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2・Grau und Blut (灰色と血) 

1・null〈ヌル〉・・・(ゼロ)


街の外れに誰も立ち入らない区域がある。

大きな城がそびえ立つ。

そこは、いつも赤い月と黒い雲が上空に漂う。

この赤い月は、朝、昼、夜、関係なく、移動することもなく、ずっと、この城を照らしている。

そして、この城には、

人外なる者が住まうと言われている。

*  *  *

この城には、錬金術で生まれたホムンクルスが住んでいる。

彼は、自分が何者かも分からぬまま90年以上は生きていた。

*  *  *

彼は城の主。

下僕は、魂の入った人形たち。

物には不自由しない。

下僕たちは錬金術を使えるため、なんでもつくる。

城の中にある工房には、様々な器具がある。

城内には温室などもあり、希少な植物などを育てている。

そして地下には坑道があり、鉱石などを採掘出来る。


2・eins〈アインス〉・・・(イチ)


王国では新王が即位した。

この新王は血気盛んな若者で、王国でも干渉しない区域をきちんと管理したいと、信頼のおける兵達と共に、赤月城(せきげつじょう)の区域へと踏み込む。

しかし、彼らは帰ってこなかった。

人々は恐怖する。

*  *  *

この事件をきっかけに、各地で次々に人が消えていった。

赤月城に疑いの目が注がれるが、犯人は別に存在していた。

*  *  *

この王国は…

家畜の国だった。

しかし、国王も民もそれを知らない。

*  *  *

吸血鬼の一族がつくった養人国だった。

なぜ、突然人が減ったのか。

そもそも人口の減少は、今までと変わらない。

しかし、神経質になったことで敏感に感じ取ってしまったのだ。

そして、犯人が分からないと不安になる。

そこで赤月城が、犯人にされたのだ。

一方…赤月城に向かった王達は、手厚くもてなされていた。

王は、赤月城の居心地が良く、長居していたのだった。


*  *  *


「私はこの国に新しく即位した王である!赤月城の主よ!挨拶がしたい!どうか立ち入りを許可して欲しい!」


どこまでも聞こえるような尊大な声で問いかけると、立ち込めていた白い(もや)が無くなり、王の合図で兵たちは馬を進め、初めて赤月城の区域へと進入した。


草木や花などが見事に手入れされた庭園。


しかし、どこか異様さを感じる…。


それは、小鳥や、虫すらもいないからだ。


兵たちの士気が下がりはじめ、王は彼らを鼓舞する。


城内には大きな馬屋があり、なんと兵たち全ての馬が納まった。


そしてそこには、王すらも見たことがない美しく優雅でそして猛々しい馬が繋がれていた。


おそらくは白馬だろう。


馬屋に射し込む赤い月の光が、あたかも鮮血をなんとか拭いさった後のように、白馬を薄紅色に色付けていた。


「これは素晴らしいな。是非に譲り受けたいものだ!」


と、王は臆することなく感嘆の声をあげる。


確かにこの馬は白馬であったが、この月明かりの元では、赤毛どころではない、鮮血を拭い去ったあとのような馬。

臆しきっていた兵たちにとって、この馬を高く評価する若き新王が、度胸のある若者というよりも、随分な変わり者に見えてしまっていた。

兵たちは、互いの顔を見合わせて呆れてはいたが、その互いの顔ですらも、血を浴びたように薄紅色に染まっている為、気持ちが悪くなってきていた。


そして、彼らは城内へと足を踏み入れるが、兵たちが動き回る人形を見て動転したことは、言うまでもない…。


王はというと、

赤月城の主に会うなり、全てを褒めちぎり、

なんとか「あの見事な馬が欲しい」と、

肝心の要件よりも、馬の話を熱心にしていた。


