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1・BLOODY ♰ ROAR ( ブラッディ ロア )

自分に流れる血が…逃れられない一生を与えている。

どんなに逃れようとも、必ずその血が苦難を齎す。

それは…安らぎでもある。

1・序曲




ある国に伝わるお話をいたしましょう。



・・・



広い大陸に多くの国が点在しており、豊かな自然と共に人々は生活しておりました。

しかしながら、見せかけの平和が壊れてしまい、戦争が始まってしまいます。





さて、戦争の前に時間を戻しましょう。



・・・



 ここは、広大な草原と、林、湖や川のあります緑豊かな国、モレシュ=ルロアン王国。城壁に囲まれました街は、豊かさを象徴いたしますように、

堅牢な家々が建ち並びます。

 

この国を統治しておりますのは、ラダムス=アストラ=モレシュ=ルロアン国王。

ラダムス国王の時代から、モレシュ王国は賑やかさを失ってまいります。



それでは、ラダムス王の結婚式から、見てまいりましょう。



多くの人間の悲劇が、ここから始まっていくのです……。




2・王妃の悲哀




ラダムス王の横には、優しい面立ちの王妃が佇んでいます。

ラダムス王は、体の弱い王妃を全身全霊で守ると、神に誓いました。

王妃はとても幸せそうです。

 


やがて、王妃は子供を授かります。

体力のない王妃は命を懸けて、赤子を出産しました。

 男の子の服を用意して、楽しみに控えていた王はがっかりすると、王妃に声もかけずに部屋を出て行ってしまいました。


王妃は気を失ってしまいます。



・・・



 「 男の子を産むことが役目なのに、もう子供が産めないんですってよ! 」


城下町はこの噂で持ちきりです。

 

 故郷を離れ、外国に嫁いだ王妃は頼る相手がいません。

悲しくて悲しくて、涙を流しました。



 「 可哀想な姫。こんなにも愛らしいのに…… 」



王妃は赤子の頬を、優しく撫でました。

 「 いいえ、全て私のせい。男の子を授かることも叶わず……、王様が他の女性の元へと…… 」


王妃と姫は、王様の住んでいるお城とは別のお城にいました。

王様は子供の産める女性をお城に招き、お世継ぎを産んでもらおうとしていたのです。


神の前で誓った王妃への愛は、結婚生活の中で徐々に薄れていったのです。

 若さたぎる王様の愛を、体の弱い王妃は受け止めることが出来ませんでした。それでも王妃は、やっとの思いで子供を授かることが出来たのです。


しかし、喜びは長くは続きませんでした。


生まれてきた赤子が女の子だと分かると、王様からの寵愛を失い、王妃の幸せな日々は終わってしまいます。


・・・



王妃と姫が、王様と離れて過ごすこと数年。


姫に腹違いの弟が誕生したと、王妃に伝えられました。


王妃は手で顔を覆いながら、

 「 ……喜ばなければならないのに……わたくしは…… 」


そう呟くと、手の間から雫がこぼれ落ちました。



3・王子を産んだ女




可哀想な姫と王妃。


しかし、見方を変えてみましょう。

お城に招かれた女性。彼女もまた苦難にさらされていました。

お城に仕えている者たちからは、

「 王様を誑かした卑しい女 」と、謗られます。


彼女は、自ら望んで相手をしたわけではありませんでした。

無理矢理に連行されたのです。

お城の暗部、そして殆どの侍従は理解していました。

そこからよくない噂が広まったのです。



お城に来る前の彼女を見てみましょう。





・・・



他国に比べ、安定して豊かなモレシュ王国。

しかし、どんなに豊かな国でも陰った部分があります。

仕事に就くことが出来ずに、その日暮らしの者や野蛮な人間が多くいる区画です。


 その区画の中に障害者の集落があります。

彼女はそこに住んでいました。

国は形ばかりの支援にとどまっています。

彼女は視力が悪く、高級品の眼鏡を買うお金もありません。

それでもなんとか生活していました。



・・・



 ある日、奉公に出ていたお屋敷で声をかけられます。

彼女の仕事は雑用で、今はお庭の草むしりをしていました。

声をかけたのは王様に仕える男で、この時、王妃の変わりに子供を産んでくれる女性を探していたのです。

 

身分のない、独り身の若く美しく、体の丈夫な女性ばかりに声をかけ、お城に連れて行くのがお仕事です。


声をかけられた女性は驚きました。

何故なら顔を布で隠していたからです。女性は美しい顔をしていますが、その顔は自らを危険にさらすことばかりだったので嫌いでした。

 

なぜ顔を隠していたのに声をかけられたのでしょうか。

それは館の女主人が褒美欲しさに、打ち明けたのでした。


女性たちは問答無用で連行されます。

誰ひとりとして、断ることは絶対に出来ないのです。


 彼女は、自分は障害者の区画に住んでいる人間です、と訴えましたが、あまりにも容姿が美しい為に聞き入れてもらえませんでした。

 

そして王様は、多くいる女性の中から彼女を選んだのです。



それから彼女の不幸が始まります。


・・・



今まで自分は不幸だと思っていた。

名前すらない自分。

今は、ひもじい思いもしなくなったし、暖かい室内で寝起きできる。



・・・




しかし、この生活は彼女にとって耐えがたい苦痛でした。

王様の子供を産むためだけの生活。

貧民街で育った女性は、それが誇らしいことだと分からなかったのです。

 

貧民街では、日々の生活の為に体を売る女性が多くいました。

彼女はそれが嫌で堪らなかったのです。


それで多くの女性が嫌がる、泥にまみれ体にもこたえる雑用や、力のいる仕事ばかりをしていました。



・・・・・・・・



今、自分がしていることは……貧民街にいた女たちと変わらない。

……すごく嫌だ。



・・・・・・・・



そんな苦痛の中で、彼女はさらに陰口や嫌がらせまで受けていました。

使用人たちがそのようなことをしてはいけません。

しかし、女性は側室ではないのです。

存在を伏せられた王妃の代わり。

貧民街の女……それは使用人達から見たら、汚らわしい存在でしかありません。

ただ、王様の子供を産むためだけの女。



それでも必死に耐えられたのは、子供を産めば家に帰れると思っていたからです。

雨漏りと隙間風の吹き荒ぶあの家と、辛い仕事が恋しく、あれが自分の幸せなのだと気付きました。





・・・



そしてとうとう、彼女は男の子を出産しました。

王様は他にも女性を選びましたが、彼女の部屋にばかり通っていました。

 その結果、彼女だけが妊娠したのです。


 「 これで家に帰れる 」と、彼女は喜びました。


 自分の産んだ子供に少しの未練などなく、なんの感情も芽生えなかったのは、とにかくはやくお城から出たかったからです。



・・・



ここは王様の居城です。

王妃と姫は久しぶりに帰って来ました。

王様に、

 「 またここで暮らすように 」

と、言われたのです。


そして、産まれたばかりの王子を王妃に抱かせると、

 「 我が子と思い、育てなさい 」

と、言いました。

乳母が王妃の側に控えます。

王妃が何かを言いかけているにもかかわらず、王様は部屋を退室してしまいました。


王子を見下ろして、

 「 あなたのお母さまはどうされたの? 」

と、王妃は尋ねますが、王子は無邪気な瞳を向けるだけでした。



・・・



ここは、王子を産んだ女性の自宅です。


彼女の姿はなく、別の人間が住んでいます。


奉公先にもいません。


王様の居城を探してみましょう。


……………。


どこにもいません。


彼女はどこへ行ったのでしょうか?



