番外編 愛人志願者?
龍族は暑さ寒さをあまり感じない。だから年中長袖でも問題はないし、城ではもちろん皆キチンと騎士服なり侍女服なりを着ている。特段薄着にも厚着にもならない。
「君は寒さが苦手だったのか…??」
突然ある冬の日にリルリアーナが告げた、8年間知らなかった事実に龍帝は愕然とした。確かに言われてみれば城内を自由に歩き回らせてからも気温の低い日にはあまり部屋の外には出たがらないし、中庭にある温室に篭っていることが多かった。
「森には御神木があるから暑さ寒さは感じなかったんだけど、森を出てからは冬が寒くて…」
「もっと早く言ってくれ!…いや、察せない俺が悪かった…!暑さは?夏の暑さは平気なのか?」
「ここはあまり気温は高くないから平気。その分冬が寒いけど、みんな平気そうだから気のせいかなぁって…」
年中季節感のない龍族に囲まれて感覚が分からなくなっていたようだ。でも寒いのは寒いので、冬はよく温室にいたらしい。
「何かこうフワフワの暖かいものが欲しいんだけど…」
「今すぐ用意しよう!」
「ジーク待って!」
珍しく出てきたリルリアーナからのおねだりに、喜び勇んで飛び出そうとした龍帝だったが止められる。
「毛皮を剥いで持ってくるとかはやめて!そうじゃないのよ?」
「違うのか?日替わり用で7種類くらいの部族を狩ろうと思ったんだが…」
「ほんとに止めて!!だからあなたに言いたくなかったんだってば!」
危ない。あらかじめ予想して止める準備をしていて良かったとリルリアーナは思った。
「そうじゃなくて、生きてるのがいいの!獣人じゃなくて、動物!猫とかうさぎとかを膝にのせたいのよ」
「動物…俺じゃダメか?」
「膝にのるわけないでしょー!それに龍は温かくないじゃない!」
可愛いペットを欲しがるリルリアーナに、龍帝はすぐさま志願してみたが断られた。
「くっ…!俺はなぜ龍なんかに生まれてしまったんだ…!もっと弱くても温かくてフワフワの生き物に生まれたかった…」
この世のヒエラルキー最上位に位置する男が生まれを悔やんでいる。
そこで遠慮がちなノックの音が響く。
「陛下、おはようございます。そろそろ謁見のお時間です。本日はまず白兎族の新族長が挨拶にきておりますが…」
朝食は済んだはずなのに、珍しく中々執務室に現れない龍帝を側近が呼びにきたらしい。このタイミングである。リルリアーナはすぐに反応した。
「うさぎ…」
「剥ぐか?」
「だからやめてってば!ジーク?え、ちょっと本当にやめてよ??」
――
龍の城の謁見室。冷たく緊張感のある空気が満ちたその部屋で、白兎の族長は跪いていた。
「白兎族の長が龍帝陛下に拝謁いたします」
「面を上げろ」
白兎族の女性族長が、言われるままに頭を上げると…なんかいる。
正直ここへは挨拶メインというか、上手くいけば龍帝陛下の妾にでもなれないかと思って来た。ずばり色仕掛けをしに。番がいるとの噂は聞いていたが姿を見たものはほぼいない。小さい子供だとの噂もある。ならば一時でも龍帝陛下の寵を得られないかと気合いを入れて着飾って来た。弱小部族は皆そんなものだろう。番というシステムも正直他部族にはよくわからないのだ。だが…。
「あの…うさぎさんなんですか?」
跪いている自分の横で、しゃがんで見つめてきているこの女性は一体何者なのだろうか。なんだかやたらと厚着をしているし。訳が分からず玉座に座っている龍帝陛下を見るも、特に説明はない。ただ一言冷たい声で告げられた。
「答えろ」
「は、はい!白兎族のライラと申します!」
「族長さんってことは、強いんですか?うさぎさんってどうやって闘うんですか?牙とか爪はないですよね?」
なぜだかキラキラした目で次々と質問をしてくる女性だが、ここが厳かな場だと言うことが分かっていなさそうだ。うさぎ並というかそれ以上に弱そうなその姿は龍族には見えないし、一体何者なのか。
「…うさぎは戦いません。弱小部族なので、襲われないように強い他部族の傘下にいます」
「え、じゃあ族長さんってどうやって決めるんですか?ジャンケンとかくじ引きとかですか?」
そんなわけはない。弱小部族だから獅子や狼などの強い男、夢を見るならば龍帝陛下の寵を得て他部族の上に出られればと一抹の期待を持っているのだ。この挨拶が目に触れられる唯一の機会だ。誰だか知らないが邪魔をしないで欲しいとライラは苛立つ。
「あの、陛下…」
「彼女の気が済むまで質問に答えろ」
全く興味の無さそうな顔をしているのに、何故か質問に全て答えろと冷たく言われた。
「その…白兎族の族長は一族の中でも1番美しい者が選ばれます。強い部族に気に入られて囲われれば安泰ですから」
「囲う!?え、嫌じゃないですか?特に龍族とか束縛強いしもし選べるなら普通は絶対選ばないですよね!?」
ちょ、龍の王の前でなんてことを言うのだこの女性は!そう思って龍帝を見ると、なぜか固まっていた。
「い、嫌ではありません。強い男性に寵愛されるのは白兎にとっての誉ですから。龍帝陛下のようなお方なら2番目でも3番目でも…」
