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祝宴


「聖女様、ご到着です」

王宮の広間に、呼び出しの役目の近衛兵のよく通る声が響き渡る。


それまでざわざわとさざめいていた広間の声が、ぴたりと止んだ。


そして、人波が割れるように一本の道が開かれる。大きく開いた扉から大司教を先頭に、先導役である年嵩の女官と護衛騎士四人に護られたエリカが入ってきた。



「ほぅ、お美しい」

「黒髪とは珍しいですな」

「ええ、聖女の白のご衣装に艷やかな黒髪が映えますわね」


ゆっくりと進む間、取り囲む貴族達はエリカの容姿の小声で褒めそやす。


エリカは小声を雑音として、まっすぐ前だけを見る。言葉として理解してしまえば、恥ずかしさと緊張で足が止まってしまうからだ。


やがて、この行進の終着点である王の前に着いた。


一目でわかる豪華な装飾が施された玉座に座る王は、威厳を漂わせた顔でこちらを見ていた。


顔からの印象だと、五十代半ばだろうか。アングロ・サクソン系の顔に髭。髭さえなければ童顔と思われる。威厳を持たせるためのアイテムなんだろうなとエリカは思って、大司教に続いて立ち止まった。



「偉大なる王よ。召喚された聖女様をお連れしました」

大司教が恭しく奏上すると、王は鷹揚に頷いた。


「聖女様、こちらは我がヴァロア国の偉大なる国王陛下にございます」と大司教がエリカに告げると国王は玉座から立ち、エリカの方に近づいてきた。


「わが名はイエフ。聖女様、お名前は?」

「エリカと申します」

エリカは声を震わせないように答える。


「その夜の(とばり)のような美しい漆黒の髪に似合う美しい名ですな」

「ありがとうございます」


「聖女エリカよ。そなたは我が息子ジュダスの呼びかけに応え、この世界に舞い降りられたのか」

芝居がかった大きな手ぶりで斜め後ろに控えていたジュダスを指し示す。


ジュダスは、前に進み出てエリカににっこりと笑いかけた。

「はい。その方に呼ばれ私はこの世界に召喚されました」

しんとした空間に、はっきりとした声でエリカは答える。


おおおーっと、圧倒されるような歓声が広間にあがる。聞いていたこととはいえ、驚きの表情を出さないよう口の端を上げて顔を作る。


ジュダスがさらに一歩進み出ると、エリカは手を差し出した。その手を恭しくとり、甲に軽く唇をあてると誰からともなく手を打ちはじめ、割れんばかりの拍手が広間を満たした。


暫くそのままに任せていると、国王がさっと右手を上げ拍手を鎮めた。



「めでたい事だ。聖女エリカ殿の降臨により召喚の儀は果たされた! 次代の王はジュダスとなり、我が国は(のち)の千年も栄えるであろう!」


王の言葉に再び歓声があがり、広間の端に控えていた楽団が勇壮な曲を奏で始める。それと同時に大勢の給仕達が手慣れた様子でワインを入れたグラスを配り始める。


全員に行き渡った頃、国王やエリカにもグラスが配られ、その頃には曲も落ち着いたものに変わっていた。


「聖女に護られし我が国に永遠の繁栄を! 次代の王に祝福を!」と、宰相らしき貴族からの乾杯の言葉に他の貴族達はグラスは掲げ、祝いの言葉を口にしてからグラスをあけた。


エリカも場に合わせ、グラスに口をつけた。この世界のワインも元いた世界のワインと同じ味がする。


かなり甘いワインだ。エリカのグラスには三口程度の量しか入ってないが、なめる程度に留めた。


エリカはあまりアルコールが強くない。この量のワインで酔うことはないが、初めての場だ。粗相でもしたらと思い、女官にグラスを下げてもらおうと目線をあげるとジュダスと目があった。