・・・


 


「 おい、この女はもう使いもんにならねぇ。適当に処分しろ 」


 牢屋番の男性が息を弾ませ額に汗を浮かべ、脱いでいたズボンを穿きながら新入りに命令しています。

 冷たい床には、虫の息の女性が倒れています。酷い怪我をして、綺麗なドレスはボロボロです。


新入りは下卑た笑いをしながら、

 「 勿体ないですねぇ。たっぷり楽しんだから、まあ 」と頷く。



・・・



晴れ渡った青空が、お城を美しくみせます。


お城の汚水が流れ出る用水路に、王子を産んだ女性と同じ美しい黒髪を揺らめかせた欠損の激しい死体は、

誰にも発見されずに獣や鳥、魚などに啄まれ、祈りの言葉も無く、苦難に満ちたその人生は、残骸となり……やがて骨だけを残し消えてゆく……。



4・弱き者、汝は…



 王様の居城に戻って来た王妃でしたが、寝所を共にすることは許されず、別室で寝起きしていました。


 王子が誕生した今、お城に呼ばれた女性達は全て男性兵士の慰みものにされ、最後は殺され、捨てられてしまいました。

 王様の相手をする女性がいなくなってしまいましたが、王妃とは寝所は別です。

気持ちが離れているのも理由の一つですが、王様には既に意中の女性がいたのです。



 その女性の名は、ブラダマント。



王様の側近が、女性兵士の中から一番美しいブラダマントを見いだしたのです。

勿論、ブラダマントは断ることは出来ません。

しかし、彼女は喜びました。


 王様の愛人になることで、一兵士から騎士になり、位を授かることが出来るからです。

そして王様の子供を産めば、自分の血が王族の仲間入りをします。

ブラダマントは王様に尽くしました。

彼女は他の女性たちのように殺されることはありません。

王様が飽きるまで、夜伽の相手をずっとしなければならないからです。

しかし、少しでも怪しい素振りをしようものなら……どうなるかは分かりません。


夜伽の相手には充分な褒美があります。

ブラダマントの望みは一兵士から騎士になること、そして、もう一つは騎士になることで自ずと手に入るものでした。

それは家の再興です。

その望みを叶えるために高貴な家に生まれながら、農民出身の男性兵士の相手をするなどなんでもしてきました。



しかし、その苦労もやっと報われるのです。






・・・



 王妃は、その頃すっかり心を閉ざしていました。


 自分の子供ではない男児を、どのように愛せば良いのか戸惑っていたのです。


さらに王妃を困惑させたことがありました。それは王子の髪の色です。

王様の髪は金色。姫は赤茶色。そして王子は、王妃と同じ黒色だったのです。どことなく面立ちも似ています。姫は王様に似ていました。


 自分に良く似た赤子。

しかし、この赤子は王妃にとって王様の裏切りでもあるのです。


 そしてとうとう王妃は、病にふしてしまいます。


病床のなか、王様とブラダマントの間に子供が出来たことを知ると、絶望のまま息をひきとりました。



・・・



ブラダマントは元気がありません。

どうしたことでしょう。


それは、お腹の中の子供が、王様の子供だという確信がなかったからです。

彼女はもう一人、別の男性と関係を持っていました。王様の相手を務める前は複数人の男性に体を許しており、女性兵士はその殆どがそうでした。

彼女らは、それを受け入れるしか道がないのです。



なにも悩む必要などありません。



それでも王様の子供だとはっきり言えば良いのです。

ブラダマントもそう考えていました。

しかし、後に王家に伝わる宝剣の伝説を聞いたのです。

彼女は宝剣の伝説を知りませんでした。

このお話は、謎に包まれています。

宝剣は王族にしか扱えず、濃い血筋にしか反応しないうえ、継承していくものだったのです。


 もし、お腹の子供にその資格がないと知られたら、今ある自分の地位も無くなってしまいます。



ブラダマントは悩んだ末、お腹の子供を捨て、自分の屋敷に男児の養子を入れる事にしました。



 今回の懐妊は諦め、今後は王様だけの相手をすることに決めました。

王様との間に誕生した子供は王族として生活することになるかもしれません。

ブラダマントの後を継ぐ人物がいなければ、折角の地位が台無しになってしまいます。

それで、計画していた男児の養子を迎えることを予定よりも早めました。何よりも先に、安心したかったのです。



そして、色んな方法を用いて流産を促すブラダマント。

それと同時に、養子の少年に騎士の教育をします。





・・・



 月日は流れ、ブラダマントのお腹はとても大きくなっていました。

子供は流れてはくれなかったのです。



彼女は側近に、ある指示をしました。

それは産まれてきた赤子をすぐに殺す、という乱暴なものです。

流産を選んだ時点で既に人殺しですが、彼女にとって人殺しは、心が痛むことではなく、野望を掴むためのひとつの手段に過ぎないのです。


 

 子は親を選べませんが、親は子を選べるのです。



ラダムス王の子供3人は、どの子も、片親から捨てられた子供たちでした。



      起源はやがて発展し、栄え、滅びる……。



今は、起源から発展の中間に位置しているといえるでしょう。

それはすなわち、滅びを予言しているのです。

救世主となる人間は既に登場しています。



 一体、誰が滅びの運命を止めることが出来るのでしょうか。



・・・



出産をした部屋に、死体が横たわっています。

殺害を命令された女兵士は震えています。

その姿は真っ赤に染まっていました。

大量の返り血……。

赤子の血液だけで、ここまでにはなりません。



 「 オギャーっ!オギャーっ! 」



赤子の鳴き声が部屋に響きます。

殺されたのは……

ブラダマントの方でした。



そして、その場にいた人間を女兵士は次々に殺めたのです。

王様の側近からの命令でした。

彼女は震えながら笑います。



 「 これで私も…… 」

そう言った彼女の口から血が吹き出しました。


女性兵士は痛みのあるところへ視線を向けると、お腹から剣の刃が出ています。

断末魔の叫び声をあげると、崩れ落ちました。



その様子を、王様の側近は無表情で眺めました。





・・・



モレシュ王国の系譜を覗いてみましょう。



王様と王妃の下に三本の線が続いています。

長女・ゲーデルン。長男・ペドロ。次女・ルーシュカ。

王子ペドロの母親とブラダマントの名前はどこにもありません。



そして、ルーシュカの名前が系譜に刻まれたのは十数年後のことでした。

王様には、赤子はブラダマントと共に亡くなったと伝えられ、その子はブラダマントの息子と共に育てられることになったのです。


 ブラダマントの家は存続され、息子のルッジェーロは、後に将軍にまでのぼりつめます。

王様がブラダマントを不憫に思い、彼女の家へ継続的に援助をしていたのです。



・・・



 民が憧れる王族の暮らしは絢爛豪華な一方で、ある種の危険と隣り合わせです。それでも民は憧れを捨てきれません。

無いものをねだるのは人間のさがなのです。

 