主は、馬の名前は人気の歌劇に登場する実在の人物で、伝説の勇者から付けられたのだと語った。


「ああ!その話は私も昔、本で読んだことがある。……たしかルッジェーロ将軍だったかな?」


しかし主は首を傾げた。


「?」


王は不思議そうな顔をすると、


「『ロアの伝説』から名付けたのだろう?先程そう言ったではないか」


と、尋ねる。


すると、主はこの人形が名付けたのだと、一体の人形を紹介した。


人形は王に、礼儀正しく挨拶をし、その後、王は人形と『ロアの伝説』で一番人気の演目・『モレシュの宝剣』の話で盛り上がっていた。


人形は、本よりも歌劇の方が好きなのだそうだ。


一体どのようにして観劇したのかと尋ねると、


「秘密です」と、茶目っ気たっぷりに言われ、王も流石に怒れずに、


「これは参った!」と、談笑は終わる気配がない。


一方、兵たちは人形たちの用意してくれた酒や食べ物に舌鼓を打ち、飲めや歌えやのお祭り状態。


お酒が入ってしまった兵たちは、先程の恐怖心はどこへやら、

この御一行様は、浮世離れした宴会を存分に楽しんでいた。




そして…


赤月城は、王たちを迎え入れると、あらゆるものを拒絶するかのように、再び深く濃い靄で包み込まれる。


もてなされ楽しく騒ぐ兵たちの、


外まで響くであろう声さえも、


そこには誰もいないかのような静けさをもって、


赤月城の上空に佇む月が、妖しく照らす…。


3・zwei〈ツヴァイ〉・・・(ニ)


王が消えたと、国が混乱している中、吸血鬼の国で争いが起こった。

戦争が始まった吸血鬼の国では、兵糧攻めが開始されることになり、養人国に大量の吸血鬼がやってくる…!

吸血鬼達の食糧である人間は、吸血鬼の純血の一族で、最高位に君臨するトレッファード一族が管理していたが、純血にこだわらずに、混血入り混じる…数でおしてきたランドール率いる一族に門を破られ、荒らされてしまっていた。

この門は、吸血鬼の国と養人国を繋ぐもので、長きにわたりトレッファードが厳しく管理をしていた。

養人国へと侵入してきたランドール達は、家畜(人間)をさらい、トレッファード一族が食べようとしていた人間を無惨に殺したりと、野蛮な行為を繰り返す。

新王が即位したばかりの国は、一気に蹂躙され、

国は、少しずつ、


赤月城の赤い月よりも濃い赤色へと染まってゆく。

王が消息不明で対処に困っている中での、突然の奇襲。


防戦することも出来ずに、ただ、逃げ惑うだけの人々。

しかし赤月城は早くに、この事態を察知していた。


ただ…、


城の人形たちが赤月城、城内にいる兵たちに、

どんなに懸命に説明をしても、皆とても酔っ払っており、彼らの耳に全く入らないのだ。


王も酒瓶を片手に、一緒に踊るのを嫌がる人形をがっちりと放さず、無理矢理に踊らされているこの人形とは裏腹に、とてもご機嫌で楽しそうに踊っていた。


そこで、赤月城の主は錬金術の力を使い、皆の酔いを醒ますことにした。


人形に指示を出し、超絶技巧のクリスタルで出来た香炉を準備させると、お香を焚き始めた。


その香りは、まるで意志があるかのようにすっきりとさせてくれる爽やかな香りで、王や兵たちの頭と体を覚醒させる。


まさに国を揺るがす大事件に、事態を重く見た新王はすぐさま、身をもって目の当たりにした赤月城の力を、人々のために、この私に、手を貸してはくれないかと、必死に頼んだ。


赤月城の主は静かに頷く。


赤月城の主の、少しひんやりとした手と、新王の温かい手が、友好を結ぶ。


得体の知れない者たちに対抗する為の協力を、今しがた得た新王は、

兵たちに対し、

響き渡る大きな声で鼓舞をすると、

兵たちも王に倣い、高々と腕を掲げた!


