番外編 妖精族の当たり前
ようやく恋人同士となった2人だが、特にリルリアーナの生活が変わることはない。そもそも番をあまり外に出したがらない龍族の習性がある。そもそも社交なども特になく、王の妃とはいえ特にすることはないのだった。強いて言えばいつか次代を産むことを期待はされているが、ヘタレな…いや、段階を踏みたがる龍帝陛下は今だにキスしかしていない。
なのでその夜もぼんやり本を読んでいたのだが…。
「そういえば、魔道具を使ってた人ってどうなったの?」
リルリアーナの質問に、龍帝の私室が静まりかえった。
「リ…ル、急にどうしたんだ?」
「んー、本読んでたらふと思い出して。ジークは始末とか処分したとかって言ってたけど、あれ以来見てないなぁって」
始末は始末だし、処分は処分だ。しかしそんな表現すら伝わらないくらい血生臭いことを嫌う妖精に、頭潰して燃やして灰になったので、風で飛んでったよーなんて今更いえない。
「この本だと恋に敗れたライバルは修道院ってところに入れられたみたいだけど、この国にはそういうのなさそうだし…」
「…その、だな。つまり…」
何やらもだもだと言いにくそうにしているジークの様子に、リルリアーナはぴん!と来た。
「…もしかしてまだどこかの部屋に囲ってるの?」
「そんなわけないだろう!?」
愛しい番からのまさかの疑いに全力で否定するジーク。
「だって…ジークは王様だし…わ」
「リル、王であろうと妻は1人だ。龍は番以外愛さない」
ジークはソファに座っているリルリアーナからスッと本を取り上げると、近くにいた侍女に渡す。こんな物は燃やしておけと、彼女にバレないよう睨みつけながら。
「でもジークは独身でしょ?番とは別に恋人くらい他にも作るのかなって」
「「???」」
リルリアーナの発言に龍帝も部屋にいた侍女たちも、全員理解できずに変な顔で固まった。
「…すまない。愛しい君の言うことが全く理解できないようだ。まず、俺は独身なのか?」
「え?違うの??」
さささっ!と急にソファの端へと距離を取り出すリルリアーナ。まるで不倫男のような扱いだ。
「君は俺の恋人になり、番だと認めただろう??」
「え、うん。恋人…だわ。番はよく分からないけど、そうなんでしょ?ジークがそう言うなら、うん」
「うん?」
「え?」
完全に話が噛み合っていない様子の2人だったが、侍女たちも訳が分からない様子だ。互いに顔をキョロキョロと見合わせあっている。
「え、サン姉…、ジークは何言ってるの??」
「…いえ、私もリル様の仰ることの方が分からないです」
「なんでぇ??」
リルリアーナは困った様子で侍女のサンディに助けを求めたが、彼女も珍しく全く分からないという顔だ。
しかしここまで根本的に話が食い違っているようなら、おそらく…。
「…陛下、妃殿下への質問よろしいでしょうか」
「ああ…許す」
サンディが挙手をして龍帝に許可をもらう。プライベートな空間で2人の会話に口を挟むような発言は許されないが、今この瞬間はむしろ通訳が欲しい。
「リル様、妖精族の婚姻制度はどのようなものなのですか?」
「え、婚姻…?えっと…みんなで話し合って、長老様が認めてくれたら、夫婦になるわ」
「みんな?」
サンディの質問にリルリアーナは故郷を思い出すようにしながら答えた。しかし、みんなとは?
「え?みんなはみんなよ?初めての結婚なら2人かもだけど、そうじゃないなら他の奥さんとか恋人にちゃんと許可とらないと」
「他の奥さん??」
当然の話をするようにリルリアーナは答える。しかしその言葉を龍帝が完全に理解できないという顔で、おうむ返しした。
「リル様、…もしかして妖精族は妻や夫は1人ではないのですか?」
「え、うん。それはそうよ」
なんで当たり前のこと聞くんだろ?と首を傾げながら答えるリルリアーナ。さらにサンディは尋ねる。
「…身体を許すのも1人ではない、と」
「ちゃんとみんなの了承は必要よ?そうじゃないのは誠実じゃないし浮気だから駄目だわ!」
ふんす!と力説するリルリアーナだが、倫理観がおかしい。彼女の夫気取りだった龍の王は言葉を失って固まっている。そんな婚姻制度はあってないようなものじゃないか?
