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4-8

「電圧足りてへん! 四番の格納庫から予備電源まわしてくれ! 動かせる機材はどんだけある?」


 ボーダー要塞の格納庫に到着した一行は、整備を進めていたリュウ・ファーに再会した。


「えっらいまあ、さんざん暴れまわってくれたもんで苦労したわ」


 ワルターとヴァレリーの顔を見た途端、リュウは大きなため息とともに頭をばりばりとかき、お小言を言った。

 三番と六番の格納庫はインサイド突入時にROPの攻撃によって破壊されている。特にヴァレリーの降り立った六番ゲートは被害が甚大だ。瓦礫の中から動かせる機材を発掘して整備する作業は、熟練整備士の腕をもってしても、なかなか骨が折れそうだった。


「あんたら、疫病神か悪魔か何かか。ああ、ファウストて悪魔の名前やったっけ」

「悪魔はメフィストフェレス。ファウストは悪魔と契約するダメ男の方」

「開発者、なんでそんな名前つけたんやろな」


 自分が名付けたわけでもないのに、ヴァレリーは言葉に詰まる。クローン人間であるヴァレリーの元となった開発者、レイリー・モーリスがこの戦闘機の名付け親だ。


「たぶん、地獄を見よ的な意味じゃない?」

「趣味悪ぅ」

「搭乗者を悪魔になぞらえてるらしい」

「ますます趣味悪いやん」


 ヴァレリーは頭を抱えて「やめてよぉ!」と嘆いた。自分のオリジナルのことだから、どうせ「なんか語感がかっこいいじゃん? 意味ありげだし!」とかなんとか適当なことを言ってつけたに違いない。インサイドC-0で糸花からレイリーの話を聞いたとき、ヴァレリーは親近感がわくような、共感性羞恥にもだえるような、不思議な感覚に何度も陥った。

 白河は先ほどからひつじの調整を担当している。インサイドの基幹システムであるメイジスの仕様変更といい、何かとせわしない。


「最終調整にはまだ時間がかかるけど、メイジスの偵察機の彼女と、ワルターがひつじに収まれば動くはず。《ひつじ》に乗りこむと全リソースを使うことになるから、今のうちにやりたいことがあればやっておくことをおすすめする。再起動後に記憶が残ってる保証はない」

「わかった」


 ワルターはすぐに席をはずしたが、祥子は白河の様子を心配そうに見守っている。根を詰めて倒れることを心配しているのだろう。

 ヴァレリーは懐かしいインサイドの格納庫内をぶらぶらと歩きながら、白河と祥子の様子を遠巻きにうかがった。ぽつりぽつりと会話しているようだ。


「君はやりたいこと、ないの?」

「特には。思いつきません」

「ふうん」


 整備をつづける白河と、その横で手持無沙汰にしている祥子をながめながら、ヴァレリーは格納庫に並んだヘルメットを片っ端からぺちぺちと叩いてまわった。

 いつの間にか隣にやってきたワルターに「なにあれ、じれったくない?」とぼやく。


「祥子さん、白河が倒れないか心配だって言えばいいのにね」

「彼女は言わないと思う」

「だよねえ。好きなら言っとけばいいのに」


 格納庫の手すりにつかまって身体を伸ばす。屈伸運動をはじめたヴァレリーに、ワルターはぽつりと言った。


「好きとは違うんじゃない? 彼女の想い人は、あくまでも先代の白河海だ」

「そういうもの?」

「そういうもの。レイリーとヴァレリーみたいなもの」


 ワルターの言葉にきょとんと目を丸くして、ヴァレリーはたずねた。


「え、なに? ワルターはレイリーが好きだったの?」

「君の考えてるような好きじゃない」


 眼鏡のレンズを拭きながら、ワルターは目を細めて二人の様子を見守っている。

 白河は大きくため息をつくと、ようやく祥子を見た。


「君の恋人って、先代のオレなんだっけ。何か最後にしてほしいことがあれば、リクエストに応えるけど」

「結構です」


「バッサリ断った!」とヴァレリーが驚く横で、眼鏡をかけたワルターが「だろうね」と無表情のままつぶやく。

 不機嫌になった白河海が「人がせっかく善意で……」とぼやくのに対して、祥子は「ごめんなさい。でも、あなたは私の知っている白河博士とは違うので」と悲しげに微笑んだ。


「姿も、声も、癖もそっくりだけれど、あなたは別人です」


 ヴァレリーは格納庫の手すりをばんばんと叩いて、「じれったいにも程がある! 抱きしめてチューくらいすればいいじゃんね! 行けよ白河!」と小声のまま暴れる。一方でワルターは淡々としている。


「それは違う。《ひつじ》に乗ったら、次に目覚めたとき、記憶が残ってるかわからない。大切な人を覚えていられる最期の機会かもしれないから、その瞬間まで先代の白河海を想っていたいんじゃない?」

「ふーん、恋ってそういうもの?」

「知らないけど、多分ね」


 白河が無言でじっと祥子を見つめる。「よし、それでいい!」と白河を遠隔操作しているような気分になって、ヴァレリーは拳を握りしめる。

 居心地の悪くなった祥子が呆れたように笑った。


「困りましたね。……では、名前を呼んでください。先代のあなたがつけてくれた、私にとっては特別な名前です」


 ヴァレリーが格納庫の手すりにつかまったまま、がっくりとうなだれる。足をじたばたさせて「そんだけでいいの!」と小声でもだえる。


「祥子ちゃん」

「はい。ありがとうございます」


 かつて見たこともないほど幸せそうな笑顔を浮かべた祥子を見て、ヴァレリーは「ああ、これでよかったんだ」と納得した。

 思えば伊庭祥子には、いつもどこか陰があった。彼女の生きてきた時間を追体験したヴァレリーは、そうだろうな、と暗い気持ちになる。彼女の今の笑顔には、その陰がない。先代の白河海を覚えていられる最期の機会かもしれないというのに。

