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 ヴァレリー・モーリス中尉は戦闘機の操縦席から荒々しく飛び降りると、肩を怒らせて廊下を突き進んだ。似たような部屋がいくつも並んでいるが、迷うことなどない。壁につけられた開閉センサーを思いきり殴る。扉がのろのろと開くのにいらついて、灰色の鉄板に強烈な蹴りを入れた。


「ちょっと白河!」


 そのままの勢いで室内に進んでゆく。扉の奥には広い窓があり、先ほどヴァレリーが乗っていた戦闘機ファウスト02Aが見えた。白河は窓から様子を見ながら指示を出している。大きな足音をたてて殺気の塊が背後に現れても、彼は瞳をファウストから動かさない。視線はそのままに、言葉だけを投げかける。


「なんだよ、うるさいなあ」


 ヴァレリーは勢いよくヘルメットを脱ぐと、それを力一杯床に投げつけた。大きな音がして、白河はようやくヴァレリーを見た。女操縦士の髪が、汗で額に貼り付いている。長身の白河を下からにらみつけ、金髪の女は早口でまくしたてた。


「模擬戦用のミサイル弾、ちょこっと被弾しただけで速攻システムエラー出たんですけど!?」

「流石隼ヴァレリーですなあ。あんなキワドイところに三発も食らったら、システムエラー程度じゃ済まないはずなんですけど」


 言葉につまったヴァレリーが窓の下の壁を蹴った。ぼそぼそと口の中で続ける。


「とっとと研究中のオート回避システム導入するなり、丈夫な新型開発するなりしろってえの」

「開発者の苦労も想像しろっちゅーの。あんまり愛しの我が子を愚弄しないでください。昨日も素敵に徹夜ですよ」


 白衣の男が返す。もはや何を言いに来たのかヴァレリーは忘れている。


「コックピットですることが多くて目が回るわ。操縦者の腕だけじゃいかんともしがたい部分があるってこと、わかっていただけないのかしら?」

「模擬戦でよかったね、隼たん」

「実戦だったら整備不良で集団リンチだったね、女たらし」


 互いに顔を合わせば軽口ばかり叩いている。二人とも地中……インサイドから左遷されてボーダー要塞へとやって来た身だ。インサイド守備要塞ともアウトサイド攻略基地とも呼ばれるボーダー要塞は、地表……つまりアウトサイドにある。地中にあるインサイドに比べ、地表にあるアウトサイドは環境が厳しく、生活には向かないとされる。普通の人間は皆左遷を嘆くものだが、二人に悩む様子は欠片もなく、逆にボーダー要塞での暮らしを楽しんでいる節がある。ヴァレリーは監視装置に四六時中見守られるのも定期的な記憶検査を受けるのも遺伝子レベルで適職にふりわけられるのも全て当然だと、インサイドにいる間は思っていた。けれども一度、ボーダー要塞での生活を知ってしまうと、インサイドのあり方は窮屈で息苦しかった。インサイドは確かに便利であるし、裕福でもあったけれど、枠にはまりすぎていて面白みに欠ける。

 通信音が部屋にけたたましく鳴り響いた。すぐさま白河が出て「はい」と返事した。即座にモーリス中尉をと言われ、白河は少し肩をすくめると、ヴァレリーに視線を送った。


「はい、ヴァレリー・モーリスです」


 模擬戦で新型の機体を故障させたことについてお小言を言われるのかもしれない。ヴァレリーは姿勢を正し、次の言葉を神妙に待つ。けれども通信でもたらされたのは全く別の命令だった。

 境界地区の索敵機がいくつかの不審な機体を発見したのだという。それを確認するためにファウストの新型、02Aで確認をして来いという内容だった。


「あのう」


 言いにくそうにしているヴァレリーに、白河が口をはさんだ。


「すいません、開発整備課の白河です。さっきの模擬戦で欠陥見つかったんで、02は出られません。01でも構いませんか?」


 実験中の02Aと違って、01Aは実用化間際の機体だ。現在量産化を検討されており、普段ヴァレリーが乗っている00Aに変形機能がついた代物だ。

 了解した、という音声と共に、中央モニターに半透明の緑色で書かれた辞令が届く。ファウスト01Aでの偵察命令が正式に下りた。ヴァレリー・モーリス中尉が通信機に小さく敬礼すると、通信が切れた。上官を前にした緊張が抜けて肩をすくめてみせると、白河は既に別の通信機を使って01Aの出撃準備をはじめている。