ブラダマントは王様の側近と深い関係にあり、王様の愛人になる前からの付き合いでした。

実はブラダマントは選ばれたわけではなかったのです。

彼女の願いを叶える為に、王様の側近が引き合わせたのでした。


 その後ブラダマントは側近を顎で使うようになりました。

そしてとうとうブラダマントは殺されてしまったのです。


 側近は、自分の子供かもしれない赤子を殺すことができずに守る方を選びました。



         自分が愛した女との、子供を……。



5・荒れ狂う凪




 ブラダマントが亡くなって十数年が経ちました。



王様と王妃様の子供・ゲーデルンは18歳、

王様と名も無き女性との子供・ペドロは16歳、

そして王様とブラダマントの子供・ルーシュカは14歳に成長しました。



 ゲーデルンは18歳にもなるのに、結婚していません。

王様は彼女が14歳の頃から、お見合いなどの席を用意しましたが、相手の男性がことごとく恐れてしまい全く成立しないのです。

彼らはゲーデルンの顔を遠くから見た時は美しい顔に喜ぶのですが、近くに来ると揃って顔を歪ませます。

そしてゲーデルンの目を見る際は、みんな彼女を見上げる事になるのです。


 彼女の顔は目鼻立ちがはっきりしており、睫毛も長く、健康的な肌色で、誰もが美女と認める顔をしていますが、

身長が男性よりも高かったのです。

14歳で既に175センチあり、18歳で198センチもありました。

そのうえ武芸に優れ、ドレスの上からでも筋肉の逞しさが見える為、今では男性の様な服を着ています。



王様は、女としての役割をなさないゲーデルンに嫌みを言います。


 「 お前の外見は私に似ているが、役に立たないところは母親に似て虫酸が走るわ! 」


そんなことを言われても、ゲーデルンは気にしません。


 「 父上、申し訳ありません。変わりに此度の戦では、敵将を必ずや討ち取ってみせましょう! 」

と、笑顔で宣言します。


王様は、

 「 男であれば、どんなに頼もしい言葉であろうか…… 」

心の中で呟くのでした。






今、大陸は戦火に包まれているのです。


優秀な兵士の多いモレシュ王国は、同盟国から一目置かれていました。

中でも国で最も強い者が、ゲーデルンだったのです。

王子ペドロも腕が立ちますが、ゲーデルンには一度も勝ったことがありません。


 しかし、ゲーデルンが国一番と言われるのは宝剣を手にした場合です。

宝剣を手にせず、ゲーデルンが騎士剣でペドロが宝剣で戦ったとしましょう。それでも、今のペドロの力量では勝てません。

それならば、誰が勝てるのでしょうか。


 5歳で騎士の家に養子に出された少年。

ブラダマントの息子。

彼は19歳になり、名前はルッジェーロ。


ゲーデルンは宝剣をまだ継承していないので、実際はルッジェーロの方が強いのです。


戦争が始まると、ゲーデルン、ペドロ、ルッジェーロは活躍し、三勇士と呼ばれました。


そんな戦乱の中、国中に衝撃が走ります。

王様が出陣し、重傷を負われたのです。



その数ヶ月後、怪我が元で亡くなってしまいました。

国中が悲しみに包まれ、喪に服しました。



 明るく優しいゲーデルンも、青白い顔をしています。

しかし、瞳だけは妖しく輝き、今後の相談をしていた弟ペドロは背筋に冷たいものが流れました。




ゲーデルンは、

 「 ……実は父上が崩御される前、私が宝剣を継承したのです。 」

そう言うと、彼女の側近に目線で布に包まれた宝剣を持って来させました。


ゲーデルンは布を広げ、宝剣に触れます。

すると、宝剣は強く輝きだしました。


 これは宝剣を継承し、宝剣の所持者になったことを示します。


ペドロは複雑な表情を一瞬みせるも、

 「 では、姉上が王位を継がれるのですね!私はずっと姉上こそ王に相応しいと思っていました!ゲーデルン女王の誕生だ! 」

と、無理に明るく言いました。



ゲーデルンは宝剣を布に包みながら、

 「 ……王は国を治めるだけで良いのでしょうか? 」

と、呟くように声を発し、ペドロは戸惑いの表情を浮かべます。

姉の真意をはかりかねていたのです。


ゲーデルンは続けます。


 「 王たる器とは? 信仰心や道徳心、愛国心、その様なもの無くともなれるのです。権利があれば。 」


ペドロは、

 「 姉上はお疲れなのです。どうぞお休み下さい 」

と、姉の肩に手を置き、労りました。


ゲーデルンは、

 「 ……そうですね。 」

と、悲しそうに目を伏せながら、肩に置かれた王子の手をとると、両手で優しく握り、目を閉じました。

 「 ……姉上? 」

心配そうに声をかけます。


ゲーデルンは目を開けると、強い眼差しと声でこう言いました。


 「 ペドロ。王位継承権の第一位はあなたにあります。あなたが王になるのです! 」


 「 しかし、宝剣は姉上が…… 」

 「 私に考えがあります。訳あって話すことが出来ませんが、宝剣は必ずあなたを選ぶでしょう 」

 「 姉上…… 」



王子は静かに頷きました。



・・・



こうしてペドロは、16歳という若さで、モレシュ王国の王様になったのです。



6・邂逅と離別




ペドロが王に即位して2年が経ちました。



 戦争が長引き、費用の問題が出てきます。

各国は税を上げ、軍事にあてます。モレシュ王国でも税の引き上げが決定しましたが、軍の責任者も担っているゲーデルンが反対し、

税の使われ方を見直すことになりました。


 すると、次々に不明な支出が明るみになったのです。


 「 こんなに…… 」


驚くペドロ。

大臣が不正を行い着服していたのです。

大臣を処罰し、ゲーデルンが大臣の仕事を引き継ぎました。

少しでもお金を節約するためです。


 悪事を働いた大臣は、一番大きな支出の使い道だけ語ろうとしません。

ゲーデルンは大臣を拷問にかけ、口をわらせました。


 その話を聞いたペドロは驚きます。

 

「 あの優しい姉が……。 」


 巨額のお金は、ルッジェーロ将軍のお屋敷に使われていました。



 大臣への件により、姉への不信感から自らが秘密裏に動くことにしたペドロ王は、将軍から話を聞くために変装をし、

彼のお屋敷へと向かうべくお城を抜け出しました。




・・・



 将軍の屋敷に到着したペドロは薔薇の咲き乱れるお庭に、一人の少女がいることに気付きます。


 金色の髪がキラキラ輝き、大きく青いビー玉のような瞳。唇は小さくて赤く艶めき、お肌は白く透きとおり、陶器のような美しさです。



 あまりの美しさに、ペドロは一目惚れをしました。



美しい娘はペドロに気付きます。


 ペドロは慌てて一礼しました。王様が部下の家に住む娘に礼をするということは、大変おかしいことです。

しかし今は身分を伏せているので仕方の無いことではありますが、そういう意味合いで礼をしたわけではありませんでした。


娘はきょとんとしています。


 ペドロは用件を思い出し、門番に伝えると、慌てて屋敷の中へ入って行きました。


娘は呆気にとられながらも、

 「 素敵な人…… 」

と、こちらもペドロに一目惚れしたのでした。



 ペドロは中性的な顔立ちで背が高く、黒い髪はしっとりと輝いています。

威厳を出すために、髭を伸ばそうとするも、髭は1本も生えてきません。いつもは付け髭をつけていました。

髪は油で後ろに流しているところを、今日は油を付けずに、軽くリボンでまとめているだけでした。


 娘には兄が一人おり、理想の男性は兄のような人、と思っていました。

しかし、兄よりも美しい男性を初めて見た娘は、すっかり心を奪われてしまったのです。



・・・


執事と会話をしたペドロが、屋敷から出て来ました。

どうやら、将軍がいなかったようです。

ペドロはお城に戻りました。


・・・



お城ではゲーデルンが待っていました。



 「 王にお話が御座います 」



ペドロは困ったように、

 「 姉上、何度も申し上げますが、私のことはペドロとお呼び下さい 」

ゲーデルンは首を横に振り、話を続けます。

 「 大臣を更に問い詰めたところ、私達に妹がいると白状しました 」


ペドロは驚き、そして考え込みました。

 「 ……ということは、私と同じ……? ……父上の落胤……相手はどちらの……? 」


 「 はい。ブラダマント=エステルという女性騎士です 」


はっきりとした姉の言葉に、

 「 女性騎士ですか…… 」

と、嫌な予感がしてきます。



二人が話をしていると、ルッジェーロ将軍が登城したと兵士が伝えに来ました。





・・・



将軍に会うなり、ゲーデルンは問い掛けます。

 

「 それで……どうなりましたか? 」



 将軍は跪き顔を伏せています。

そして低い声で、

 「 ……連れて参りました 」

と、答えました。


ペドロはゲーデルンに尋ねます。

 「 どういうことですか? 」


すると、ゲーデルンは少しがっかりしたような顔をして言いました。

 「 将軍がこの状況で連れて来たということは、私達の妹が登城して来たということです 」


ペドロは心の中で、

 ( 私達の妹は、父上と女性騎士ブラダマントの間に産まれた。……ブラダマント=エステル……。

………エステル? ……ルッジェーロ=エステル! 将軍のことではないか! ……もしや! )

ペドロは驚き、将軍を見ると、困惑しながらも険しい眼差しでゲーデルンを見ます。


ゲーデルンは頷き、

 「 ルッジェーロ将軍、こちらにお通しして下さい 」

と、ペドロとは違い、落ち着いた様子で言いました。




将軍は立ち上がると、兵士に指示を出しました。


豪華で大きな扉が開くと、少女が中に入って来ました。


将軍は少女に挨拶を、と促します。


少女は口を開き、

 「 ルーシュカと申します 」

と、スカートをつまんで軽く膝を曲げました。


将軍は慌てて、

 「 申し訳ございません! ルーシュカ! 教えた通りにやりなさい 」

と言うと、ルーシュカは、

 「 まぁ。またやるんですの? 」

と、愛らしい顔をしかめます。


将軍は王様に再度謝りました。


 「 申し訳御座いません。私の教育がいたらず……大切な妹君を…… 」

言葉に詰まります。


 「 ?