 大きく息をついて顔を上げる。ワルターはひつじにコードが接続されていく様子をながめている。


「ね、ワルターも何かリクエストある?」

「え、俺? ない」

「ええ? 何かあるでしょ。今の白河と祥子さんを見て、何も思わなかったの。青春だったよあれは」

「まあそうだろうな、としか」

「パリッパリに乾いた感想だねえ」

「ロボットだから、水気はあまり。防水コーティングはされてるけど」


 格納庫内をぐるりと見渡していたワルターが糸花で視線をとめて黙った。


「お、何かあるのか少年」


 俺は君より年上だよ、と言ってから、ワルターは「母親ってどんなものだろう」とつぶやいた。


「お母さん? 私もよくわかんない。育ての親はいるけど」

「母親との思い出、ある?」

「色々あるよ。頭なでてもらったのが一番覚えてるかな」

「じゃあそれがいい」


 ささやかだなあと笑って、ヴァレリーは手を伸ばす。手が届きやすいように身をかがめたワルターがあまりに真顔のままだったので、ヴァレリーは躊躇した。

 自分のことを妹だと言ったワルターの頭をなでたところで、彼は母親というものが理解できるのだろうか。

 そういうことではないんだろうな、きっと体験してみたいだけだ、と思い直して、ヴァレリーはしおれた手を再び構える。


「来るのか、来ないのか、どっち」

「改めて考えてみたら恥ずかしいんだよ、お兄ちゃん」

「それはそうだろう、妹」

「よし……ヴァレリー・モーリス、行きます!」


 ファウスト発進時のように名乗りをあげて、ワルターの赤い髪に触れる。意外と柔らかい。


「よーしよしよし」

「俺は犬か何かか」

「恥ずかしいからごまかしてるのに!」

「おそらくお母さんなら恥ずかしがらない」


 特に感情を見せない視線で訴えられて、ヴァレリーは言葉に詰まる。

 観念してため息をひとつつくと、「ワルター、ありがとね」とつづけた。頭をなでていた手を宙に戻す。

 普段あまり表情が豊かでないワルターが微妙な表情をしている。


「なにこれ恥ずかしい!」


 思わずしゃがみこんで顔を覆うと、ワルターの髪の匂いがした。


「あ、いい匂い」


 金属の匂いがするわけじゃないんだな、と考えてしまったことでさえ恥ずかしくなって、ヴァレリーは言葉にならないうめきをあげてじたばたする。


「香水とかつけないでしょ。なんでいい匂いがするの」

「頭部パーツの洗浄剤の匂いじゃないの」

「何それ、ロボット専用のものがあるの?」

「普通のシャンプーだよ」

「だよね! 知ってた!」


 顔をあげると、ヴァレリーと同じようにしゃがんでいたワルターと目が合った。

 あわてて顔を背けると、「おーい、そこのダンゴムシ二匹」とからかう声がかかる。白河だ。

 自分たちも祥子と白河のやりとりをのぞいていたのだから、向こうから見えるのも当然だということに思い当って、ヴァレリーは顔面に血が集まっていくのを感じた。


「白河うっざ」

「同感」

「蹴りの一発でも入れたい」

「それはやめておこう。白河海の骨が折れるかもしれない」


 そこまで本気で蹴らないよ、と笑いながらヘルメットを二つ手にして、ヴァレリーは整備が済んだらしい《ひつじ》に駆け寄った。

 にやにやしている白河に軽く蹴りを入れて、ヘルメットを一つ投げて渡す。「照れるなよ」とさらににやにやする白河の横で、祥子が苦笑した。


「今後の行動予定をまとめます。ヴァレリー・モーリスと白河海の両名はファウストでアウトサイドへ。到着次第、アウトサイド基幹システムのフェシスを再起動します。

 ワルター・ミュラーと私、伊庭祥子はボーダー要塞に残り、ひつじの環境回復を担当します。

 白河博士はフェシスの再起動後、インサイド基幹システム・メイジスのプログラム変更を行ってください。作業が集中しているので大変だと思いますが、どうかご無理なさらずに」

「メイジスのプログラム変更は半分くらい終わってる。リュウさんが《ひつじ》の整備の大半を担当してくれたから、合間に作業できた」


 またあなたは根を詰めて、と呆れた様子の祥子をよそに、「仕事のできる男じゃん」とヴァレリーは白河の背中をばしばしと叩いた。

 金色の髪をまとめてヘルメットを装着したところで、伊庭祥子から遠慮がちな声がかかった。


「ヴァレリー、色々と迷惑かけてごめんなさい。気を付けて、いってらっしゃい」

「祥子さんもありがと。それじゃね」


 祥子からはヘルメットで表情が見えづらいだろうな、と思ったヴァレリーは小さく手を振る。ファウストの操縦席までのタラップを駆け上がった。格納庫を振り返ると、ひつじに乗り込むワルターと目が合う。ふと表情がやわらいだワルターにも手を振った。

 のそのそと階段を上がってきた白河が「ヘルメットで視界がせまくなってるから、階段を踏み外しそうで怖い」と言い訳するのを聞き流して、ヴァレリーはファウストの操縦席に乗り込んだ。白河が乗り込むまでに、ベルトを装着してファウストの電源を入れる。色とりどりの光が、ヴァレリーのヘルメットにうつりこむ。コックピットの出入口を閉めると、ヴァレリーは「よし」と腹に力を入れた。


「ヴァレリー・モーリス、行きます」

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