番外編 彼女から見た景色
前半リルリアーナ視点です。
婚姻云々の話をして以来、ジークはそばにいる時に私を離してくれなくなった。
膝に乗せて果物やお菓子を食べさせてくるのもしょっちゅうだし、部屋に連れ戻される時も大抵抱っこで移動させられる。夜寝る時も必ず抱きしめて離さない。
触ったら壊れるなんて言っていた頃が懐かしく思えるくらいだわ。
別にそれ自体が嫌なわけではないけれど、なんだか少し窮屈ではある。これはもしや信用されてないからかなと思い、自分なりに誠意のある言葉を言ってみた。
「あのねジーク。そんなに心配しなくても、もしも他に恋人が欲しくなったら事前にちゃんと言うし、ジークが嫌がる相手なら諦めるわ。だからそん…」
「リル」
え、あれ?なんかジークの目が笑ってないわ。
「君がもしそんなことを言い出したら俺は帝国中の男を殺してしまうかもしれない」
「殺っ…!?なんで??あのね、そうじゃなくて、ジークが1番だから心配しないでって話を…」
なんなの!?この物騒な発想は!
「1番は嬉しいよリル。でも2番も3番も必要ないんだ。俺にも君にも」
「私そんなに束縛しないわよ??ちゃんと言ってくれれば大丈夫よ」
ジークの愛を1人で受け止めなければいけないなんて正直重たい。誰かと分け合えるならその方がいいんだけど…。なんて考えを読まれたのかは分からないけど、すぐに釘をさされる。
「番を誰かに分け与えるなんてあり得ない。君は俺だけのものだし俺も君だけのものだ」
「え…いらな…」
「もっと俺に執着してくれ!」
うーん、困ったわ。なんで龍族の人たちってやたらこだわりが強いのかしら。どうしてそんな要求をするのか全くわからないわ。1人だけを愛するとか言われても意味がわからないし。好きなものはたくさんあるほうがいいはずなのに。
俺はこれから先ずっとコッペパンだけ食べて生きるぜ!とか言っているようなものかしら?別にそんなこと宣言されてもなぁ。
まぁ実際私は今のところ他に恋人が必要なわけではない。ジーク1人で手一杯だし。ジークも今は私1人に執着しているみたいだわ。でも先のことなんて分からないし、まだまだ何年何十年と生きると考えると感情についての約束なんて無理な気がするんだけどなぁ。気が変わってしまったら破られてしまう愛の誓いなんて不誠実だわ。それより気持ちが変わったらどうするかを決めておいた方がいいと思うんだけどなぁ。例えばそれでも1番に大事にするっていう約束ならできるのに。一体何が不満なのかしら?あ、もしかして好きってこと自体を疑われてるのかしら。
「ねぇジーク、私ジークが好きよ?面倒くさいしやたらと束縛してくるけど、なんか必死で可哀想で放っておけないと言うか…」
「めんっ…」
「私がいないと死んじゃうとか言うなんて、グッピーみたいに弱いし…」
「グッ…!?」
「色々と残念だなとは思うけど、可愛いとも思うわ!」
「…」
あら?頑張って褒めたのになんだかジークが無言になってしまったわ?うーん、めんど…いやいや、難しいわね。あれ、それより…。
「ジーク、お部屋に帰るんじゃないの?」
私を勝手に抱っこした状態のまま歩いていたジーク。その足が話の途中でいつの間にか止まってしまっていた。どうしたのかしら?なんか周りでお辞儀してる人たちもものすごい顔をして固まってしまっているわ。みんな汗もすごいし。龍族は暑がりなのかしら?その割にみんなかっちりした服着てるのよね。不思議だわ。
「…リル、格好いいとはなんだ?」
「え?それは顔が良いとか頭が良いとかじゃないの?強いのが好きって人もいるのかしら」
人それぞれだものね。本で読んで色々学んだわ!
「一般論じゃない。君の、君だけの意見が聞きたい」
「私?んーと…、優しくて、大人で、話を聞いてくれて、自由にさせてくれて、嘘をつかない…かな?」
ドサッ…!
え。なに??なんか周りで何人か倒れたわ??
「え、あの…ジーク?何がおきたの??」
「…リル、いやに具体性を感じたが気のせいか?その条件に俺は当てはまるのか?」
え、ジークが?そうねぇ…。少し考えてみたけど…。
優しい…うん、基本は優しい気もするけど、結構圧迫感あるし優しいはなんか違うわ。
大人…うーん、なんだかんだおもちゃを取られたくない子供みたいよね。うん、違う。
話はちゃんと聞かないし、自由にさせてくれないし、結構嘘もつくわね。うん、これは決まりね。
「全く当てはまらないわね!」
「君は本当に俺のことが好きなのか!?」
えぇー!ちゃんと考えて正直に答えたのになんでまたショックを受けた顔をしてるのかしら。もう、面倒くさいわね。ここはしっかり褒めないと駄目なのね。そうね、良いところ…。
「えっ…と、ジークの顔は格好いいと思うわよ!体も好きよ!」
ゴンッ!