  なぜお兄様が謝るの? 」

ルーシュカは首を傾げます。



ゲーデルンは、将軍に気にしないで下さいと声をかけます。

そして、ルーシュカに自分が姉で、王様が本当の兄だと告げました。


ルーシュカは大変驚き、王様の顔を見ました。


そして、

 「 どこかでお会いしたことがあったかしら? 」

と言いました。


将軍は、

 「 ルーシュカ! 」

と声を強く発します。


 「 なんですの? 今日のお兄様は恐くてらっしゃいますわ! 」

と、憤慨するルーシュカ。


ゲーデルンは苦笑いをしますが、王様は固まったままです。

しかし、口髭を外し、王冠を取り、髪を崩し始めました。

周りの人間は、一体どうしたのだろう? という顔をしています。

ルーシュカだけは違いました。


 「 あなたは……! 」

と、大きな瞳を更に大きくします。


将軍の屋敷で会った王様と、今度はお城で再会したのです。



その後、二人は兄妹でありながら恋愛感情を抱き、姉ゲーデルンの頭を悩ますのでした。


7・ゲーデルンの憂い


 


 ゲーデルンは、ペドロの様子に一抹の不安を覚えました。



そして予想はあたり、ペドロとルーシュカは恋仲になってしまったのです。

ゲーデルンは、ペドロに無理矢理に王妃を与え、結婚させます。

この王妃は王様に気に入られるよう、健気に尽くしました。

王様もその姿に心を打たれ、王妃を大事にしましたが、心の大部分を占めたのはルーシュカに対しての愛でしたので、

王妃はルーシュカに対して嫉妬心を抱き、ゲーデルンのため息は増えるのでした。



・・・



 そんな中でも、ペドロと王妃の間に王子が誕生しました。



・・・



まことの愛を感じない王妃は、ルーシュカに辛くあたります。

ゲーデルンはルーシュカではなく、王妃を支えました。

それに対して妹のルーシュカは、姉ゲーデルンに怒りをぶつけます。



 「 妹を助けるのが姉のつとめではありませんの ! 」


ゲーデルンは、

 「 私の可愛いルーシュカ。どうか王妃の心も察してあげてちょうだい…… 」

と、諭すも、

 「 分かりませんわ! お姉様なんて大嫌い! 」

ルーシュカはそう言うと、走って行ってしまいました。



血を分けた妹。


ルーシュカがお城に来た、

あの日……

本当に血がつながっているのか、ゲーデルンは継承した宝剣で確かめました。


ルーシュカが宝剣に触れると、宝剣は柔らかく輝きだし、彼女が王族だと証明したのです。

間違いなく、父王とブラダマントの子供だったのでした。



妹の背中を見送りながら、

 「 私が王妃を連れて来たのだから、私が支えて差し上げなければ…… 」

そして、

心の中で妹ルーシュカに謝るのでした。

 

( 許してね…… )


8・変わりゆく




 ゲーデルンが頭を悩ませている中、大陸にあやしい風が吹き始めます。

大きな闇が渦巻き、そしてペドロ王に同盟国を束ねる王様から賊の討伐命令が突然、下りました。

ペドロ王は出撃します。


それを知った姉ゲーデルンは驚きました。

彼女は政務をあずかるようになっていたため、軍が動いたことに気付かなかったのです。

それでも前まで軍の責任者だったので、彼女の元に自然と情報は集まっていました。

ゲーデルンの耳に入らなかった原因は、ペドロ王が口止めをしていたからです。



 “ ペドロ王は誰かに操られている ”



ゲーデルンは、そう感じました。

ペドロ王をそそのかしている人物の目星はついています。

それは、同盟国を束ねる王様です。


 そうでなければ、軍事力の高いモレシュ王国を動かすことは出来ません。


この王様はゲーデルンを敵視しているため、ペドロ王に “ ゲーデルンには言うな ” と、言ったのです。





ゲーデルンはすぐに、ペドロ王が向かった先を調べました。

賊と言われ、攻撃を受けていたのは、前王の時代からの友好国でした。


 「 困ったことになりました……。至急、ルッジェーロ将軍を !! 」


側近に言いました。


 ペドロ王の心中はいかほどでしょうか。


ゲーデルンはすぐに側近を呼び止め、

「 ルーシュカを将軍に同道させ、ペドロ王の説得に力を貸すよう手配して下さい 」

側近は反論します。

 「 戦場は熾烈をきわめております! ルーシュカ姫におかれましては大変危険かと! ここは将軍にお任せして… 」

 ゲーデルンは鋭い眼光を側近に向けます。


怯む側近に、

 「 ルーシュカは武勇に優れた父とブラダマントの子供。 武の才は私を凌ぎます。 それに将軍が守ってくれるでしょう 」


 そう言うと、側近は失礼致しました! と、駆けて行きました。



・・・



戦場では、

ルーシュカ姫とルッジェーロ将軍が目的地へと到達しました。


しかし、残念なことにゲーデルンの予想は外れ、ペドロ王には愛する姫の声も届かないようでした。


どうやらペドロ王は脅されているらしく、兵を引かせるつもりはないようです。



・・・



 ルーシュカ姫が泣きながら、お城に戻って来ました。


出撃の準備をしている姉ゲーデルンに、走って抱き付きます。


 「 お姉様、どちらへ行かれますの?お兄様はわたくしの話さえ聞いてくれませんのに! 」


 「 落ち着いてルーシュカ。ペドロ王はルッジェーロ将軍が押さえていてくれています。私はこれから、同盟国に助力を求めに行って来ます 」


 「 武装をしてですか? 」

「 戦場を横断しますから。ルーシュカ、お城を頼みましたよ!あなたが頼りです 」

 「 お姉様……。 はい! お任せ下さい! 」



 ゲーデルンは、我が儘なルーシュカの成長ぶりに瞳を潤ませ、片膝を着きながら抱き締めました。


そして、

 「 可愛いルーシュカ。 私はあなたを愛しています。 勿論ペドロも。 どうか忘れないで…… 」


 そう言うと、ゲーデルンはお城を出て行きました。



目的地は、同盟国の敵地です。

助力を乞うわけではなく、叩きに行くためにゲーデルンは出撃しました。

そこに、ペドロ王を追い詰める王様がいるはずです。




・・・



自分のお城でくつろいでいた王様は、不意を突かれて、単身で潜入したゲーデルンに倒されてしまいました。


これで、ペドロ王は解放されます。


 ペドロ王とルッジェーロ将軍の元に、伝令が走り、二人が戦っている最中にしらせが届きました。


 寸でのところでペドロ王の剣が止まります。


実力はルッジェーロ将軍の方が上ですが、まさか忠誠を誓った王様に怪我を負わせることなど出来ません。


 

 将軍が死を覚悟したその時、伝令の声が響いたのでした。



・・・



 ゲーデルンはそのまま、お城を落としました。


モレシュ王国は同盟を破ったことになり、他国からも狙われることになります。

ペドロは青ざめます。

これでは、自分はなんのために心を砕いてきたのか……!


