if 0.5
龍に見つからなかった場合のifの前日譚です。
本編11話以降並びに番外編と直接の繋がりはないので、どこに挟もうかと迷っていたのですがこの辺に置いてみます。
リルリアーナがカイゼルに拾われてちょうど1ヶ月が経つ頃。カイゼルは狼の嗅覚で気づいた。
(これ、あとひと押しでいけるのでは…?)
身体は許してくれている。不慮の2回目まではともかく、3回目以降はさすがにちゃんとシラフの時に誘っている。そして気づいた。酔っていない時の方が好き好き甘えてしっかり抱きついてくるので実にたまらない。花祭りの夜辺りから照れながらもすごく素直に反応するようになった気がする。なんなのあの子なんであんなに可愛いんだ。俺の好みドンピシャに育ててくれた誰かに感謝するしかない。いや待てよ監禁男はやはり許してはいけないな、犯罪だ。
と、そこまで考えてカイゼルは少し冷静になる。
しかしそんな毎日なのになぜか恋人になるのは断られていた。付き合うのは誠実な男がいいとのことだ。だがこの1ヶ月他の女には一切手を出していないし、むしろ食指も動かないくらいだ。もうそろそろ誠実と認められないだろうか?
たった1ヶ月で誠実って嘘でしょあんた、とゼフあたりには言われそうだが彼は本気だった。
「あ、カイゼルさん。お出かけですか?」
ちょうど朝の庭の水やりから帰って来たところらしい彼女と、玄関で出会う。
「いや、リルちゃん。君を探してた。ちょっと一緒に出かけないかい?」
「私と?はい、行きます!」
どこに行くのかすら確認もせず、二つ返事でにこっと笑顔で答えるリルリアーナ。うん、やはり可愛い。彼女しかいない。カイゼルは確信した。
――
「わぁ…!こんな綺麗な花畑があったんですね…!」
見晴らしのいい丘にやってきたカイゼルとリルリアーナ。綺麗な景色にリルリアーナはご機嫌だ。
「カイゼルさんといると色んな初めてがあって楽しいです!」
「うん、俺もリルちゃんが一緒だと楽しいし嬉しいよ」
もはや当たり前のように笑顔で抱きついてくるリルリアーナをよしよしと撫でるカイゼル。
彼女が他の男に同じようにしているのは見たことがないし、明らかに好意を持ってくれているのは感じる。よし、いける!と彼が思ったのも束の間。彼女は変わらぬ笑顔で言い放つ。
「やっぱりモテるから、色々知ってるんですか?女の人が好きなところ詳しそうです!」
「や、否定はしないけど…」
これである。なんでにこやかにそういう事を言うのか。そこに一切の嫉妬などは感じられない。子犬のように懐いてくるのに、急に猫のようにするりと逃げられる感覚。並の男なら全く脈が無いのだと挫けそうだが狼の長たる男は違った。
「俺はリルちゃんが好きだよ」
「はい、私もカイゼルさんが好きです!」
カイゼルの告白にえへへと笑って照れながら答えるリルリアーナ。答えてはいるのだが、応えてはくれていない気がする。なんだろう、この違和感は?
カイゼルはそう思い抱きしめていた腕を緩め、彼女の手を握りながら目を見つめて伝え方を変えてみる。
「リルちゃん。俺は本気で君が大好きで恋をしてる。だから恋人になりたいし、なんなら今すぐにでも結婚したい」
「えっ」
「君の部族はどうやって結婚するのかな?何か条件があるなら教えてほしい。それを乗り越えたい」
真正面からの告白とプロポーズにリルリアーナは顔を赤くする。さすがにこれは彼女にも少しは響いたようだ。
「え、えっと…、みんなで話し合って、長老様が許可をしたらそれで夫婦になります。特に難しい条件とかは…」
「みんな?みんなって?」
親御さんとかかな?と思ったカイゼルが首を傾げて聞く。その言葉のどこが疑問なんだろ?と思ったリルリアーナも小首を傾げながら答える。
「みんなはみんなです。例えば私には恋人がいないからいいですけど、カイゼルさんは彼女さん全員の許可がいります」
「んん??」
「銀狼族は違うんですか?もしかして正式に結婚してる奥さんたち以外の許可はいらないとか?」
「んんん??」
リルリアーナの言うことほぼ全てに疑問しかなく頭を抱えそうになるカイゼル。違和感の正体が今掴めそうではあるが。2人は根本的な部分でずれていたのかもしれない。
「待って待って、リルちゃん。一つずつ話していっていいかな?」
「?はい」
これは大事な局面だ。しっかりと互いにすれ違った認識を正さなければいけない。