ここはむしろアピールチャンスにせねばとガッツのあるライラは上目遣いで龍帝を見た。見た目で族長になったという強い自信がある。番ではなくとも少しくらいは揺らぐはず!と龍の習性をよく理解していないライラは思ったが…。
「彼女の前でとんでもないことをほざいてくれたな…!」
「ひっ…!?」
何故か陛下はめちゃくちゃ怒っていらっしゃる!?まさか横にいたこの女性が番なのか?とライラはそちらをバッと振り向くが、彼女は何故かキラキラした目で嬉しそうに自分を見ていた。
「リル、ダメだ。やめてくれ」
「ジーク、ついに志願者が現れたわ!とても美人だわ!大丈夫、私仲良くやれるわよ!」
頭を抱え出した龍帝に、やたら気軽に呼びかける女性。志願者と言うが、龍帝の側室や妾になりたい者ならそれこそ掃いて捨てるほどいるだろうに何をいっているのだろうか?いや、それより本当に誰なのだろうこの人は。
番ならばこんなににこやかに自分を見るはずはない、いやしかし陛下を愛称で呼べるなんて何者なんだとライラは混乱した。
「初めまして、私はリルリアーナと言います。ぜひ仲良くして下さい!」
「リル、仲良くしないでくれ!おやつ感覚で俺を分けようとするのはやめてくれ!俺は君だけだ!あと俺の妃になったのだから君の正式な名はリルリアーナ=エル=シュザルツ=シュタイゼンだ」
「え…無理、覚えられない…」
「さては俺のフルネームもいまだ覚えてくれていないな!?」
やはり龍帝の正妃で間違いないようだ。ならば番なのだろう。しかしそれならなぜ一切の嫉妬を感じないのかとリルリアーナと名乗る女性を見ながらライラは不思議に思った。そして女性はなぜか慌てて立ち上がった龍帝により抱き上げられていった。
「待って!ジーク!まだ獣化した姿を見せてもらってないわ!きっとフワフワなのよ!フワフワの良さをジークはまだ分かってないのよ!」
頭の中がフワフワしてそうな女性がそう叫ぶと、龍帝は不機嫌そうにライラに告げた。
「おい、うさぎになってみせろ」
「は、はい…!」
獣化した姿では誘惑も何も出来ないが、命じられたらならざるを得ない。慌ててライラは白兎へと変わる。
「か、可愛い…!さ、触りたいわ!触ってもいいですか?あ、女性に失礼かな?ああでもフワフワ…」
「待てリル、そんなにか??そんな顔を見せるほど君はフワフワとやらが好きだったのか?…ああなんで俺は毛玉に生まれてこなかったんだ!!」
うさぎより龍の方が羨ましいだろうと思いながらライラは本気で嘆いている龍帝を見た。そしてその隙にするりと腕から抜け出したリルリアーナが再び近寄ってきている。これは期待されているようだ。
「…どうぞ、好きなだけお触りください」
「い、いいんですか!?ありがとうございます!」
頭を下げたライラに言われ、リルリアーナは嬉しそうに撫でまわし出した。
「ふわふわだわ!うふふふふふ」
「えええ!?か、かわわわわわ!り、リル!その笑顔を俺に、俺だけに向けてくれ!」
龍帝はフワフワには目もくれず、今まで見たこともないようなリルリアーナの笑顔に動揺している。草食動物はその瞬間2人の関係を見極め出した。にわかには信じ難いが、どうやら龍帝の方がこの女性に愛を乞うている立場のようだと。
「ジークぅ…本人も望んでるみたいだし、駄目かしら…?」
「いい…いやいや、駄目に決まってるだろう!俺はそれに何の興味もないし、むしろ君をとられるのではと殺意さえ覚えている!」
「!?」
愛しい番の可愛らしいおねだりに思わず頷きそうになったが、龍帝は慌てて首を振った。そして続け様に出てきた急な殺害宣言に、リルリアーナに抱き上げられた白兎は震え出した。
「あぁ!ジークが怖いこと言うから震えちゃったじゃない!もう、ジークのばか!」
「いや待ってくれ、それを持ったままどこへ行くつもりだリル!?」
どさくさに紛れてライラを抱き上げたまま、リルリアーナは謁見室を出ようとしている。
「あ!つい…。そうよね、まずは2人でお話があるわよね。じゃあ私は出ていくのでごゆっくり」
何かまた勘違いをしたのか、そう言い残しライラをそっと降ろして笑顔で去っていくリルリアーナ。
「ゆっくり話す事などない!たまに満面の笑顔を向けてくれたかと思えばこれだ…!」
頭を抱えながらよろよろと玉座に戻る龍帝。感情の波が足にもきたようだ。そしてショックを受けながらも彼は先程の笑顔を噛み締めるように惚気ている。
「ああしかし俺の愛しいリルは本当に可愛い。あんな大輪の花が咲くような愛らしい笑顔を見せてくれたのは初めてではなかろうか。ああこの網膜に焼き付けておかねば。これで向こう100年は生きていける。ああでも君がいなければやはり生きてはいけない。愛しい愛しい俺の俺だけのリル…」
なんかぶつぶつ言っている龍帝に、もはや妾になりたいという気持ちなど爆裂霧散したライラだったが退出のタイミングもわからなくなっていた。これは惚気られているのか、はたまた泥のような独り言なのか。何にしても重たい。これ程の感情を向けられているのに軽やかに去って行ったあの女性は豪胆すぎやしないか。
そしてなおもぶつぶつ言い続ける龍帝は気づいていなかった。ここまで自身と2人で来たため、今のリルリアーナに侍女も護衛もつけていなかったことを。




