番外編 草食獣と
1人うきうきで謁見室を出てきたリルリアーナだったが、廊下がすごく寒いことに気づく。しかも普段来ない場所のため現在地がわからない。広すぎる城の全てを把握してなどいないし、いつもは侍女が案内してくれるためあまり考えないで歩いていたのだ。すれ違う城の使用人や騎士たちは彼女の存在に気づきはしたが、許可なく声をかけていいのかわからず会釈のみして素通りである。しかも寒さをあまり感じない龍族からしてみれば、やたらと着膨れしている姿は正直意味不明だ。
そんな中、軽く扉の空いていた部屋から暖かい空気がもれてきた。リルリアーナが何となく近寄ると、室内はとても暖かかった。
「あ、暖かい…!」
「ん?誰ですか?」
思わずふらふらと部屋に入っていってしまうリルリアーナ。なんだこの部屋は。めちゃくちゃ暖かい。
「うー、寒かった…」
「冬の帝都寒いですよねー。龍族の方たちはよく平気だなって思います」
「ほんとそれっすよー!」
「ですよね!?やっぱり寒いですよね??私だけ変なのかと思ってました!」
震えるリルリアーナに同意する見知らぬ男女に、彼女は力強く頷いた。
「いやいや、めちゃくちゃ寒いっすよ。うちの領地比較的暖かいところなんで辛いっすわ」
「暖かいところなんですか?いいなあ…。追放されたら行こうかな…」
「ぶはっ!追放ってなんすか?普通に来たらいいじゃないっすか」
なんだか和気藹々とした雰囲気に、リルリアーナは和み出す。
「あ、そうだ勝手に入ってごめんない。私リルリアーナって言います」
「いえ、ここ控えの間なんで別に出入り自由じゃないっすか?俺は白兎族のファビっす」
「同じく白兎のミアです。陛下の謁見待ちの方ですか?今は多分まだうちの族長が謁見中ですよ。私たちはその付き人です」
人懐っこそうな青年ファビと、可愛らしい女性ミアという印象だ。龍族以外と話す機会は中々ないためリルリアーナは少しわくわくしていた。
「謁見待ちではないです。ここって控え室なんですか?」
「そうですよ。あちらにも1組…。奥にいるのは肉食獣の方々なんで気をつけて下さいね」
龍帝の謁見待ちではない。というかそこのティッシュ取ってーくらいの用事でも、恐らく呼べばいつでも飛んでくる。なんなら用は無いけど呼んだ、などと言おうものなら喜びに咽び泣きそうだ。もちろん呼ばないが。そんなリルリアーナの質問に、声を潜めてミアが忠告してくれる。
「気をつける?」
「お城で変なことはしないと思いますけど、その…凶暴なんで…」
同じく肉食獣であろう銀狼族は凶暴ではなかったし、みんないい人だったけどなぁとリルリアーナは小首を傾げた。分かっていなさそうな彼女にミアは続ける。
「そうだ、謁見待ちじゃないってことはお城で働いてる方ですか?龍族以外は珍しいけどハーフとかですかね?龍帝陛下の好みって知ってます?」
「え?えーっと…」
「ミア、そんなに矢継ぎ早に言われても困らせちゃうよ」
ミアに一気に質問されてリルリアーナは何から答えれば良いのかオロオロした。そんな2人を見てファビは笑いながら嗜める。
「あ、いえ大丈夫ですよ!働いているというか…なんだろ?お城でお世話になってはいます。えーっと、好みって食べ物とかのですか?」
龍帝陛下の好みとはなんの話だろうか。食事なら基本的になんでも食べているような気もする。リルリアーナは基本何を食べても美味しいと思っているし、龍帝もリルリアーナがいればご機嫌に食事をしている。以前好きなものの話をした時には、リルリアーナに食べさせるのが好きだと言っていたような…。
「あ〜…いえお食事じゃなくて、女性の好みです。番がいる噂は聞いたことありますけど、他にも目を向けることとかないのかな〜…なんて」
白兎族たちは番というシステムを、やはりよくわかっていないらしい。言葉を濁してはいるが、側室の可能性をあげているようだ。聞いた相手が龍族であれば即座に否定されただろうが…。
「それ!私も思ってました!たくさん恋人がいてもおかしくないと思うんですよね!なんだかやたらとお金を使いたがるし、1人だと持て余しちゃうと思うんですよ」
「お城の人から見てもそう思います?無理かとも思ったけど、族長ワンチャンあるっスかねー。どんな女性が好きなんすかね?陛下」
龍帝を持て余しているという番本人の発言には気づかず、ファビは自身の族長ライラが龍帝に見そめられるかを考えていた。
「好み…うーんと」