「まず、俺に彼女はいない。いや勿論過去にはいたけどちゃんと都度別れている。え、君は俺のこと初心な君に散々手を出しまくった挙句、沢山いる恋人の1人に加えたいと言ってる男だと思ってたの??」
「え、はい。…え??いないんですか!?」
カイゼルの言葉に目を瞬かせて本気で驚くリルリアーナ。そんなはずがないだろうという顔だ。
「そこまで最低な男じゃないよ。リルちゃんと出会ってから他の子には一切手を出してない。というか、君はそんな男だと思うなら身体を許しちゃダメだろう!?」
なぜか良識的なことを叫ぶ羽目になっている狼に妖精は答える。
「最初から女の子みんな大好きってちゃんと言ってくれていたので別に最低とは…。彼女さんたちも了承してるんだなと思ってました」
「それ!…えーと、もしかしてなんだけど…君の部族の結婚は、夫や妻が1人ずつじゃないの?」
「え、はい。私のお父さんはまだ1人ですけど、お母さんは3人います。おじいちゃんは20人…?あ、でもみんなまた増えてるかも」
根本的なズレはこれかー!狼にとって夢のような制度じゃないか。かつての自分が聞いたら族長権限で採用してしまいそうなシステムだとカイゼルは思った。今はもう違うけれど。
「リルちゃん、よく聞いて。銀狼族は一夫一妻で、結婚は2人だけの制度なんだ。恋人関係も基本は一対一だ。それ以上作るのは不実と呼ばれる」
「そうなんですか??お、オオカミさんたちってすごく一途なんですね」
うっそだろこの子!?いい加減だ女たらしだなどと呼ばれた俺になんてことを真顔で言わせるし言うんだ。
そう思うと今だけはゼフの突っ込みが欲しくなったカイゼルだった。
「…で、だ。たった1人しか選べない。そんな環境で俺はリルちゃん、君が欲しい。君に俺を選んでもらいたい」
「え…、あの、カイゼルさん、私1人で満足できるんですか??」
「現状カラダは大変満足してます。あとは君の心が欲しい。それと約束も。リルちゃんは?君こそ俺1人だけじゃ足りない?」
「いえ…そんなことはない、です、けど…」
「けど?」
獲物を逃がさない狼の猛攻。タジタジとする彼女に目を逸らさせずに追撃する体勢のカイゼル。動揺しながらもリルリアーナは真剣に答える。
「カイゼルさんみたく経験が…ないのでわからないです。今はカイゼルさんしかいらないくらい大好きです…。心も体もとっくに。私の最初で最後があなたなら嬉しい。…でも、これは今の私の気持ちなんです。この先のことは分からないのに約束するなんて私にとっては誠実じゃないから…」
「文化の違いがあるから躊躇うのは当然だと思う。君の気持ちを大事にしたい。今もこの先も全部。不安があるなら取り払いたい。だから教えて?リルちゃんの思う誠実って?」
結構な告白をしながら俯いてしまったリルリアーナの手を握りながらカイゼルは優しく尋ねた。
「嘘つかないで、話をお互いちゃんと聞いて、大事にすること…です。…ってあれ?これカイゼルさんかも!」
「俺を誠実と言ってくれるのは君くらいだよ…」
言いながら顔を上げてキラキラした目で真っ直ぐに見つめてくるリルリアーナに、本気で気恥ずかしそうに言うカイゼル。思わずそのまま彼女を抱きしめる。
「何これもう無理ほんっと可愛い…。リルちゃんには狼殺しの二つ名をあげるね」
「えええ!?死なないでください!…わ!」
カイゼルはリルリアーナを青空に抱え上げ、溢れんばかりの想いを宣言する。
「好きだよ。大好きだ。未来のことは確かにわからないけど、今は世界中に叫べる。君しかいらない!」
「うぅ〜、私もカイゼルさんが大好きです〜!」
リルリアーナは泣きながら愛しい彼の首筋に抱きつく。その言葉と行動に満足するようにカイゼルも抱き抱えた彼女の首にすり寄り軽くキスをする。
「他に恋人が欲しくなったらお互いにちゃんと言おう?で、話し合う。いっぱい話をしようよ。それで良いんじゃないかな?そうなっても俺は君を1番大事に扱うよ」
「はい…!私もカイゼルさんを1番大事にします…!」
好き好き大好きです!と泣きながら首に擦り付いてくる彼女が愛おしすぎて、やっぱり俺はもう他の女なんていらないんじゃないかなと思うカイゼルだった。
「じゃああとは長老様の許可、かな?君のところの長老様は会えないし、ここは銀狼族の領地だから…」
「族長さんが許可してくれればオッケーです。許可…してくれますか?」
「もちろん!族長の全権限を持って許可するさ!じゃあこれで君は俺の可愛い奥さんだ!」
「うふふ、はい!カイゼルさんは私のカッコいい夫です!」
パチパチパチパチ…!!