ゲーデルンはペドロ王に、強気になることを示したのでした。


 それだけの力があるのですから。



・・・



ゲーデルンとペドロ王は、居城で鉢合わせになりました。


ペドロ王は姉に、つらつらと言い訳をします。

黙って聞いていたゲーデルンの顔色は、みるみるうちに変わり、ペドロ王に平手打ちをしました。


 呆然とする弟を叱責します。


ゲーデルンは腰にさげていた宝剣を抜き、驚いたペドロは、

 「 あ、姉上、何を…… ! 」

と後退ります。


 「 ペドロ。この宝剣を持ってご覧なさい 」

殺されると思った若き王はほっとすると、宝剣を手に取りました。

宝剣は、少ししか輝きません。


ゲーデルンは考え込むと、

 「 これからは私が国をあずかります。モレシュ王国は厳しい立場になってしまいましたが、

あなたに任せては今回の二の舞になってしまうでしょう。 友好国や将軍、そしてルーシュカに剣を向けたこと、この私が許しません 」


そう宣言しました。




・・・



 ペドロ王はこの度の戦で負傷し、療養していると、国民には伝えられました。



なぜ、ゲーデルンはそうしたのでしょうか?

ゲーデルンの根本にあるのは、人間の愛でした。

弟と妹が愛し合ったことに驚きましたが、強い決意があれば、認めようと思っていた矢先にペドロ王がルーシュカに剣を向けたのです。



 弟に手をあげたゲーデルンは、ルーシュカと駆け落ちしても良いと伝えました。


しかし、ペドロ王は出来ないと言いました。


そしてゲーデルンはとうとう自制心を失い、叫びます。


 「 なぜ出来ない!それだけの愛だったのか!妃を蔑ろにし、ルーシュカに対する愛までもがその程度だと言うのか! 」


 ペドロ王は言い訳を続けます。


国はどうする? 自分がいなくなってしまったら混乱する! などと言って必死です。


ゲーデルンは笑い出し、こう言い放ちました。


 「 貴様がいなくとも国はまわる! 私がまわしてみせる! 」


その迫力にペドロは負けました。



そして、別城に引きこもったのです。


ペドロ王の王妃は夫を支え、自然と王は王妃を心の底から愛するようになりました。


9・花の香と君への想い




 ルーシュカ姫は、姉ゲーデルンの手伝いをするようになりました。


お城に来て数年が経った姫ですが、政においては戸惑うことが多く、それでも頑張っていました。

それを支えたのは、幼少期を共に過ごした血の繋がらない兄・ルッジェーロ将軍です。


ルーシュカ姫は、将軍に想いを寄せるようになりました。

もともとルッジェーロに対して憧れのようなものがありましたし、彼の心配りに憧れが恋に変わったのです。


 将軍は、姫が自分に好意を抱いていることに気付いていましたが、その気持ちに応えることはありませんでした。


ルッジェーロは、ルーシュカのことが好きでしたので、結婚するつもりでいました。

血縁同士の結婚は許されていませんが、二人は血が繋がっていないので結婚できます。

しかしその際には、ルーシュカの籍をエステル家から抜き、知り合いの貴族の養子にして貰うことで、結婚ができるようになります。


 彼はそこまで考えていましたが、ルーシュカが王族の人間だと知ったあの日に、彼女への想いを断ち切りました。



そして、ルッジェーロ将軍は結婚し、妻と子供がいます。



 ルーシュカ姫は想いを言葉にせず、心に秘めていましたが、そんなある日、将軍に声を掛けられ、二人で出かけることになりました。



・・・



 そこは、ルーシュカとルッジェーロが兄妹だった時に二人でよく来たお花畑でした。



ルッジェーロ将軍は静かに辺りを見渡すと、口を開きました。


 「 私が将軍になる前に、ここであなたにお伝えしたい事がありました。

しかし将軍になってからというもの、理由をつけては引き延ばし……そうして今日に至りますが……今その言葉をお伝えする事は叶いません」

そう言うと、将軍は姫に首飾りをかけました。


 姫は首飾りを手のひらに乗せ、綺麗な装飾を見ました。どうやら指輪を加工したもののようです。


将軍は笑顔で、


 「 兄として最後の贈り物です。これからは騎士として、あなたをお守りすることを誓います。ルーシュカ姫 」


 片膝をついてそう言うと、姫は両手で顔を覆い、泣き出しました。



ルッジェーロは立ち上がると、抱きしめることもせず、姫から離れると空を仰ぎ、目をつむりました。

涙を堪えているように見えます。

 

姫の涙は、嬉しさからくるものではないようです。

しかし、自分の気持ちに気付き、そして、ルッジェーロ自身の気持ちをも伝えてくれたことに感謝するのでした。


 「 ……お兄様……ありがとうございます…… 」



そう言って、首飾りを両手で大切そうに握りしめました。



10・人形は涙も流せず




 国王代理のゲーデルンは、民と向き合うために謁見の日を設けました。


ゲーデルンに話を聞いて貰おうと、国中から人々がお城にやって来ます。

ゲーデルンは小さい話も真剣に聞きました。

 

そんなある日、ゲーデルンは敵の襲撃にあいます。

謁見の際、持ち物や体を調べ、凶器の有無を確認しますが、それをすり抜けてゲーデルンに襲いかかったようです。


ゲーデルンは怪我を負ってしまいます。

そのしらせを聞いたペドロ王は、謁見の日をやめるよう姉に言いました。

しかし、聞き入れてもらえません。


 実は、襲撃事件はゲーデルンの狂言だったのです。

何があっても謁見の日を設ける事を、国民やその他の人間に印象づけるための演技でした。


そしてとうとうゲーデルンの狙い通りに、敵が “ それ ” に引っかかります。

ローブをまとった老人が、ゲーデルンの前へ来ると、魔法を詠唱し始めました。

しかし、魔法が発動する前に捕らえられます。

ゲーデルンの後ろに兵士が隠れていたのでした。

老人は誰の指図か、言いません。



ゲーデルンは冷たい視線を老人におくると、


 「 あなたを助けられないことを残念に思います。 」


そう言って、兵士から剣を受け取ると、他の謁見者の目の前で老人の首をはねてしまいました。


 辺りに大量の血が撒き散らされ、居合わせた民は恐怖におののき、こぞって逃げ出します。

 




ゲーデルンの顔は、いつもの健康的な肌色ではなく、蒼白で、返り血を生々しく際立たせていました。


そして、その眼光が妖しく輝いています。


彼女の瞳を印象づけたのは、室内の暗さでした。

いつの間にか窓を雨粒が叩きます。

空には暗雲がたちこめ、稲光が走ってすぐ、轟音がビリビリと室内に響いてきました。

城内の蝋燭の火はゆらゆらと、ゆらめきます。



姉の身を案じてお城に来ていたペドロ王は、すぐに駆け付けて来ました。


そして、

 「 姉上、もうこんな事はやめて下さい! 」

と、ゲーデルンの前に立ちふさがります。


 「 まだそのようなことを言っているのですか!あなたには、覇気や覚悟が足りないのです! 」


ゲーデルンは怒りを露わにし、腰にさげていた宝剣をペドロ王の足元に滑らせます。


そして、自分は老人を殺した剣を構え、


 「 剣を取れ!! 」


と叫びました。


ペドロ王は宝剣を手に取り、姉ゲーデルンと剣を交えます。


ペドロ王はゲーデルンと互角に渡り合っています。


鍛錬を怠っていなかったようで、ゲーデルンは少し安堵しました。

しかし、剣筋に甘さがみえる、と姉の剣が弟・ペドロを捉えます。彼女の剣に迷いはなく、無惨にもペドロ王の左腕が吹き飛びました。

大量の血が飛散し、ペドロ王の悲鳴が雷にかき消されます。


この異様な空気に、兵士たちも逃げ出してしまいました。


ゲーデルンは激痛に顔を歪ませている弟に、声を張り上げます。


 「 私をこえてみろ!! 」

 

