酒の花と狼と
あれから楽しく街を見回った後。夜、カイゼルの屋敷にて与えられた部屋で1人になったリルリアーナはぼんやり考えていた。
(街楽しかったな〜…。でも、これから先どうしよう…。ずっとこのままってわけにはいかないよね)
追放されてからこの数日、ずっと楽しすぎて気づかない振りをしていた。しかし、街へと出ることによって現実を思い出す。いつまでも好意に甘えている訳にはいかない。
ここから出ても行くあてはないけれど、カイゼルの言う責任とやらをいつまでもとってもらうつもりはない。というより、もう十分とってくれたように思う。
そもそも今は独身でも、きっとカイゼルだっていつかは結婚する。だって彼は族長だ。獣人族のことや銀狼のことは全くわからないけれど。ゼフも彼に対して早く身を固めろと言っていた気はする。
(そうしたら私はどう考えても邪魔だよね。だって私だったら嫌だもん)
恋人ではないが、なんだかよくわからない関係の女がいるところに嫁ぐなんて嫌すぎる。浮気なんて…と考えたところで黒髪の男がふと頭に浮かぶ。
(違う違う!カイゼルさんはあんな奴とは違うわ!1人しか愛せないとか言ってた嘘つきとは違って、最初から女の子みんな大好き!って言ってるもん!)
運命なんていって閉じ込められるくらいなら、その日遊ぶ相手として適当に扱われた方がずっとましだ。
己の屋敷の一室を与えているし、カイゼルも決して適当に扱ってなどいないのだが、いかんせんそれまでの監禁暮らしが長すぎた。何年も外出すら許されなかったリルリアーナは、意図して作られた世間知らずなのだ。
(今頃どうしてるのかな…きっと真実の番とか言ってたあの女の人と一緒なのかな。カイゼルさんが私にしてきたみたいなあんなことやこんなこと…)
と考えたところで何かの感情が込み上げて来た。
妖精族であるリルリアーナには、番なんて感覚が最後までよく分からなかった。勝手に城の奥に押し込まれ、勝手に追い出されて、わけがわからないままだ。だからこれは怒りだ。怒りが込み上げて来ているのだ。
(駄目!寝れない!)
弾け飛びそうな感情の中、リルリアーナはベッドから飛び起きると厨房へ向かった。お水でも貰おう!
――
「…で、なんで俺の部屋にいるのかな?」
「カイゼルさんがまだお仕事中って聞いて、じゃあ待ちたいです!って言ったら案内されました!」
定期的に行う夜盗狩りから帰ってきたカイゼルを待っていたのは、ほろよいになったご機嫌なリルリアーナだった。
屋敷の者たちは2人をそういう仲だと思っている。最初の一夜を考えると間違ってはいない。だから狩りから帰ってくる主に気を利かせたつもりなのだろう。出迎えに来た使用人がにやにやしていたのも、いい仕事をしたつもりだったからだ。ご丁寧に酒と肉を揃えたのである。
「みなさん優しいですね!これ飲んで待っててって、こんな美味しいお酒くれました!」
なんて言って上機嫌にニコニコするこの世間知らずをどうしてくれようか。己が酒に漬け込んだ肉扱いされたことに気づいてもいない様子だ。
とはいえさすがに二連続で酔ったリルリアーナにどうこうというのは気が引ける。狩りの後で色々と昂っているとはいえだ。
「あー…リルちゃん、ほら俺狩りの後だからさ、あまり近寄らない方が…」
「?え、でも全然血の匂いとかしませんよ?」
そりゃ風呂に入って着替えてるからね。むしろ準備万端。と、いつもの軽口を叩きながらも一歩下がるカイゼル。が、リルリアーナは近寄って背伸びをして匂いを嗅いでくる。首元に手を伸ばしてくるので思わず素直にカイゼルも屈んでしまった。
「私カイゼルさんの匂いすきですよ。いい匂いがするし、ドキドキします」
首元に擦り寄りながら、ふふっと笑うリルリアーナからは花のような匂いとアルコールの混じった匂いがした。その瞬間カイゼルはなけなしの理性が弾け飛んだ。
あれ、これ俺悪くねーな。むしろ何もしない方が失礼だろ。
「カイゼルさん…?」
急に無言になったカイゼルに不思議そうに問いかける声。カイゼルはニコッと笑うと、おもむろにリルリアーナを抱き上げて流れるようにベッドへと誘う。
「わ」
「俺もリルちゃんの匂い好きだよ。…知ってた?相手の首筋を触ったり匂いを嗅いだりするのは銀狼族にとって求愛行動なんだよ?」
ベッドに寝かせたリルリアーナの首筋を指でつー、となぞる。
「へぇっ!?し、知らない…。ごめんなさい、私、何も知らないから…」
顔を赤くしながらびっくりしたリルリアーナが言う。しまった。これはさすがに怯えたか?カイゼルもまだギリギリ引き下がれる、今ならまだ。
「なーんて…」
「だから、カイゼルさんが教えてください。全部、あなたが初めてだから…」
押し倒しながらも何とか我慢しようとした飢えた狼の下で、獲物本人がびっくりするほど可愛らしくゴーサインを出している。好きなように食べろと。これは駄目だ。無理だ。むしろ我慢したら狼じゃないだろう。
我慢できない狼は、今度は指ではなく舌で彼女の首筋をなぞる。
「ひゃっ…」
以前宣言した通り、今度はしっかりと記憶に残そうと思うのだった。