4・drei〈ドライ〉・・・(サン)


赤月城の広い書庫にある膨大な書籍に中に、 『吸血鬼の伝承』 というとても古い本があった。


この本にたどり着くには、斥候の証言が重要だった。


それは…国を蹂躙している敵が、何者であるかを知る必要があるからだ。


そして、その敵の特徴を城に保管してある膨大な書籍の中から、おおよその見当をつけ、照らし合わせ、その敵を割り出さなければならない。


しかし、外へと遣わした斥候の半数以上が吸血鬼の餌食となり、戻ってきた兵も恐怖からまともに話せる状態では無かった。


恐怖と疲れから、まともに話すことも出来ない斥候の途切れ途切れの報告を、王は的確に理解すると、内容を赤月城の主へと伝える。


主は敵の特徴を記憶すると、席を外し、赤月城の奥へと消えて行った。



そして、貴重な本が眠る書庫の中から2冊の本を探し出すと、それを手に戻って来た。


まずは、 『危険な生き物』 という本。


この本の内容と、斥候が命を懸けて持ち帰った情報とを照らし合わせると、“吸血鬼という者がいる” という処までたどり着く。


しかし、この本には人間も危険指定されてあった為、それどころではないにも(かかわ)らず、王は憤慨していた。


そして2冊目が……、


『吸血鬼の伝承』。


この本は、千年以上も昔のものだった。


そんなにも古くから、この恐ろしく、そして人の姿によく似た化け物が存在していたのかと、王は驚いていた。


だが、さらに驚いたのは『吸血鬼の弱点』までもが記載されていたことだ。


一刻を争う事態であるがために、この『吸血鬼の伝承』という本の貴重さと謎に、誰も気付かない。

千年以上も昔の本であるにも関わらず、真新しいのだ。


そんなことにも目もくれず、王たちは主の挙動、発言の方に注目していた。


赤月城の主は、千年もの間に生物的進化論があるわけが無いが、必ずしもこの弱点が有効とは限らないと、苦言を呈したが、王は血眼になり、早く取り掛かってくれ!と急かした。


赤月城の主は、人形たちを総動員し、『 聖水 (吸血鬼専用) 』を大量に作成した。


他にも有効なアイテムがあったが、赤月城の倉庫に大量生産できるほどの在庫が無かった。


そして、打倒する為のアイテムがあったところで、相手の力は強大で簡単に倒せるものではない。


特に人間の力自慢をゆうに超えるその腕力は、人間の何倍…何十倍、相手によってはもっともっと上である。


さらには普通の武器も通用しない。


きちんと作戦を立てる必要があった。




赤月城の赤い月が満ちる。


この月に新月はないが、満ち欠けはあった。


赤き月の満月を待っていたかのように、準備が整う。

ついに・・・、


      作戦は決行される!