「 っ !! う゛あ゛ーーっ !!! 」


ペドロは叫びながら片腕で姉に向かって行きました。


そして……




ペドロ王の手にするモレシュの宝剣が、ゲーデルンの背からその美しい刀身を鮮血に染めながら姿を現し、妖しく輝いています。


ペドロ王の覚悟が、姉の体を貫きました。


姉の体から宝剣を抜こうとするペドロでしたが、宝剣は妖しい輝きを増すばかりで抜けません。


宝剣のその姿は、まるでゲーデルンの血を啜っているように見えます。


あまりの恐ろしさに手を放そうとしました。

しかし、剣と手がまるで一つになったかのように放すことが出来ません。



やがて妖しい光が落ち着き、やっとの思いで引き抜くと、宝剣は強く輝きだし、ペドロ王を新たな継承者として選びました。


王の腕は、手当てもしていないのに出血が止まり、いつの間にか元通りになっています。



 ペドロ王の顔からは血の気が引き、真っ白にもかかわらず、目だけが強気に光っていました。


11・血の系譜を刻む剣




ゲーデルンの死後、国中に妖しい噂が流れました。


モレシュ・ルロアン王家は呪われている、王族の人間は本当は人間ではない、など……。


噂話は時に的を射ます。



・・・



時間を遡りましょう。

ラダムス前王が戦の怪我で療養し、その後ゲーデルンが宝剣を継承した時のことです。



・・・



 ラダムスは自分とブラダマントの子供が生きていることを知り、宝剣を手に会いに行こうとしていました。


しかしそれを、王様の側近が止めようとして揉めています。


もしかすると、ルーシュカは側近とブラダマントの子供かもしれないからです。

側近は王様の性格をよく知っていましたので、王様の子供ではなかった場合のルーシュカの身を案じたのでした。


その場に居合わせたゲーデルンが仲裁に入りましたが、王様は自分の剣で側近を殺してしまいます。


ゲーデルンが拷問にかけた大臣は、この側近の指示で彼の死後もエステル家への援助を続けていました。

しかし、人間好き好んで危険を侵したりはしません。

大臣は表面上は従順を装い、援助金に乗じて大金を懐に入れていたのです。


ゲーデルンは、王様に呼ばれ、ブラダマントの屋敷まで追従するよう言われていたのでした。


この時に、ゲーデルンは妹の存在を知ったのです。

大臣を拷問にかける前から、ブラダマントはルーシュカの存在を知っていた、ということになります。





王様は剣を抜こうとしましたが、骨と筋肉に阻まれ、そして手が血でぬるついて、中々抜けません。

意識を失った側近の体が崩れ落ち、剣を抜くのを諦めました。


 「 なんてことを…… 」


ゲーデルンは呟きます。


それを聞いた王様は反応し、怒りをそのままゲーデルンにぶつけました。


 「 もとは貴様が女であるのが悪いのだ! 」


布に包まれた宝剣を手に取ると、鞘から抜き放ち、娘・ゲーデルンに襲いかかります。


 王様は宝剣を手にすると、大きな怪我を負っているとは思えない、そして先ほどよりも比べ物にならない力でゲーデルンを追い詰めました。


 ゲーデルンは王様の怪我の部分を攻撃し、怯んだ隙を狙おうとしましたが、王様はどうやら痛みを感じないらしく、

とっさに王様の力を利用して、彼の振り上げた宝剣を返しました。



 勢い良く返された宝剣は、王様のお腹に突き刺ささり、抜けません。




・・・




 ペドロ王は瞳を見開いています。


宝剣を継承し、自分の物になった今、ゲーデルンが父を殺した場面が見えたのです。



 「 宝剣を継承した者は、血族に殺される…… 」

 「 姉上は、自分の死を知っていた…… 」

 「 私に殺されることを…… 」



ペドロ王が宝剣に目を落とすと、返り血は見あたらず、磨きあげられたように綺麗に輝いています。



 「 そして私もまた…… 」



死の宣告を受けたペドロ王の顔は、迷いが無くなったように妖しい笑みをたたえていました。



12・その死は必然



 モレシュ・ルロアン王国の王様、ペドロ王がお戻りになられた! と、国民は喜びました。


 ゲーデルンに対する不安から、ペドロ王の復活を切望していたのです。


実際ゲーデルンは良くやっていたのですが、代理というところから、なんとなく不安が広がっていったのでした。

そして、謁見の事件も影響しています。


 以前までは、 “ ゲーデルンが王子だったら ” とか “ ゲーデルンが女王になるべきだ ” などと言っていました。


 …実は……ゲーデルンはこのことにも、気をもんでいました。


 『 どのようにすれば、ペドロが王として民に受け入れられるのか…? 』

と…。



しかし、国民は後悔することになります。



 ペドロ王の独裁が始まったのです。



税金は高くなり、若者はその殆どが兵役につき、ペドロ王は各国に戦争をしかけるようになりました。

武器をつくるために子供達までもが奴隷のように働かされ、豊かで綺麗な町並みは、みるみるうちに荒んでいきました。


人々は口々に、

“ ゲーデルン様はどこへ行かれた ”

“ きっと慈悲深いゲーデルン王女がお助け下さる ”

と、彼女の帰還を心待ちにしていました。



 しかし、ゲーデルンが戻ることは二度とありません。

彼女の死は国民にふせられ、その亡骸はルーシュカ姫とルッジェーロ将軍の手によって葬られました。

 


国民はこの時もいろいろと噂をしていました。

 『 ゲーデルンは殺された 』 、と……。




・・・


 ペドロ王は日に日に攻撃的になり、軍の会議にも参加するようになると、度々ルッジェーロ将軍と衝突するようになりました。

そして、果ては将軍を脅すほどになり、ルッジェーロは頭を悩ませます。


・・・


 一方ルーシュカ姫は身分を隠して国中を視察し、国のありように疑問を感じると共に、兄・ペドロ王に対する怒りを覚えていました。


姫は、

 「 国民はもはや限界ですわ……。わたくしがお兄様をなんとかしなければ! 」

と決意すると、ルッジェーロ将軍に相談をします。


 「 将軍、どうかご助力下さいませ! 」


立派になった姫に将軍も覚悟を決め、

 「 その美しい手を、汚すお覚悟は御座いますか? 」

と言うと、ルーシュカ姫は彼の厳しい顔を正面から受け止め、

 「 ……お兄様……いえ、ペドロ王を、妹であるわたくしが……自らの手で止めますわ! 」

と、揺るぎのない表情で宣言しました。



 将軍は頷くと、ペドロ王の暗殺を計画し始めました。



・・・




豊かな自然を見下ろせる、見晴らしの良いとても広いバルコニー。

そこにペドロ王が佇んでいます。

 