「ではもし陛下が事前に相談したら他の女性との関係も許せると?」
「ちゃんと話し合って納得できたなら…まぁ。嘘ついたり隠したりは許せないけど。愛がいっぱいなのはいいことだと教わってるもの」
根本的に考え方が違いすぎる。追放された時彼女が怒っていたのは黙って浮気したと思われたからであって、話し合いさえすれば良かったと??監禁云々の件はまた別として。
思い返せば確かにそんなことを言っていた気はする。まさかそれが強がりではなく本気だったとは。これはなんだかんだで一夫一妻制の狼もビックリの文化だろう。
「ちなみに子供ができた場合はどうするんです?夫が複数の場合とかでは誰の子か分からないこともありますよね?それに跡継ぎとかそういうのは…」
「子供は家族みんなで育てるでしょ?跡を継がなきゃいけないものとか特にないし…。長老様が亡くなったらその次に長生きしてる人が継ぐくらいかなぁ。あ、各部族ごとにそういうのが違うのは知ってるわよ?」
ゆるっ!あらゆる意味でゆるすぎるだろう妖精族に、お堅い龍族たちは戦慄した。基本的に森の中で生きていて他と交流もしないため、常識が他部族と掛け離れているようだ。しかも城の中に閉じ込めていたせいで、普通の龍族の夫婦というものも彼女はほぼ見たことがないのだった。
妖精族の森に行った時、リルリアーナの家族がやたら多いなとは龍帝は思っていた。長寿だし敵もいなければそんなものかなと流したが。もしやあの中に父や母が複数いたのかもしれない。そういえばいつもお母さん“たち”と言っていた気がする。姉や祖母なども含めた言い方なのかと思って気にしていなかったが。実際に母が複数いるという表現だったのか。妖精たちは皆見た目年齢が変わらないため、見ても分からない。
しかしサンディはこれでやっと腑に落ちた。最初から女の子みんな大好きと公言していたらしい狼が良くて、番1人しか愛さないと言っていた陛下が全く信用されなかった理由が。
「…リル様にとって誠実な恋人とは?」
「え、嘘つかないで話を聞いてくれて大事にしてくれるひと、かな?」
別に一途である必要性はなかったらしい。しかしこれは今更ながら龍族との相性は…。
「リル、龍は番以外を愛さない」
「え、うん。さっきも聞いたわ?」
ようやく絶句状態から戻ったらしい龍帝が口を開いた。リルリアーナの衝撃の発言に表情は硬いままだが。
「互いに番と認めると言うことはすでに婚姻と同義だ」
「え、そうなの??」
龍帝の言葉に驚いたリルリアーナが侍女たちを見るも、全員が頷いている。
「えーと、じゃあ恋人を作る時はちゃんと言ってね?愛がなくても必要な人はいるかもだから」
「俺は!君以外は恋人も持たない!」
己がすでに正式な王の妃だと言われたのにあまり気にせず、ゆるっとした感じで恋人の申告を求めるリルリアーナ。そんな彼女に王は龍族の常識を叫んだが響かない。価値観の違いってすごい。
「えっと、妖精族にもそういう人はいるわ。私もお父さんはまだ1人だったし。あ、でも増えてたかな?おじいちゃんは20人以上かな。まぁ人それぞれでいいと思うわ。嘘でさえなければ」
「お父さんは増えない!」
基本ゆるめなのに、とにかく嘘はダメらしい。
「君にも、俺以外の夫や恋人を許すつもりはない!」
「あ、うん。それはそうだろうなとは思ってるわ。だって異常に嫉妬深いもの」
よかった。そこは分かってくれていて本当に良かった。そうじゃなければ今日のうちにでも城中の男と言う男が皆殺しにされていたかもしれない。周りで聞いている侍女たちも安堵した。しかし異常て。妖精族の感覚からしたら龍族は偏愛的な異常者の国とでも思われているのだろうか。
「でも、もし気が変わったらちゃんと言ってね?前も言ったけどまた追放されるなら準備もしたいし」
「気が変わることなどあり得ない!」
いまだに番というものを良く理解し切っていない彼女は、交代ができる制度とでも思っているのかもしれない。番=結婚についてもずいぶん軽めに受け取ったのではなかろうか。しかもまさかとは思うがこの期に及んでさえ追放と解放を同義に捉えている様子すらある。
「君にはいまだに俺の愛が伝わっていないらしい」
「わ、何??」
ひょいと片手でリルリアーナを持ち上げて、もう片方の手で彼女に気づかれないようにさりげなく侍女たちに退出の合図を送る。そのまま彼女を優しくベッドへと下ろしてキスをすると、ここでようやく顔を赤くした。さすがにこれから何をされるかは理解したらしい。
「…ん、…ジーク?なんで?どうしたの急に?」
「急じゃない。ずっとこうしたいと思っていたと伝えただろう。…嫌か?」
驚いた顔で見つめてくる目を、そのまま見つめ返しながら尋ねるとリルリアーナは恥ずかしそうに手で半分顔を隠しながら答えた。
「…嫌じゃない、って、私も伝えた、はずだわ」
その日、気ままな妖精は龍の愛が重くて執拗なことを散々思い知らされたのであった。
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