錬金術の力は絶大で、吸血鬼達を確実に減らしてゆく。



錬金術の力は絶大で、吸血鬼達を確実に減らしてゆく。


しかし、ランドール一族の数はあまり減ってはいなかった。


数が減少したのは、純血のトレッファード一族の方だった。


ランドール一族は混血が多くいる為か、聖水の効果がいまいち出ないようだ。


養人国からすれば、吸血鬼の数が減っているこの現状に、もっと喜ばなければならないのだが、素直に喜ぶことが出来ない理由があった。


……おかしい……。


吸血鬼の数が確実に減っているのに、被害の方が全く減らない……。


これは一体どういうことなのだろうか、と、得体の知れない恐怖に、

少しだけ見え始めていた希望の光が消されてしまったかのようだった。


ランドールは、純血至上主義を変えたかった。


その一心で一族を大きくした。


吸血鬼の国は、もともと純血至上主義だ。


貴族でありながら混血児として生まれたランドールは、蔑まれた。


そして彼は一大勢力であった、純血至上主義に反旗を翻す。


それは謀反でもある。


特に上位に君臨するトレッファード一族は、純血至上主義だ。


混血が増えると、真の吸血鬼が減ってしまい、果ては絶滅してしまう(おそれ)がある。


それを危惧し、吸血鬼という種族を守るためにも、至上主義を貫く。


両者譲れぬ想いがあるが、今…圧倒的に有利なのは、ランドールだ。


兵糧攻めの効果が予想以上の成果を上げていたからだ。

まさか家畜が、純血どもの数を減らしてくれるとは思わなかった。

ランドールは吸血鬼の国の、純血至上主義が変わることを確信し、期待から体が奮える。


一方、トレッファードは、養人国と同盟を結ぶことが出来ないかと…模索し始めた。



ランドールの勢いは落ちることなく、『兵糧攻め』なる殺戮は続いていた…。


国中が更に赤く染まり、鉄の生臭さと恐怖で嘔吐したものと、様々な臭いが悪臭となり、人々の動きを鈍らせる。

そのまま放置せざるを得ない、腐敗した遺体や嘔吐物などから感染症が徐々に広まり、衛生面上での問題も重なると、被害は悪化の一途をたどっていった。


吸血鬼の数が減少しているにも関わらず、人々の死体の数が増え続けている原因…。


それは、この大事件の主犯格が、ランドール一族だからだ。


むしろトレッファード一族は、人間を守ろうとしてできた隙を、人間の兵たちによって聖水をかけられ、その弱ったところをランドール一族や人間の兵たちの手によって殺されていた。


人間からしてみれば、ランドール一族やトレッファード一族など同じ吸血鬼であるために、到底、区別など出来ようにもない。

むしろ、なぜ我ら人間を無残にも殺し、かつ、吸血鬼同士でも殺し合いをしているのか、訳が分からなかった。

だが、とにかく、全ての吸血鬼を退治してしまえば、問題は解決するはずだと疑わなかった。


トレッファード一族にとって人間は食糧だが、だからこそ大事なものでもある。

戦争において、食糧を守ることは至極当然のことなのである。



赤い月が赤月城を照らす。


それは、いつもと変わらない。


赤月城だけ、いつもと変わらない。


全てのものを拒絶するかのように佇んでいる。


虫や動物、人間、そして、吸血鬼すらも立ち入ることが出来ない。


ここに避難すればあるいは助かるかもしれないが、それでは問題の解決にはならない為、王はそこまで立ち入らなかった。


それに、いくら赤月城が立派でも、全ての国民を安全に収容することなど不可能だ。


素晴らしい錬金術の力を持った主でも、流石に無理だろう。


彼らが城を後にした一時(ひととき)を、


赤月城の主は、人形たちとティータイムを楽しみながら優雅に休んでいる。



あの、


恐ろしく見えた赤月城が、


赤い月に照らされ輝くそのさまが、


今では、美しく見える…。


5・vier〈フィーア〉・・・(ヨン)


トレッファード一族は誇り高き一族で、家畜を同等にさせるなんて!と、内部の反発にあうも、今までの安定した状態に戻すため…苦渋の決断をする。

家畜におくれをとっている状態と、混血におされている状況、すでに誇りなど…どこにあろうか!