豊かな自然をようした国は、今では燃料などの為に大規模な伐採が進んでいましたが、王様の眺める区域は美しい景観を保つ為に見事な自然を残し、

偽りの豊かさを保有していました。

戦争中の深夜はざわついていますが、夜の独特な静けさの中、満月の明るさに湖は光り輝き、暗い森も美しく見えます。

宝剣を継承してから威厳などに固執しなくなったペドロ王の顔は、付け髭も、油で撫でつけた髪も今ではしなくなりました。


バルコニーの柱に寄りかかり、腕組み下界を眺めるその姿は、 “ 悪魔の王 ” と恐れられているとは思えない一人の美しい青年です。

少しでも離れてしまうと不安になるため、足元には宝剣があります。

深夜になると、いつもこうして心を落ち着かせるのでした。


宝剣とは名ばかりの魔剣に精神全てを奪われないように、

人格を少しでも保てるように、

一人静かに過ごす貴重なひとときです。




柱に後頭部をもたれ、瞳を閉じて息をはき、そして目を開け、しじまに声をかけました。


 「 ……私を殺すか?ルーシュカ 」


ルーシュカが剣を抱え、姿を現しました。

 「 ペドロ王、お覚悟を 」


ペドロは白い満月を、目を細めて見つめます。


 「 ……早いものだな……。これで私の一生が終わるのか……。 」


満月と同じ白い顔を湖面に映る月に向け、

 「 ルーシュカ、私を殺したのちにモレシュの宝剣は湖に投げ捨てるのだ……。 」

語りかけるようにそう言い、ゆったりとした足取りで妹の前に歩み出て来ました。


ルーシュカは剣を握り、兄を殺そうとしますが恐ろしさに震えて思うようにいきません。


すると後ろから将軍が走ってきて、ペドロ王の胸に短剣を突き立てました。

王様に忠誠を誓った剣は使わずに、細工の美しい銀の短剣を使ったのでした。


この短剣には将軍の想いがこもっています。



床に倒れるペドロ王。

口からは血が流れ、彼の瞳には宝剣が映りました。

そして、無意識に手を伸ばします。

宝剣に触れた瞬間、それはまるで生きているかのようにペドロの手におさまり、自らのお腹を勢いよく突き刺しました。


一体どうしたというのでしょう。





困惑するルーシュカ姫。


将軍は確かに心臓を貫き、王様は即死に近い状態でした。

それにも係わらず、あの俊敏な動きは尋常ではありません。


嫌な予感がする……。


将軍がそう感じる中、ルーシュカは我にかえると、兄・ペドロに駆け寄ります。

慌てて将軍は止めようとしましたが、姫は宝剣を握っている兄の手に触れ、泣きだしてしまいました。


 この時ルーシュカ姫は宝剣の柄に触れてしまいます。


すると強い力に引き寄せられ、兄の手から離れた宝剣が姫の手の中におさまり、剣をペドロのお腹から思い切り引き抜きました。

重さが数十キロもある宝剣をその細い腕で軽々と扱っています。

剣は彼女を継承者に選んだ様子で、強く輝きだしました。



姫は焦点の合わない瞳を、宝剣に向けます。


べったりと付いていた血がスッと引き、宝剣は傷一つない綺麗な状態に戻りました。

ルーシュカに近付きながら将軍は驚きます。


モレシュの宝剣の異様さに眉をひそめ、改めて調べることを決意しました。


そのようなことを考えていると、姫の体が力なく傾き、ぐったりしています。その体を支え、顔を確認すると気を失っているようでした。


直ぐに彼女を抱きかかえると、治療師が常時いる医務室へと走りました。

姫は気を失っているにもかかわらず、宝剣をかたく握って離しません。






広いバルコニーには、ペドロ王の体が取り残されています。


彼の瞳から、涙が流れました。


白い大理石の床に、鮮やかな赤色が石の継ぎ目に沿って、ペドロを中心に広が

り、まるで蜘蛛の巣のように見えます。




 その後、ペドロ王の息子・アランが新王に即位しました。



しかしまだ幼いため、ルーシュカ姫とルッジェーロ将軍が補佐をすることになりましたが、肝心のルーシュカ姫が塞ぎ込むようになってしまい、

将軍に負担がかかります。


将軍は目が回るほど忙しい中、姫の身を案じ、すぐにモレシュの宝剣について調べ始めました。


 そして、呪われた武器などに詳しい賢者の家を訪ねます。



13・真実




 賢者の家を出た将軍は、帰りにルーシュカとよく来たお花畑に寄りました。


馬からおりずに、眺めています。


将軍は険しい顔をすると、


       「 私に出来るのだろうか…… 」

                     と、呟きました。




・・・



 「 やはり、モレシュの宝剣は魔剣なのですね? 」


 「 左様。……本当の名は、魔剣ブラッディ・ロアという。しかし、まさかモレシュの宝剣に成り済ましておったとは…… 」


将軍から全ての話を聞き、顔をしかめながら賢者は唸り、言いました。


 「 魔剣の魔力から逃れるにはモレシュの宝剣にモレシュ・ルロアン王家、つまりラダムス王の血族以外の血を与えなければならない。

しかも王族の血を啜っている時に与えなければ、魔剣は他の血を吸わないのだ。 」


 ルッジェーロ将軍は真剣に話を聞いています。


魔剣ブラッディ・ロアは国を滅亡させる、恐ろしい伝説があると賢者は語りました。

将軍から話を聞き、当てはまるところが多くあったのです。


賢者は将軍に尋ねます。

 「 将軍はモレシュの宝剣を手に持ったことがおありかな? 」

 「 ええ。 」


ルッジェーロは頷くと、ゲーデルンから宝剣を貸してもらった時のことを思い出しながら話しました。


 「 …いざ剣を振るおうとすると突然重さを感じ、まともに扱うことが出来ませんでした。

しかし、ゲーデルン様はいとも簡単に振るうので、自身の未熟さを痛感致しました 」


すると賢者は笑いだし、

 「 将軍が悪いのではない。宝剣は人を選ぶ。継承者にしか扱えないのだ。 」

と教えました。


 「 継承者にしか扱えない……。では、どのようにして血族の血と…… 」

将軍が話している途中で、賢者は呟くように声を発しました。

 「 ……剣は人を傷つけるために非ず……ロアは問い掛けた…… 」


将軍は、

 「 その言葉は一体…… 」

と、賢者の顔を伺います。


 

 「 その昔、ロアという剣聖がおってな、彼女は女でありながら世界一の使い手だった。

しかし、その正体は女を苦しめる男を呪う精霊…などとも言われておる。剣とは力を示す。

力は男の象徴でもある。力の使い道を問うておるのだ…… 」


賢者は再び笑いだすと、


 「 魔剣は、只の呪いの剣ではないということか…! いや、良い方法を思いついたぞ! 」


と、ルッジェーロに知恵を授けました。





・・・


 将軍はルーシュカのいるお城に到着しました。



そして、姫のお部屋に入ります。

 「 ルーシュカ姫。御加減はいかがですか? 」

しかしルーシュカは返事をしません。

その顔は青白く、衰弱しています。


ルーシュカが死に、宝剣が継承されなければ、魔剣は封印することが出来ます。

しかし血族には、まだアランがいます。

姫に致命傷を与えても宝剣の魔力ですぐに回復してしまうので、普通の武器で殺すことは出来ません。


 それを知ってか、ルーシュカは宝剣を継承したその日から食事を一切とらず、日に日にやつれていきました。

宝剣を継承すると、強気な感情が心を満たします。

これに抗うことは生半可なことではありません。


 ルーシュカはラダムス王・ゲーデルン・ペドロを超える、強く気高い心を持っていたのです。


姫は自らを犠牲にして、幼いアランを守ろうとしていました。

しかし、将軍は黙ってみていることが出来ません。

 



 「 ルーシュカ姫、あなたの好きな花を取ってまいりました 」


将軍は姫に花を渡します。


 「 ……お花……摘んでしまったから……すぐに死んでしまうわね…… 」


ルッジェーロは姫から花を優しく受け取ると、花瓶にいけました。


 「 手入れをすれば、保ちますよ 」

と、つとめて明るく言います。


ルーシュカは、

 「 ……そう…… 」

と、呟きました。


その様子を見ながら、将軍は心の中で決意します。

 ( ……これ以上は先延ばしに出来ない…… )

 


