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番外編 肉食獣と

奥にいた赤茶髪の男が、ガタリと立ち上がって近づいてきた。リルリアーナや白兎族に比べてだいぶ筋肉質だ。


「喰われてぇならちゃんと言ってくれよな?城の外出たら可愛がってやんぜ」

「ひっ、ひぃぃ…!」

「ミア、こっちに…!」


大柄な男に怯えるミアを、ファビは震えながらも背後に守ろうとする。


「弱えくせに一丁前だなあ僕ちゃん?で、そっちのはなんだ?カイゼルの昔の女か何かか?ってかなんかめちゃくちゃ着込んでるな」


男に言われた通り、今日のリルリアーナはやたらと厚着をしている。寒いのが苦手と白状したら過分な程に着込まされたのだ。


「あ、これはジークが…」

「はぁ?誰だそりゃ。…いや待てよ、着膨れしてるだけでよく見るとあんたかなり美人だな」

「わ、わ…」


ぐるぐると回され着込んでいた上着を一枚二枚と剥がされるリルリアーナ。


「ちょ…!女性に何するんですか…!」


ファビが弱弱しくも抗議をしてくれるが、大柄な男は意にも介さない。男の付き人らしき者も席から立たずに後ろでにやにや笑って見ているだけだ。


「あ、身動き取りやすい…!」

「身体つきも悪くない。お前何族だ?弱そうだしなんかの小動物だろ。俺の女にしてやってもいいぜ」


ドヤ顔でいう男だったが、リルリアーナは露骨に嫌そうな顔をする。動きにくかった上着を脱がされたのはまあいいが、いきなり偉そうに何を言ってるんだろうか。


「お断りします」

「悪い話じゃないだろ。俺は赤豹族の族長ダイモン。さっきはうさぎちゃんの族長だって色目を使ってきたぜぇ?」


言われてリルリアーナはぐりんっとミアとファビの方を向く。2人はまぁ、確かに…と言う微妙な顔だ。


「…赤豹族の族長に庇護されるなら悪い話ではないかな、とも思います」

「まぁ…うちの族長なら喜ぶっすね」

「ええええ!?」


ここでも価値観の違いに驚く羽目になるリルリアーナ。そんなばかなという顔だ。


「ほらな?」

「ほらなっ…て言われても、好きじゃない人とは付き合えません。あなたも私を好きなわけじゃないでしょう??」


出会って数分で一体何の判断を下されたのか。リルリアーナには龍族の重さも分からないが、獣人のこの軽さもそれはそれでわからない。


「いや?好きだぜぇ?美人で胸がデカくて頭が悪そうな女はよー」

「ひゃははは!族長ひっでぇ!」

「え、ええ!?」


全く悪びれる様子もなくニヤリと笑ってダイモンは言い放つ。後ろで彼の従者であろう赤豹2人も声を上げて笑っている。

ぱっと見で頭が悪そうとか、なんでいきなり物凄くバカにされているのかしら??とリルリアーナは怒りと言うより驚きが先に来た。


「あとこの美味そうな匂いだ。明らかに肉食獣を誘う匂いだろこれは」

「匂い?朝ごはんの匂いかな…?何食べたっけ?」


舌舐めずりをしながら見られるも、ダイモンの言葉をリルリアーナは別の意味で捉えた。朝からそんなお肉食べたっけ?と自身の手や服の匂いを確認しだす。


「いや飯の匂いじゃねぇよ。俺は食いしん坊キャラか!ってか朝飯も思い出せないとかあんた間違いなくアホだろ」

「し、失礼すぎるわ!付き合うなんて絶対にお断りします!」


リルリアーナはまさしくダイモンの好みのようだが、彼女からすれば全く好みではない。完全にお断り案件だ。なによりこんな話を彼に聞かれたら絶対うるさい。


「それに、私には嫉妬深い恋人がいるから無理です!あ、というか結婚してる扱いみたいだし…」

「扱いみたい?」


その断り文句が微妙だったのか、一連の話をヒヤヒヤしながら見守っていた白兎たちも首を傾げた。


「番だから、認めたら結婚扱いになるって聞いて…。恋人と特に何が違うのかは分からないんですけど…」

「番!?」

「なんだよあんた龍族の番か?しかもその様子じゃ番が何かよく分かってなさそうだな」


リルリアーナの発言に白兎たちは思わず身をすくめたが、ダイモンは変わらずにやにや笑っている。


「ちょっ…番ってことは、下手なことしたら相手の男に何されるか分かりませんよ??」

「はっ!だからって龍帝陛下の城で暴れるような龍はいないだろ。それにここにいるってことは龍って言ったって住み込みの使用人とかの番だろ?兎じゃねぇんだからそんなんにビビるかよ」