トレッファード一族は、養人国との同盟を決定した。


養人国と純血の吸血鬼が協力しあい、混血に効く練金アイテムを作成する。

今回も、赤月城の主の協力が不可欠であった。

赤月城では、

主が、新王とトレッファードを迎え入れてくれた。

この赤月城にて、話し合いの場が設けられたのだ。

王はトレッファードに疑問を投げかける。

「仮に兵糧攻めが成功したとして、ランドール側は食糧に困らないのか」、

と。

既に自分たちが彼らにとって食糧であることを、受け止めざるを得ないが、

食糧が無くなれば、ランドールたちも飢えるはず。

しかし、彼らの行いは “食べ物で遊んでいる” ようにも見えるのだ。

これは一体どういうことなのだ、と若き王は釈然としなかった。

それに応えるトレッファード。

彼は誇り高き、純血の吸血鬼。

赤月城には、自身を死に至らしめる恐ろしい道具、そして技術があるにも関わらず、実に堂々と現れた。

赤月城に勇敢にも乗り込んできた怖いもの知らずの新王ですら、少したじろぐ程の威風と、そして、それを際立たせる美しさがあった。

若き王は、錬金術の道具があっても、この御仁は倒せまいと直感した。

食糧である我々に頭を下げる姿も威厳に満ち溢れ、王になったばかりの若者の方が圧倒されていた。

トレッファードは、低めの綺麗な声で、話し出す。

普通であれば聴こえにくいほどの大きさで話しているが、吸血鬼が持つ音波で、その場にいる者すべてにしっかりと届いていた。

「 ランドール一族は我々からすれば、雑種のようなものだが、見方を変えれば、進化とも捉えることができる。なぜなら、彼らは食糧を必要としないからだ。人間の血を啜ることも出来るが、それをしなくとも生きてはゆける。彼らにとって人間は菓子のようなものだ。だから困らない。そして、このトレッファードを断絶に追いやったのちに、改めて養人国を作り直す腹積もりなのだろう。 」

混血側の攻撃を防ぎながらの作業は困難を極める。

練金技術があるにも関わらず、普及していなかった養人国にその技術は徐々に広まっていった。

赤月城の主は、ホムンクルスである自分をつくった者が祖であるにも関わらず、自分がのちに祖となることを断ることが出来なかった。


・・・自分は何者だ。

   一体だれが自分を、

   なんの為につくったのか。

・・・私はホムンクルス。

   人と似た姿をしている私は、  

   一体なんだろうか。

・・・90年、過ぎても分からない…。

   このままの姿で、

   いつまで生き続けるのか。

・・・分からない。

   ひとつだけ分かることは、

   自分という者が存在していた、その証が欲しい…。

赤月城の主の、ガラス玉で出来ているような瞳に、赤い月が映る。

その瞳は、純血の吸血鬼と同じ、暗黒色を混ぜても変わらないであろう、

深紅の色をしていた。


6・funf〈ヒュンフ〉・・・(ゴ)


武器やアイテムが完成し、ランドール達は敗れる。

トレッファード達は、練金技術で増血剤や人工血液の作り方などを教わった。

このアイテムの血液は、ほぼ人間のものと変わらない上にいろんなタイプがあり、食の好みに合わせて頂けるので、吸血鬼界で人気になる。

そして、吸血鬼界と養人国をつなぐ門は、錬金術によって封印された。

それを見届ける王は、豪華な装備に身を包んだ白馬に跨っている。

赤月城の主から、友好の印として贈られた『ルッジェーロ』だ。

王はルッジェーロの首を優しくたたきながら、名付け親である人形との会話を思い出していた。

「気になることがある。馬の話に戻るが、なぜルッジェーロにしたのだ。あの馬は見事な馬に違いないが…牝馬だ。あの物語には多くの強い女が出てくる。普通であればそのどれかを名付けるはずだが?」


その、王の問いかけに人形はこう答えた。


「見たままよ?あの馬の色。まるで体中を血で染められ、取ろうとしても、薄っすらと血の色が残ってしまっているの。

血に塗れたロア。彼女は人々の為に剣を振るったけれど、人殺しだわ。そのことに死んでも気が付かず、人々に裏切られたと呪い続けた。だからずっと血塗れのロア。それを救ったのがロアの血筋であったルッジェーロ=エステル将軍。彼の養母であったはずのブラダマントは、実は本当の母親だった。エステルの一族も呪われた血の系譜を刻んでいたの。モレシュの宝剣の真の継承者は、ルッジェーロだった。だから聖剣エステル・ロアに刻まれた彼の名は消えることが無かった。彼が英雄として語られるのは、自分の呪いに気付かぬほど、相手の為に尽力したから。ロアは剣の中からそれをずっと見ていた。ロアの問いかけに末裔であるルッジェーロが行動で示したの。やっと血塗れだったロアの心と体はきれいになることができた。だけど全てを無かったことになど、出来ないのよ。だから真っ白な体には戻れない。