 「 ルーシュカ姫、気晴らしに少し散歩でもいかがですか? 」


と、言葉で尋ねたものの、返事を待たずにルーシュカを抱きかかえました。




・・・



 お城から近い湖畔までやって来ると、ピリッとした空気から解放されて、穏やかで温かい時が流れています。


 風はさわさわとそよぎ、小鳥は可愛らしくさえずり、湖面は太陽の光を受けて輝やいて、ゆらめいています。


 ルーシュカは座り込み、宝剣を胸に抱え込んでいます。

衰弱しながらも、ずっと肌身離さず持っていました。



将軍はルーシュカを見た後、遠くに目線をやりながら、複雑な顔をすると目をつむり、


 「 ……姫、どうかお許し下さい 」


そう小さな声で言うと、自身の懐に手を入れ、ペドロ王の胸に突き立てたあの、銀の短剣を強く握りました。



14・終曲




 ルッジェーロ将軍は、ボーっとしている姫の横に片膝をついてしゃがみ込むと……

 「っ!」

ルーシュカ姫の顔に触れ、口づけをしました。



意識が薄かった姫は、突然のことに驚きます。

しかし、すぐに全てを将軍にゆだねました。

ルッジェーロは心が痛みながらも、次の行動に移ります。


姫の意識がそれている隙に、彼女の手を握ると銀の短剣を用いて、ルーシュカの手首を素早く斬りつけました。

痛みで大きな叫び声をあげると、驚いた小動物たちが逃げていきます。


 手首の太い血管を勢いよく斬りつけたので、大量の血液が流れ出てきました。


しかし、手首の傷が宝剣の魔力でふさがっていきます。

傷口がふさがっていく中、ルーシュカ姫の血液が宝剣へと流れ落ちました。


宝剣が姫の血を吸収していきます。


将軍はすかさず自分の腕に力を入れ、浮き出た血管を短剣で裂きました。

血が溢れ出て、モレシュの宝剣へと大量に滴り落ちます。


 

ルーシュカ姫とルッジェーロ将軍の血が混ざりあって、宝剣の見事な細工の隙間から染み込んでいきました。



すると、宝剣がカタカタと動きだし、まるで生きているかのように金切り声を発します。


おぞましいその声に、将軍は眉間に皺を寄せ険しい目つきで剣から距離を取ると、銀の短剣を構えます。





宝剣の神々しく見事な装飾が壊れ始め、黄金色の輝きが徐々に闇色に変わると、禍々しいその本体が姿を現しました。


青い宝石部分は、赤い悪魔の瞳のように変化し、金色の装飾は悪魔が絡み合っているような形になり、

透明に近い刀身は闇色と紫色のオーラをまとっています。


 ルッジェーロは間髪いれずに、銀の短剣を力いっぱいに突き立てました。

短剣は悪魔の瞳ではなく、悪魔が絡み合っている奥、ドクンっドクンっと脈打っている心臓のような部分に突き刺さっています。


 

魔剣ブラッディ・ロアの心臓部に、銀の短剣が悠然と煌めき、絡み合った悪魔たちが大きな叫び声をあげ、大量の血液が魔剣から噴き出しました。


血しぶきを避けるように、ルッジェーロは姫を抱えて後退ります。


魔剣からはとても想像できない程の血液が噴出し、その反動で湖の中頃まで飛ばされてしまいました。


 魔剣はそのまま湖の中へゆっくりと沈んでいき、澄んだ湖を鮮血に染めあげると、生臭い鉄の匂いを風にのせて辺り一帯に流れていきます。



将軍はそれを見届けると直ぐに姫の容態を確認し、安堵の息をはきました。

手首の傷は、どこを切り付けたのか分かりません。

青白かった顔に血の気が戻り、小さく愛らしい唇も赤い艶を取り戻し、穏やかな寝息をたてています。

姫は気の張りつめた日々を過ごしていたため、眠れぬ夜が続いていたのです。



将軍は自分の腕の止血をすると、傷一つない姫の手首にも傷薬をしっかりと塗り、止血帯を巻きました。


そして姫を抱きかかえ、


 「 ……賢者殿の言った通りにしたが……果たしてこれで良かったのだろうか…… 」


と、血に染まった湖を見つめ、その異様な出来事に警戒を解くことが出来ませんでした。




・・・



少し時間を遡りましょう。


ルッジェーロ将軍が賢者の家を訪ね、知恵を授かっているところです。

賢者はこう、言いました。


 「 魔剣というものは血を欲しておる。 通常であれば、たとえ血族の血液と一緒に他者の血を混ぜたとしても弾いてしまう。

しかし、ひとたび血を啜ればもっとくれと欲してしまう。 微量の血液を与えれば、血液欲しさに他者の血にすら貪りつくだろう。 」


将軍は尋ねます。


 「 微量とは、どの程度でしょうか? 」


 「 魔剣は人間の体内の血液の多くを求めるが、腕を裂き、まあ、ある程度与えればよいだろう。 」


 そしてルッジェーロは、賢者の助言の通り行動に移したのでした。




・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



魔剣の呪いは、多くの人間を不幸にし、そして死に至らしめました。

将軍の不安は杞憂に終わり、その後、モレシュ・ルロアン王国は繁栄し、平和な世が続きました。


ルッジェーロ将軍は戦でも大いに活躍をみせ、大陸の平定に尽力しました。


勇者ルッジェーロ・エステルの名は、大陸中に知れ渡り、伝説として語り継がれます。


そんな彼の手には、モレシュの宝剣に似た剣が握られていました。



・・・



魔剣を破壊した次の日……



血の湖と化した湖畔に将軍は、やって来ました。


しかし驚いたことに、湖はいつもの透き通った状態に戻っていたのです。

当たりを見渡すと、広い湖の端の方に黄金の輝きを放つ何かがあります。

歩いては行けないため、将軍は上着を脱ぐと湖に飛び込み泳いで行きました。



辿り着き、見てみると、それはモレシュの宝剣でした。


しかし、砕けた装飾が銀の細工にかわり、黄金の輝きはゆっくりと銀色へと変わっていきました。


湖から上がり、鞘から剣を抜くとそれはまるで自分のためにあつらえたように、しっくりときました。

以前、宝剣を手にした時のようなずっしりとくる重さは感じられません。

試し斬りをした将軍は驚きました。

近くにあった太い木の幹を簡単に真っ二つにしたのです。


思わず剣を見る将軍。


細部まで確認すると、刀身の柄付近に刻印が刻まれていることに気付きます。



そこには、

   “ 聖剣 エステル・ロア 、ルッジェーロ将軍に捧ぐ ”

                            とありました。

 





それから聖剣は、ルッジェーロのものになりました。

しかし将軍は後に、ペドロ前王の息子で現王のアランに、剣を返還します。

成人したアラン王は剣の継承式を行い、聖剣エステル・ロアは、アラン王を新たな継承者として認めました。



聖剣エステル・ロアは再び、モレシュの宝剣になったのです。

別の人物に継承されても、ルッジェーロ将軍への刻印は消えません。



そしてモレシュの宝剣【 聖剣 エステル・ロア 】と共に、モレシュ・ルロアン王国は豊かな繁栄をとげ、

血塗られた物語は賢者の手によって一冊の本となり、王国に献上されました。



この物語は後に歌劇として大陸中、外国、後世へと伝えられていきました。

*  *  *  




 「……剣は人を傷つけるために非ず……」



 ロアは問い掛けた。



強き力を弱き人々のために使った、ロア。

女でありながら強さを誇った彼女を人々は次第にねたみだす。

 


 “ あの女は魔女だ! ”



ロアは騙され、嬲られ、酷い拷問の後に惨殺された。

人のために尽くしてきた、彼女の悲しく酷い最期…。

その腕には、名工が作った見事な剣。


彼女は死しても、その剣を決して放さなかった。

決して放さぬよう、頑丈な紐で剣と自らの腕をきつく縛った。

彼女の亡骸の在り処を知るものはいない。



彼女の名は…


       『 剣聖、エステル・ロア 』。




                          *  *  *



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