龍族の番には絶対手を出すなと本能で知っているファビが止めるも、ダイモンは余裕を見せている。住み込みで働く使用人は番がいない者が殆どなのだが、他部族はそこまでの内部事情は知らない。


「騎士や身分の高い奴らなら、番を自宅にしまい込んで城になんて連れてくる訳がない。なあ、あんたここで住み込みで働いてる男の番なんだろ?」

「それはまあそうですけど…ひゃっ!」


住み込みといわれればまあそうなのかなとリルリアーナが返事をすると、ダイモンはさらに近づき顔を寄せてくる。


「番って言われても他部族の俺らにゃよくわかんねぇよなぁ?あー、でも確かに少し龍っぽい匂いはするな。奴ら匂いが薄くて分かりにくいが…。ってかあんた元々の匂いがやっぱりめちゃくちゃいい匂いするな」

「もう!離れてください!」

「ギャハハ!嫌だったら番とやらを呼びゃいいだろ?俺に勝てそうにないザコ龍なのか?」


スンスンと匂いを嗅いでくるダイモンをリルリアーナは嫌がるが、番を呼べという言葉には頷けない。呼んだら多分騒ぐだろうから嫌だ。それなら廊下を歩いているであろう龍族の兵たちをファビたちに呼んでもらえば良いのだが、そこまでは頭が回らない。


「ザコ…ではないと思いますけど、室内で龍化したら身動き取れなさそうかも…」


リルリアーナの中では、彼は室内で龍化したら天井にギチギチと嵌りそうなイメージだ。実際は壁や天井など突き破るし、人型のままでもこの場の全員の首を落とせることは知らない。


「でかい龍なのか?どんな奴なんだよ。強いのか?」

「強い…のかしら?暴力は好きじゃない優しい男だって自分で言ってるけど…」


銀狼の領地で暴れていたのを見たけれど、あれ以来戦う姿は見ていない。あの時はすごく怒っていたし、火事場の馬鹿力だった可能性もあるかしら?とリルリアーナは思った。


「はっ!女を口説くなら強さをアピールすべきだろ?龍族はほんと女慣れしてねえな」

「私は強さは別に…。それより誠実で優しい人の方が好きです」


ダイモンの言うことはリルリアーナにとってよく分からない。価値観の違いなんだろうなと思った。


「はあ?カイゼルともなんか関係があったんなら好みは強い男なんだろ?あいつ結構容赦ないぞ」

「容赦ない…?違う人の話してません?あ、そういえばあなたが族長決闘で負けたってさっき…」

「負けたのは前族長だ。俺はまだ決闘では負けてねえ!」


元はと言えば、ダイモンは新しく族長になったとの挨拶に来たのだ。まだ決闘はしていない。


「そもそもあいつは肉食獣の中でも指折りの強さなんだよ。別にそれに負けたからって赤豹が弱いわけじゃねえ。大体、あんたの番はどうなんだよ?」

「どう?」

「強さより優しさを売りにする男なんだろ?弱っちい男は切り裂いてやるから赤豹の領地に来ないか?」


根拠のない自信でもあるのか、ダイモンはリルリアーナを壁際に追い詰めながらニヤリと笑って告げた。


「遠慮します。彼のことが好きですし、そばにいるって約束してるんです」

「はっ!つれねえなぁ。そこまで言うお前の番はどんな奴なんだ?…ま、龍帝陛下が博愛主義とか言うわけわからん人物評価をするあんたの目はあてにならなさそうだけどな」


きっぱり断るリルリアーナだが、ダイモンはあまり気にしていない。そもそも人の言うことをあまり聞くタイプでもないのだろう。


「うーん、博愛主義はちょっと間違えたかもしれないですけど…最近話を前よりは聞いてくれるようになってきたような?ただ王様といっても何してるのかよく知らないし…偉そうだけど打たれ弱いかも。龍の王っていうよりむしろグッピーみたいにすぐ死んじゃいそうなところもあるし…」


