花の妖精と銀の狼
「銀狼…?」
銀狼族の長と言われても、そもそも銀狼という言葉すら分からないリルアーナは首を傾げた。
「え、銀狼知らないんですか?獣人の種族の一つ。結構有名かと思ったんですが…」
「ゼフ、お前の自意識過剰だったな。ははは!」
その反応にややショックを受けるゼフに、それを笑い飛ばすカイゼル。反応は様々。リルリアーナは銀狼‥あ、だからオオカミ?とぶつぶつ考えている。
リルリアーナが生まれたのは森の奥深く。その後は龍帝の城にずっと囲われていた。つまりかなりの世間知らずなのだ。しかしそれを伝えるべきか悩んでいると朗らかに笑っていたカイゼルがはっとした。
「はっ!まさか記憶喪失とか!?この街にくるまでの記憶がない??」
なぜか斜め向こうに解釈されそうなので、かいつまんで事情を話すことにした。
「いえ、記憶はあります!ただその…もともと閉鎖的なところで暮らしていたので、外のことよく知らないんです」
主にいたのは城内の一室。それとそこから続く専用の中庭。城の外には出れなかったし、会えたのも限られた者数名。それも女性ばかりだった。
「実は良いところのお嬢さんだったり?しまった、親御さんになんて言おうかなぁ〜…」
うーんと真面目なんだか不真面目なんだかわからない
カイゼルが頭を悩ませているのが少し気の毒になり、リルリアーナはさらにぽつりぽつりと喋り出す。
「えっと、親に連絡はいらないです。今までいたのは男の人のところで、ずっと閉じ込められていたというか…」
「ちょ!それ犯罪!!」
「通報します!!いや族長ここか!」
カイゼルとゼフが急に変わりだした雲行きにガタンと立ち上がる。そんな2人にリルリアーナはあわあわと両手を振りつつ話を続ける。
「いえ、じゃなくて、その!私大っきい鳥に攫われて!そこをその人に助けて貰って!なんか運命とか言われて!でもでも私はそうじゃないって思ってて!でもずっと世話にはなってて、でもそこに他の女の人が現れたらやっぱり運命じゃなかったって捨てられて!そうだよねー!って思ってこの街に来たらあなたに会って!お酒美味しい楽しー!って思ってたら今ここです!」
でもでもだらけの説明でよく分からないが、一生懸命なのはわかる。カイゼルはうーん?と考えながら次の言葉を紡いだ。
「つまり、誘拐犯からさらに誘拐されたのかな?要は君の可愛さに目が眩んだ男に囲われたけど、心変わりされて追い出されってことかな?」
「そうです!気持ちの悪い男でした!」
確かに可愛らしい見た目だ。運良く拾ったら自分のものにしたくなるのもまぁやり方は良くないがあり得る。とカイゼルは一応納得する。しかし、そこである疑問が起きる。
「でもその…君、初めて、だったんだよね?」
そう。そこである。うっすらと残る記憶や、事後の状況証拠がそれを証明していた。カイゼルの言葉に赤くなりながらもリルリアーナは答えた。
「その…私が拾われたのは7年前で。まだ子供だったから、そういうのは成人してからって言ってたというか…」
「7年!?忍耐すごいなその男!」
自分にはとてもできない芸当に驚きを隠せないカイゼルに、本当に見た目も子供だったし…と言うリルリアーナ。そこにふと、ここまで黙って話を聞いていたゼフが手を挙げる。
「あの、もしかしてなんですが、貴女は花の妖精族ではありませんか?」
「え、あの、どうしてそれを…。あ、昨日酔って言ってた気もする…」
すでに簡単に自白しているようなものの、ゼフは更に自前の推理を続けた。ちなみに酔って言っていたとてカイゼルの記憶にはない。
「花の妖精族は成人を迎えると同時に大人の姿になると聞いたことがあります。その男が我慢できたのはその特徴によるものかな…と」
「はい…。多分そうです。成人したのは捨てられた
後、ちょうどカイゼルさんに会った昨夜でした」
子供の見た目からある日一気に花開く一族。そしてリルリアーナはあらゆる意味で大人へとなったのだ。
「花の妖精さんだったのかー。道理で可憐で美しいわけだ!」
すかさずリルリアーナの両手を握り、軽口を叩くカイゼル。
「あの、できるだけ内緒にしてもらえますか?私たち、悪い人に狙われやすいし、それに無いとは思うけど、万が一あの変態男がきたら怖いっていうか…」
これは本当。色々と理由はあるが、花の妖精族は狙われやすい。しかし見た目が特徴的なので、大柄な獣人族の中では目立ってしまいそうだが。
「ちなみに今後どこへ行くつもりだったんですか?貴女1人でどこかに行くあてが?故郷に帰れるんですか?」
ふと疑問に思いゼフが質問をした。捨てられたとはいえ、元々自分の意思でいたわけではないという。ならば自由になったなら?と。
「えっと、故郷はもう分からないし今更戻る気はないんです。捨てられる時にサン姉…知り合いがいくらかもたせてくれてたお金があるのと、身につけてたアクセサリーを売ってせっかくだから旅をしようかなぁと…」
「いや危ないよ」
「死ぬ気ですか」
ふわふわとした雰囲気で答えるリルリアーナに2人は即答した。
「えぇぇっ!?」
本人はなんで?という顔をしていたが出会って数時間の2人でもわかる。これは無理だ。
「そんなことしたら悪い人に攫われちゃうよ?」
「現にこの軟派男に攫われてますしね」
本気で心配するカイゼルに吐き捨てるように言うゼフ。ぐさりと刺さる言葉だ。まぁ間違いではないので否定はできず、カイゼルは、ぐっ!とうめくしかなかった。
「あのっ、カイゼルさんは悪い人ではないと思いますよ?攫ったんじゃなくて拾ってくれたんです!」
「ありがとう。ん〜、でもお兄さんはそういうところが心配かなー」
落ち込むカイゼルにフォローをいれてくれるも、それはそれで不安なのも確か。複雑な気持ちだ。
「行くあてがないなら俺のとこにいなよ。色々と責任もとるし、君1人くらい余裕で面倒見るよ」
「ちょ、そんな安請け合いを…!」
ともすればプロポーズにも聞こえるその言葉に、ゼフは慌てた。まだ身元がはっきりしているわけではない、怪しい女ではあるのだから当たり前だ。
それなのに、俺のそばにいれば君に笑顔を約束するよ!と明らかに軽い感じでいうカイゼルにリルリアーナはなんだか笑みが溢れた。
「ふふっ…ありがとうございます。でもただで面倒を見て貰うわけにはいかないので、行くあてができるまで何かお仕事をもらえませんか?」
「え。俺これ振られた?」
笑顔ですっぱりとリルリアーナに言われ、思わずゼフを見た。ゼフは無言でこくこくと頷いている。
とにはかくにもこうして龍に捨てられた少女は、狼に拾われて生活することになったのである。