急にジークが壁に頭を打ちつけた。え?なんで?周りの人たちもなんか変だし、龍族にだけ効く毒ガスか何か撒かれたのかしら??
「ジ、ジーク?大丈夫?」
「…大丈夫だ」
大丈夫って言うなら大丈夫なのね。良かったわ!
――
しばらく後。
リルリアーナと昼食を食べ、そのまま少し愛でた後執務室に龍帝は戻ってきた。そして気になっていたことを側近に質問する。
「…俺はすぐ死にそうなくらい弱くて可哀想なのか?」
「…いいえ、陛下に対して一度もそのように思ったことはございません」
すぐ人を殺しそうなくらい強くて恐怖はしているが。答えた側近や侍従たちはみな思ったが言わない。
「それから、先日陛下からご依頼された花の妖精族についての文献や聞き取り調査を纏めたものがこちらです。折に触れ、侍女からそれとなく妃殿下ご自身にも文化などについて質問させていただきました」
「ふむ…」
側近が差し出してきた書類を受け取り龍帝は目を通す。
「妖精族は基本的に執着心が薄いようで、物や人にあまり固執しません。食事も好き嫌いはあまりなくなんでも食べますが、無ければ無いで花の蜜だけでも気にしない者がほとんどの様です」
「夫や恋人を分け合うのも抵抗がない…か。龍族とは対極だな」
龍帝はそこまでではないが、龍族は食にはこだわるし宝物はしっかり仕舞い込む。番を分け合うなんて発想は誰も夢にも思わないだろう。リルリアーナの感覚がどこかずれているのは城で世間知らずに育てたからだと龍帝たちは思っていたが、元々がかなりゆるふわな一族だったらしい。
思い返せば食べること自体は好きなようだが、特定の何かを偏って食べたがることは少ない。服もアクセサリーも何を贈っても反応が薄いなとは思っていた。かと言って贈られた物を身につけるのを嫌がるわけでも自分で選びたがるわけでもない。侍女たちに着せられるがままだったのはそもそも興味がなかったからか。そういえば最初に出会った時もごくシンプルな服を着ていたなと気づく。
「さらになんですが…」
報告書を持ってきたマードリックが信じられないと言う面持ちで報告を続ける。
「仲が悪くなると離婚、また他の者と再婚と言う制度もあるようです…」
「俺は捨てられる可能性もあるのか??」
それは一夫一妻制の部族にもある制度だが、番のみと婚姻する龍族からすればあり得ない制度だった。と言うか多数の夫を持てるのにわざわざ離婚するとか、どれだけ気ままな生き物なんだ花の妖精族。番に捨てられた龍は誰が拾ってくれるのか。
「もっと最初からリルの話をしっかり聞くべきだったな…」
出会ってからずっと、可愛らしさに気を取られ過ぎてちゃんと話を聞いていなかったことを彼は悔やむ。今更??とリルリアーナには言われそうだが、1年も10年も龍にとっては誤差なのだ。
「優しくて大人で話を聞いてくれて自由にさせてくれて嘘をつかない…か」
その後に髪は銀髪で…と続きそうな気配を感じたが気のせいだろう。執着心が薄いと言うのなら、一週間程度近くで過ごした獣のことなどとうに忘れているはずだ。そうに違いない。奴にだけ拘るなんてそんな特別はあり得ないだろう。
それよりリルの思う格好いいについて、だ。後半はそうでない自覚があるからともかくとして、リルリアーナにとって自分は優しくないし大人ではないらしい。なぜだ。と考え龍帝は頭を抱えた。
そうなると逆になぜ恋人になり番だということを了承したかのほうが謎に感じてきてしまう。
「まさか単に抵抗を諦めたのか…?」
龍が番を諦めることはあり得ない。ならば執着心の薄いという彼女の方が抵抗するのが面倒くさくなって折れてくれただけなのだろうか。恋人はほとぼりが覚めた頃に他にも作ればいいやくらいの感覚で。いやいや、そんなばかな。いやしかし…。
龍帝は逡巡に逡巡を重ね、ここはやはり贈り物をすべきだろう!と実に龍らしい発想に至った。
物に固執はしないが植物は好きだ。ならば彼女が見たことないような珍しい花などをあげれば喜ぶはずだ。
それにはこの前処分した灰蛇から聞いておいた良い情報がある。そう考えて龍帝は席を立った。
「マードリック、少々席を外す」
「は、どちらに…?」
「花を摘みに行ってくる」
「あ、はい」
なんだトイレかと思ったのも束の間。なぜかドアではなく龍帝陛下はダイナミックに窓から飛び去って行ったのだ。
「え…なんで外へ??」
わけがわからない側近が、その勘違いを理解したのは龍帝が言葉通りに謎の輝きを放つ花を摘んで帰ってきたその日の夜だった。
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