ダイモンに言われてリルリアーナから見た龍帝の評価を下したが、聞かされた皆がヒュッと息を飲む。


「いや、龍帝陛下の話じゃねえよ!あのお方は偉そうじゃなくて偉いんだろ、そもそも強い弱いの評価に嵌め込むなんて恐れ多い!グッピーと並べて語るな!こんなところで怖い話止めろよ!」

「え、だってあなたが聞いたんじゃ…」

「俺が聞いたのは陛下じゃなくてあんたの番の話だろうが!」

「?だから、ジークの話をしてるんだけど…」

「「??」」


話の噛み合わなさに、リルリアーナを含めて部屋にいる全員が首を傾げた。


「あああああ!」


と、そこへ謁見から戻ってきた白兎の族長ライラが急に大声を出して叫び出した。視線はダイモンに腕を掴まれているリルリアーナに釘付けだ。


「ライラさん?」

「あ…あ…あ…」

「どうしたんすか族長?まさか陛下への誘惑失敗して逆に怒らせたとかっすか?」


それどころじゃない、今この部屋にとんでもない爆弾がいる。ライラはそう言いたいが恐怖で上手く声が出ない。そしてライラを部屋に案内したのであろう龍族の者も同じように恐怖と驚愕で身を震わせている。


「何かあった…ひっ!」


さらにライラの叫び声に気づいた騎士も部屋に駆けつけて来たが、ダイモンに壁ドンされているリルリアーナを見て息を呑む。


「赤豹…、今すぐ、ゆっくりとそこから離れるんだ」

「あぁ?なんだまさかお前の番か?」


かのお方にバレないうちにと静かに剣の束に手をかける騎士。その様子を見てダイモンは変な勘違いをした。


「違う!恐ろしいことを言うな!とにかくすぐ離れないと殺されるぞ!我らと共に!」

「いやなんでお前らも死ぬんだよ??」


慌てて否定するもさらによく分からない事を叫ぶ騎士に、ダイモンは怪訝な顔を見せた。


「ぴ、ぴえぇ…」

「あ、そうだ!ライラさん、ジークとのお話纏まりました?ぜひ仲良くしましょう!」


固まっているライラへ話しかけるリルリアーナに、ファビとミアは知り合いだったのか?と2人を見返す。


「え、ライラさん知り合いですか?今陛下と謁見されてたんじゃないんですか?一体ジー…」

「だめ!あなたが呼んでいい名じゃないわ!」


危うく名を口から出しそうになったミアをなんとか手で塞ぐライラ。仲間を死なすわけにはいかない。


「と、とにかく…、その手は離さないと…死にますよ。番…です」

「はぁ?番って誰のか知って…」


ライラが息も絶え絶えに真っ青な顔で言うと、ダイモンはようやく考えだす。番、陛下と謁見、ジーク、死…。点と点を繋げると、ふと思い当たるものがあり、リルリアーナを見やる。その顔は真っ青だ。


「ま、さ、か…」

「えっと…フルネームなんだっけ?なぜか誰も呼ばないから…。ジーク…ジークバトル…いや違うな…」

「龍帝陛下の…ご正妃様です」


名前に悩んでいるリルリアーナの横からライラに告げられ、ようやく理解したダイモンがびたーん!と床にひれ伏す。後ろで座って話を聞いていただけの彼の付き人や、何故か白兎たちまで同じように平伏した。


「ひゃあ!?」

「数々のご無礼お許しください!何とぞ!何とぞ!」

「馴れ馴れしくしてすみませんでした!」

「妃殿下とはつゆ知らず…!」


一斉に謝罪をし出す一同に動揺しかないリルリアーナだった。しかも白兎たちには何もされていない。


「よ、よく分からないけどやめて下さい!怖いです!」

「リル、そこにいるんだろう?なぜ獣どもの間にいるんだ?」

「「ひいいぃっ!」」


その時扉から底冷えのするような気配と共に、この城に住み込みで働く男が現れた。

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