仮にロアと名付けたのならば、あの馬はずっとここから出ることが出来ない…。」


王は人形の話を、真剣に聴いていた。

そして人形が何を言いたかったのかを理解し、


「成程。本当は、ロアと名付けたかったのだな。ロアの話は特に女が不遇の死を遂げる。折角の美しき白馬だ。元の純潔の姿を、この私がルッジェーロとなり、『ロアの伝説』探究者の貴殿に見せたいものだ」


と、話すと、

人形は嬉しそうにくるくると回りだし、

「わたしの名前はマリアよ。ルッジェーロ様!」

と、可愛らしくお辞儀をした。




「どうだ、探究者どの…では無かったな…マリアよ。

この白馬の立派なこと。

私は今日(こんにち)より、この馬を『ロア』と呼ばせてもらうぞ」 


赤月城を初めて離れ、血を浴び染まったような薄紅色の毛は、銀色の輝きを放つ。

それは、まるで『魔剣ブラッディ・ロア』から『聖剣エステル・ロア』へと変貌を遂げた、『モレシュの宝剣』のようだった。



*  *  *

赤月城の主のおかげで、国は助かった。

主は、爵位の最高位…公爵を授かる。

しかし、それを心良く思わない貴族達の手によって、一連の吸血鬼事件の首謀者にされ、火炙りの刑にされる。

「これより、アラン=フォン=ジェルマンの処刑を執り行う!」

灰になって消える主。

人々は驚く。

その死に様が、吸血鬼と同じだったからだ。


灰の中には、ルビーのような美しい深紅の石が輝きを放ち出てきた。

欲を出した処刑人がそれを拾い上げようとすると、

瞬く間にその体は激しく燃えだし、処刑人の体はミイラのようになって死んでしまった。

恐怖で誰も死体の傍らにある、この綺麗な石を拾わない。

つんとした臭いと焦げた臭いが混ざり、異臭立ち上る煙。

そして、皮膚と肉が焼けて骨にへばりついた処刑人の身体。

先程まで生きていた彼の傍らで光り輝く、この宝石周辺が燃え始め、辺り一帯が火の手に包まれ始めた。


燃え盛る炎の中、深紅の宝石だけが輝いている。


主はホムンクルス。

完全な人間だと思われたが、完全ではなかったことに…死んでから知る。

この出来事は、王の不在を狙って行われた。



7・少女騎士の物語(外伝)