リルリアーナは龍帝の好みを考えてみる。そもそも番だからという理由は意味不明なので置いておく。それ以外で好きそうなのは…。
「おっぱい…?」
「ぶっ…!」
「え、そんな単純な!?陛下もやはり普通の男って話ですか??」
リルリアーナがポツリと言った言葉にファビが吹いた。ミアはあまりにもありきたりな回答に逆に驚いている。
「も、もっとこう…大人しいタイプが好きとか、逆に積極的なタイプが好きとか、性格面で何か分かることとかないっスかね…?」
「性格…」
「そもそも陛下ってお城の方から見てどんな方なんですか?」
そういえば結局自分のどこが好きなのだろうか?やたらと執着めいた愛情だけは伝わってくるが、全部好きとかよく分からないことしか言ってないような…。
「一周回って博愛主義なのかも…?」
「えええ!?誰の話してます??龍帝陛下の話っすよ!?」
「博愛主義だけはあり得ないでしょう??」
逆ならまだしも、だ。ファビとミアは驚愕で思わず叫んだ。
「いえ、待ってファビ?よく考えたら私たちは龍帝陛下に直接お会いしたことないし、城では実は穏やかで優しい方なのかも…?」
ミアが考え直して、誤解を始めた。彼女は龍帝が城を半壊して同族を処分しまくったという話を知らないようだ。
「穏やか…とは何かちょっと違う気もしますけど、優しい…とは思いますよ。できるだけ要望を聞いてくれようとはしますし」
「へー、意外っすね。城の環境改善とか考える方なんすねー」
リルリアーナの発言に、ファビは使用人たちの声を聞いて職場環境を整えてくれる王様なのかぁと認識した。
「あとは…果物とかお花とかをやたらと持ってくるような…?」
「お花好きなんですか?めちゃくちゃ意外ですね!」
それはリルリアーナを喜ばせようとしているだけなのだが、お城を装飾するのが趣味なのかな?とミアがまた曲解し出している。
「怒らせたら簡単に部族を絶滅させたりするって噂ですけど…」
「ええ!?そんなことしないと思いますよ??そんなことするなら全力で逃げますよこの城から」
確かに以前カイゼルを半殺しにしてはいたが、さすがに絶滅とかはさせられないだろうとリルリアーナは思っている。
「乱暴な人は苦手なので…もしも近くにそんな危険な存在がいたら嫌ですね」
「まあ自分らもか弱い兎なんで分かるっす。同じ城にいると思うと震えてくるっすもん」
そんな危険な存在と寝起きを共にしているのだが、リルリアーナは気づいていない。
「それにそもそもあんまり怒ったりはしないですし…困るのは番に対してやたらと嫉妬深いくらいかなぁ」
「余程のことしなければ大丈夫な感じっすかね?強者の余裕っすねー」
リルリアーナから見れば基本ご機嫌だし、何かあってもどちらかと言えば泣いたり喚いたりしているイメージだ。あまり怖くはない。そしてファビは今自分が余程のことをしでかしていることに気づいていない。
「陛下ってめちゃくちゃ怖いイメージでしたけど、こう聞くとそうでもないっすね?」
「そうよね、それならそこらの肉食獣とかの方が乱暴でよっぽど怖いわよね」
「肉食獣ってそんなに怖いんですか?」
先程も気をつけるように言っていたが、リルリアーナにはよく分からなかった。
「もしや肉食獣に会ったことないんすか?虎とか狼とか豹とかの獣人っす。基本気性が荒くて草食動物には怖いんすよ…。特にあっちにいるのは族長なんで別格に危険っす」
「狼の族長さんになら会ったことありますけど、全然乱暴じゃないし優しい人でしたよ?」
「銀狼っすか?あー…まあ確かにあそこの族長は女好きで有名でしたし、女性に乱暴はしないでしょうけど…。別の意味で手を出されなかったっすか?」
ファビにそう言われてリルリアーナはぴたりと固まる。思い当たる事はものすごくある。色々と思い出して思わず赤面してしまった。
「え、もしかして本当に?」
「あ…、す、すみません!まさか本当にそうだとは…!」
「い、いえ!別に大丈夫です!凄い何かがあったわけではなく、ちょっと…色々と忘れようとしていることがたくさんあるだけなので!」
まさにな反応に驚くミアとファビ。リルリアーナも大丈夫と言いながら、龍帝に聞かれたら危うい発言をしている。
「あ、でもだったら尚更気をつけたほうがいいですよ。確か赤豹は銀狼に族長決闘で負けて…」
「聞こえてんぞうさぎちゃんたちよぉ??」
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