急に周りから拍手が沸く。見ると周りの銀狼族たちが拍手をしているではないか。
「「え」」
2人は完全に忘れていたようだがここは外だ。周りから丸見えの花畑。そして族長であるカイゼルは目立つ。さらに銀狼の目と耳は良い。つまり2人の会話は興味津々に息を殺していた銀狼たちから丸聞こえだったのだ。
「族長…!私感激しました!」
「俺知らなかったっす…!族長って一途で誠実だったんすね!」
「あ、これは族長相手にされてないなってクソ笑える流れからの猛攻撃!そしてまさかの大逆転!狼として尊敬します!」
「深い…!深い愛だわ…!」
「族長以外の恋人が欲しくなったら言ってください!俺、待ってるっす!」
最後に言った男は己の彼女に殴られた。しかし、恥ずかしい。これは恥ずかしい。格好つけの狼は肝心なところで格好つかない。
そもそも朝思いついた段階ではまず恋人関係になろうとしていただけのはずなのに、気づいたら勢い余って求婚してしまっていた。微塵も後悔はしていないが。
「リルちゃん、ごめん…場所を考えるべきだった」
「い、いえ…。恥ずかしいですけど…嬉しいです」
それでもカイゼルはリルリアーナを抱きあげたまま離さないし、彼女も離れようとはしなかった。
「途中からおっ始めたらどうしようかと思いながらみんな見守ってましたよ!」
「こんなとこでするわけないだろ!あほか!あー、もう!祝え祝え!お前らの族長の結婚だぞ!」
半ばやけになったカイゼルが片手を上げながら叫ぶとみんな一斉にわっ!と歓声をあげ、ひゅーひゅー!と口笛を吹き再び拍手をし出した。
「か、カイゼルさん…!恥ずかしいですって!」
「うん、俺もスッゲェ恥ずかしい!もうこれ絶対一生からかわれるなと思ってる。でもさ、リルちゃん」
「きゃ!」
ガバっと噛み付くようにリルリアーナの首筋にキスをするカイゼル。瞬間歓声が一際高くあがる。
「今は、君をみんなに見せびらかしたい!」
「…もう!カイゼルさんたら!」
そう言いながら、リルリアーナは彼の笑顔につられるように誰よりも幸せそうに笑った。
その日、銀狼の族長が結婚をした。情熱的なプロポーズは領地中で噂になり、その年は感化されるように結婚する狼たちが大いに増えた。
そしてその噂は他部族の領地にまで響いたが、龍族は誰もがそれどころではなかったため龍の城にまでは届かなかった。
――
「…で俺が産まれたってわけ」
ピンク色の銀狼が街道を走りながら語る。
「いや、その話銀狼族なら誰もが知ってますよ。出会って1ヶ月の高速狩り婚って」
「で、めちゃくちゃ愛し合った結果7人兄弟でしょ。異種族との婚姻だと子供が出来にくいっていうのにあんたの両親凄すぎでしょ」
「やっぱ俺らの族長って痺れる男だよなー」
後ろに付き従うように3頭の狼が続く。
「違う!これから族長は俺!間違えんなよお前ら!だから挨拶に来たんだろうが!」
「はいはい。でもまだなーんか頼りないんだよねー。強いのは認めるけどさ」
「母親譲りのプリティフェイスだしな!中身とのギャップに超うける!」
「噛みっ殺すぞてめぇ!」
「もうやめて下さいよ!…ほら、見えてきましたよ」
狼たちがキャンキャン戯れあいながらも走るうちに、帝都の門が見えてきた。
「うっわ緊張してきた。俺陛下に会うの初めてなんだよなー」
「族ちょ…いや、親父さんにどんな方か聞いてるんだろ?」
「噂通り超怖ぇとしか聞いてない。母さんは何故か首を傾げてたけど。“トカゲに会うと思えば良いんじゃない?”って」
「ちょっ…相変わらずゆるふわ辛辣な人だなお前の母ちゃん!」
裏声であまりに不敬な言葉を再現する様に思わず吹いた。
「知らぬというのは恐ろしいってもんだよな。殆ど屋敷周辺から出ないからそもそも龍族自体見たことないんじゃないか?」
「かもなぁ。ってか陛下の絵姿見せた時も無反応だったんだよな。あの完璧な顔面見てなんの感情も無いとかすごくね?」
「へぇーこういう顔だっけ?みたいな感想は言ってたじゃない。すぐにあんたのお父さんの方が格好いいとか言ってまたいちゃついてたけど」
正直見ているだけで甘ったるくて胸焼けがしそうな夫婦だと周りは思っている。
「龍族と言えばなんか必死であちこちの領地飛び回ってるのに、殆ど会ったことないってのも凄いよな」
「意外と出不精なんだよな。父さんが帝都に行く時も絶対ついていかなかったしなぁ」
「いや、普通自分の妻を龍族に近づけるわけないじゃない。一方的に番認定されたら大変だもん」
「ま、それもそうか。別に束縛はしないけど父さんいまだに母さんにベタ惚れだもんな」
「どっちもでしょ。あんなに一途なラブラブ夫婦他で見ないわよ。浮気性な狼が多い中羨ましいわ」
「なんだよマフちゃん。彼氏欲しいなら俺がいるだろ?付き合っちゃう?」
「絶対嫌。あんたが可愛い顔して女食いまくってんの知ってるんだからね」
本気で嫌そうな顔をしてマフと呼ばれた狼は首をふる。
「ほらふざけるのはそこまで!帝都の門をくぐりますよ、族長!」
「おう!」
そして人型になると、まだあどけなさを残したピンク髪の青年は歩き出す。
この先に待つ龍の城へと。
愛が重い男ではなく愛が深い男を選んでしまった話。
評価ブクマコメント等ありがとうございます!




