ひつじ≫といえば必需品だから、代表である白河陸の力は自然と大きくなる。
友人に「なんで白河はえらいポストに収まるのが嫌なの?」と聞いたことがある。ガラじゃないとか、時間がいくらあっても足りなくなるとか、それでリミッターが解除されたのではたまらないとか、能力が足りないとか色々な言い訳が返ってきたが、要は面倒くさいんだなとヴァレリーは察した。
ヴァレリーは髪の毛にブラシをかけながら、新しい制服姿を鏡で見て満足する。なかなか似合っている。支給された新しい革靴を履きながら、壁にかけてあった帽子を頭に乗せた。
「じゃ、いってきます」
≪ボーダー要塞、ヴァレリー・モーリスの私室の電子ロックをかけます。いってらっしゃい、ヴァレリー・モーリス≫
駆け出したいのをこらえて、早足で式典会場に向かう。通路には同じ制服を着た者たちがちらほらいて、式典会場に近づくにつれてその数が増えていく。
人間とクローン人間、サイボーグやロボットはどれくらいの割合で含まれているのだろうとヴァレリーは思案する。ヴァレリー自身もクローン人間であるし、人間はかなり少ないのではないか。
集合場所にいた見知った顔に「おはよう。間に合ってよかった!」と声をかけながら、ヴァレリーは少し傾いていた自分の帽子をかぶり直した。
式典開始の少し前に、隊列を組んで同僚たちと会場入りする。しばらくすると音楽隊のファンファーレがはじまって、ヴァレリーは背筋を伸ばした。ボーダー要塞司令、白河海が壇上に現れる。今日はさすがに背中が曲がっていない。背中を丸めて、ゆるんだベルトの上からパンツが少しのぞいている状態で白衣を着ていた白河を思い出す。あれは祥子にだまされたときだったっけと記憶をたどりながら、音楽隊の演奏にあわせて踊りそうになる靴のかかとを押さえ込んだ。
白河が演台の前に立つ。ボーダー要塞で働く人々が一斉に敬礼をした。
「えー、本日をもちまして、ボーダー要塞はインサイドから独立します」
拍手を待ってから、白河が言葉をつづける。
「それに伴い、名前をボーダー要塞からボーダーと改めます」
歴史的な出来事になるだろうに、白河の口調は普段より少しかしこまった程度のもので、ヴァレリーは「スピーチの練習をもっとした方がよかったんじゃ?」とハラハラしながら見守った。これまでボーダー要塞で白河と関わってきた人々の感想も、似たり寄ったりだろう。
「皆さんご存知の通り、インサイドとアウトサイドの国交が正式に樹立しました。我々ボーダーは、このどちらとも国交を持つことになります。インサイドとアウトサイドを取り持つ形で、二つの国の平和の架け橋になれることを大変うれしく思います」
ボーダー要塞……もとい、ボーダーの人々が白河に盛大な拍手を贈る。
「ここに至るまでに、いくつかの犠牲もありました。インサイドとアウトサイドの戦闘で亡くなられた犠牲者に、黙祷を」
式典に参加した人々と同様に、ヴァレリーは帽子を脱いで頭を下げる。軍属であった頃なら、帽子をかぶったまま敬礼していたかもしれない。今のヴァレリーは職員だ。ボーダーの人々も胸元に脱いだ帽子をあてたり、腿の横にさげたりと姿勢はさまざまだ。黙祷の鐘が鳴る。
インサイド守備隊として戦ってきたアウトサイドの人々、アウトサイド亡命後に戦ったインサイドの人々、ハゲタカことアーネスト・テイラー……自分の見てきた犠牲者たちを思い出す。
戦わなければ自分の命が危なかったのだから、操縦桿を握るヴァレリーの手に躊躇はない。それでも敵味方問わず、犠牲者は存在する。敵だったからといってことさら辱める気にはならないし、戦争が終われば双方の犠牲者に黙祷も捧げよう。
犠牲者は人間だけではない。
フェシスの≪ココロ≫の停止、伊庭祥子とワルター・ミュラーの初期化も犠牲の一つだ。彼らロボットは≪ココロ≫を停止、初期化の憂き目にあってまで、人間を助けるために犠牲となった。記憶がクローン人間の人生を形作るものなら、初期化されたロボットもまた、一度生を終えて再生されたのと大差ない。
黙祷を終えた人々が、再度帽子をかぶり直す。
「国家としてのボーダーの運営は、議会制を考えていますが、当面の間、私、白河海が司令を務めます。異論やご不満もあろうかと思いますが、お力添えのほど、よろしくお願いいたします」
さすがにかしこまった場では、オレとは言わないらしい。司令として人々の前に立つときには、そういう堅苦しさがいくつもあるのだろうなとヴァレリーは友人の苦労を察した。