「じゃ、行ってくるわ」

「お、待て。オレも整備に行く」


 足の速い中尉のあとをときどき駆け足になりながら、白衣の男がついていく。ヴァレリーは待たないで歩をすすめた。


「01Aって量産化の予定があるだろ」

「うん」

「実験用02Aより装甲薄くなってる。気をつけろ」


 規則正しいヴァレリーの足音と、音楽のように調子の変わる白河のステップがそろってせまい廊下に響く。


「他には?」

「操作が少し違うかな」

「そっちを先に言えっ」


 センサーに触れずとも扉が開く。ロックを解除してあるらしい。急げということだろう。


「簡単に言うと02Aと基本操作は同じ」

「うわあ、使いにくい上にあんまり身につかない説明ありがとう」


 もう何度目なのか、同じような扉が目の前で開く。扉が開くと同時に、見慣れた廊下の景色が一変した。保管庫についたのだ。


「今回の目的は偵察なんだろ。無茶するなよ。使い慣れなかったら、お前の使い慣れてる飛行形態だけ使って帰ってくりゃいいんだからな。01のデータ収集はまた別の日に頼めばいいんだし」

「へいへい、言われなくてもわかってますよ。きっと不審者ってアウトサイダーからの難民でしょ。そんなに心配することないよ」


 整備課の数人がヴァレリーに駆けより、それぞれの仕事をこなしはじめる。ヘルメットを準備するもの、生命維持装置を装着するもの……普段なら気やすく触れるなと鉄拳をお見舞いするところなのだが、空へ飛び立つ前段階のときばかりは、されるがままだ。

 少し離れて様子を見守っていた白河が、突如たずねた。


「ところでメットどうした」

「あ、さっき管制室でぶん投げたまま忘れてきた」

「お前なあ、メットもタダじゃないんだぞ」

「ケチくさい。消臭剤ぶっかけなきゃ次使えないくらい、汗臭くなる癖に」

「汗臭いとかお前、腐っても女だろうが」

「女でも臭いものは臭いわ。妙な夢見ないでくれる?」


 白河は呆れた様子だが、整備課の人間は頬をわずかに緩ませている。すぐに新しいヘルメットが用意された。ヴァレリーはヘルメットをかぶり、ファウスト01Aに近づく。灰色の機体は実戦的だが、おしゃれとは口が裂けても言えなかった。上方向に開いた扉から操縦席に滑り込む。


「隼、死ぬなよ」

「専用機を空と同じ青色に塗装してもらえるまでは、死んでも死にきれないね」


 笑顔で手をふる。扉がおりてきて、外の光が遮断された。

 ファウスト02Aでも感じたことだが、01Aも操縦席が狭い。変形の為に狭くせざるを得なかったのだろう。普段変形しない00Aに乗っているせいか、余計に手狭に感じる。電源を入れると、光が踊った。ヘルメットに確保された視界には、逆光防止のために薄く色が入っている。それでも、映りこむ色とりどりの光に慣れるまでは時間がかかる。作動を知らせる電子音がいくつも鳴っている。整備課の連中は最終チェックの真っ最中だ。邪魔も入らないから、この時間は集中するのにちょうどいい。

 戦場に出る。飛ぶ。重力を力でねじ伏せ、重い鉄の塊で空をかける。爽快だ。


「ハロウ」


 右横の画面に小さな通信枠が開いて、集中を遮られた。のんきな声に、なんだこの野郎と殺気を覚える。紛れもなく白河だ。


「集中してるとこ悪いんだけど、さっき言い忘れた」

「何?」

「00ね、今青に塗ってるとこ」


 先ほどぞんざいに返したばかりのヴァレリーの頬が、ヘルメットの中で緩む。


「ありがと。帰ってきたらパトロールのふりして速攻乗り回すわ。楽しみにしてる」


 別の通信枠が開いて、発進準備できました、とオペレーターの声がした。


「了解。直ちに発進します」


 即座に返事すると、オペレーターの通信枠が閉じられた。


「じゃ、行ってきます」


 白河の画面に向かって、指を二本立てた。ピースサインは戦闘機に乗る自分には似合わないポーズだと、ヴァレリーはヘルメットの中で小さく笑った。

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