小さい頃から何不自由なく暮らしていた少女。

父は騎士だった。

自然と騎士に憧れた。

周りの人々も優しく良い人ばかり。

父の部下たちもよく遊んでくれた。

*  *  *

そして少女は大きくなり、騎士になった。

*  *  *

大きな戦争が始まり、身近な人たちが次々に死んでいく。

少女は覚悟を決めて、激戦区に志願する。

*  *  *

寒空の広がる朝だった…。

そこで一人の男と出会い、恋に落ちる。

*  *  *

戦場は熾烈を極める。

そして少女は、複数の吸血鬼に襲われ、大怪我を負う。

くもり空から光が差し込んで、とてもきれいだった。

周りでは怒声が行き交う。

騒音の中、少女はなぜか…静かだと感じた。

涙が溢れだす。

愛しい男の腕の中、少女は息を引き取る。

男は、

「君とここで一緒にいる。いつまでも……」

そう言って微笑みながら、少女の上に覆い被さる。

その背には、少女を守っていた時に突き刺さった複数の剣が、光に反射して赤い血潮を鮮やかにみせていた……。



8・ウロボロス


事の顛末を知った王は、激しく怒る。

そして、関わった貴族全てを…火炙りにして処刑した。

王と主は、初めて会った時から親しみを覚え、戦争が終わった時には親友になっていた。

・・・

「ずっと主殿というのもなんだ。そろそろ名を教えてはくれないか?」

赤月城の主は、困った顔をして黙り込んでしまった。

「…………。」

暫くの間の後に

王は主に、自らの名を明かした。

「私の名はフリードリヒという。しかし赤月城の者たちには愛称としてルッジェと呼んで欲しい。」

と、そう言うフリードリヒ王の顔は、何か堪え切れない笑みが見え隠れしている。



人形のマリアは嬉しそうにクルクル回る。

主は、そのルッジェという名は、それは馬の名前ととても似ている、

と言うと、

「馬の名は変えたのだ。今、彼女はロアと名乗っているぞ?」

と答え、更に続けた。

「そして主どのは、今日(こんにち)から、アランと名乗るのだ!」

フリードリヒ王は、先程から堪えていた笑顔が弾ける。



人形のマリアは、動きを止めた。


「・・・アラン。」


赤月城の主は、そう呟くと、今まで見せたことのない笑顔を見せた。

そして、嬉しそうに大きな声を出して笑った。

ここまで大きく笑ったことのない主は、顔が引きつり、苦笑いをしているようにも見えるが、その全身から嬉しさが溢れいる。

その様子を見ていたフリードリヒ王も更に嬉しくなり、一緒に大声を出して笑った。

そして、主の手を取り、正面から目を見据え、

「それだけではない!アランには爵位を授けることを決めた。その時に、姓も与えられる。既に決まっているのだが、授与式の際に発表をしよう。著名な賢者の名から頂いたものだ。気に入るだろう」

そう告げられた主は、

息を弾ませながらも、笑顔で頷いた。


フリードリヒは、仮に主に名があったとしても爵位を授けることは決めていた。

そして、主に名が無いかもしれないという事は、察していたのだった。



その様子を、真っ赤で可愛らしいドレスを着た人形・マリアだけが何かを言いたげに、赤月城の主を睨んでいた。



アランが処刑されたその日…。

国民達は主のいない赤月城になだれ込み、貴重な品々や金品を略奪していく。


荒れ果てた赤月城。

静かになった城の中に小さな物音。

…ねずみ…。

そして小さなため息。

…わたしはねずみが嫌いなのに。

カタカタと、ボロボロに壊れた人形の山の中から、真っ赤なドレスの人形一体だけが動き出した。

…嫌だわ。ドレスも汚い。

…結界石が無くなってしまったから、わたしの嫌いなものが入りこんできたのね。

荒れ果てた城内をカタカタ歩く。

そして一冊の古びた本が目に入った。

古い日記帳だ。

価値のありそうなものは全て無くなっていたが、民たちはこの日記帳に価値を見出さなかったようだ。

人形は折曲がり開かれていたページをのぞき込む。

そのページには…

『・・・ホムンクルスの創造に成功した』

という記述が、美しい文字で書かれていた。

貴族の女性が習得する書式体だった。

人形はその日記を拾い上げると、懐かしむように目を細めた。

その本を大事そうに抱えると、静かに姿を消した。

閉じられた日記の裏の隅に、

『マリア=フィリップ=ヘルメス』

という名前が書いてあった。


王は兵を遣わし、民たちによる略奪と暴動を鎮圧する。

品物は返されたが、全てではなかった。

王は荒れた赤月城をきれいに戻してやりたかったが、他の政に忙しかったため、断念する。

これは、処刑した貴族達があまりに多かったため、事後処理におわれていたからであった。

政治や領土問題、混乱に乗じた反乱分子など、問題が多かった。

王として、怒りに任せた自分を悔いる。

そして、

忙しさから…段々と…赤月城を…忘れていく…。

*  *  *

主と人形たちを失った赤月城は、封印されている。

今も昼なのに、赤月城は赤い月に照らされ、妖しく佇む。


あの城には、恐ろしい吸血鬼がいるらしい、と…誰も近づかない。

赤月城の最上階の窓から外を眺める人影。

その姿は、死んだ赤月城の主に……よく似ていた。

ただ…主と違い、窓から外を眺めるこの人物の瞳が片方のみ、深紅のルビーのように美しく輝いていた。



Ende (おわり)

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