「聖女エリカ。どうぞグラスをあけて頂けませんか」

「え」


「祝いのワインを飲み干さないのは『私は祝う気がない』という事だと我が国では言われています」

隣りにいるジュダスが一歩近寄り、エリカの耳元でそっと囁いた。


そう言われたら、飲み干さない訳にはいかない。

周りを見ると、確かに貴族達はエリカの持つグラスを凝視している。


この祝宴の成功をもって、近隣諸国や国民に大々的に次の王はジュダスだと公布されるのだ。『召喚成功の披露目の祝宴』は次代の王を貴族達に示す重要な行事だと、エリカは大司教から聞いていた。


だが、聞いただけで理解がまだ追いついてない。目の前で起こっていることが現実なんだと感じるが、それを飲み込むには前の世界とのギャップが大きすぎると思いながら、エリカはグラスの酒を飲み干した。


氷砂糖を溶かし込んだように甘いワイン。こんなに甘さが舌に残るワインは初めてだった。


ジュダスはグラスを空けるエリカを見届け「祝意ありがとうございます」と、微笑んだ。周りの貴族達も安堵の眼差しをエリカに向けていた。


飲み干したグラスを女官に渡すとジュダスからダンスを誘われたが、丁寧に断った。


ダンスなんてした事がないと言うと、ジュダスは不思議そうな顔をしたが無理強いはせず、ちらりと国王の方を見た。


国王はジュダスの視線を受け止めると、側の侍従に何かを告げる。祝宴の進行から言えば、ここでジュダスと聖女のダンスなのだろう。


国王が立ち上がり「聖女様は召喚のお疲れがまだ取れぬ。無理なきよう中座される。皆、今宵の宴を楽しんで欲しい」


国王の声と共に、ジュダスがエリカにエスコートを願い出た。エリカは緊張しながらジュダスの腕をとり、貴族達の視線を浴びながら広間を後にした。



広間の扉が閉まると、緊張が溶けてくるのがわかる。ジュダスにエスコートされ、もと来た廊下を歩き始めてすぐに、胸に違和感を覚えた。



「緊張されましたか?」

ジュダスは、エリカを気遣って色々話しかけてくるが

慣れない事をした緊張が解けたせいか、今頃になって動悸と言うかムカムカとした吐き気が強くなってきた。



……。気持ち悪い。



吐き気を自覚した途端に心臓の鼓動が早くなる。顔も火照りだしてきた。ジュダスはそんなエリカの様子に気がついたのか、優しい顔を近づけてきた。



「大丈夫ですか? 近くで休まれます? それともバルコニーで風にでもあたりますか」

「いえ、あの。部屋に戻りたいです」


「まだ少しお部屋まで遠いですよ。無理をなされない方が良いのでは?」

ジュダスは足を止めてエリカの顔を覗き込む。


「は…早く戻りたいです。気持ち悪くて…」

汗が噴き出したエリカを額を見て、ジュダスは眉をぴくりと動かして、さっとエリカを横抱きに抱えた。


「きゃっ」

「じっとしてて。急ぎます」

そう言うと大股でジュダスはエリカの部屋に急ぎ、後にいた年嵩の女官も足早にジュダスについてくる。


エリカは口を押さえながら、ジュダスの胸に身を固くして抱かれていた。ジュダスはできるだけエリカを揺らさないように先を急ぐ。

ちらりと見上げたジュダスの顔は凛々しい。


すぐにエリカの部屋につくと、ジュダスはエリカをソファに下ろし膝をついてエリカの手を握った。


「申し訳ありません。大事な祝宴だったのに…」

「大丈夫ですよ。重要な事はやっていただきました。気にされず、ゆっくり休まれてください」


そう告げて、ジュダスは年嵩の女官に二言三言何かを告げると宴に戻って行った。


すぐに聖女の衣装を脱いでベッドに横になった頃、老典医がエリカを訪ねてきて処方された薬を飲むと、すぐに胃のムカつきは取れエリカは深い眠りに落ちていった。



「どうであった」

宴に戻り、玉座の隣に座ったジュダスにイエフが小声で囁く。

「あのワインが、効きすぎたようです」

前を見たまま、ジュダスが父の問いに答えた。


「それは…残念な事だったの」

「これからですので」

そう言うと、ジュダスは給仕の差し出すグラスをとった。


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