番外編 人攫い
油断していた。新年祭が終わるまで部屋の外には出れないようにしたはずだったのに。朝送り出してくれた時に妙ににこやかだったのを変に思うべきだった。久々に見せた愛らしい笑顔につい胸がいっぱいになってしまった。
本人は祭りと言う響きにやたら反応して行きたがっていたが、各部族の族長が集まる新年祭に可愛いリルを連れていくなどとんでもない。あそこにはあの不快な犬コロもいるはずだ。領地の遠い者は前日から帝都に来ていることも多いため、念の為この3日間部屋の外に出ることを禁じていた。
それが裏目にでたようだ。不満を溜め込んだ彼女は、よりによって新年祭の真っ最中に逃げ出してしまった。側近からその話を聞いたときは真っ先に犬コロを疑った。まさかまた服の中に隠しているのではと思ったが、予想に反してそこに彼女の姿はなかった。
ならついでに狼の毛皮でも剥いでいこうかとも思ったが、今はそれどころではないしリルにバレたら困るからやめておいた。
こんなことなら側近たちのいうように、彼女が龍帝の番であることを他部族にも広く知らしめておいたほうが良かったのだろうか。しかし愛らしくも美しいリルを、番を持たぬ獣どもに見せるのも我慢ならなかった。それに彼女自身がそれを望んでいない。あれから彼女の中ではいまだ友達止まりなのだ。龍族同士の場合、番を見つける=結婚なので、どう距離を詰めれば良いのか分からないままだった。ここで手を間違えると、彼女の心は手に入らない。番を見つけるまで700数年。見つけてからも8年近くも待ったのだ。ここまで来たら詰めを誤るわけにはいかない。
が、そんな悠長にしていた結果がこれである。やはり本人を多少怒らせてでもはっきりとした手を打つべきだったか…。
などと龍帝が悶々と考えながら探すも、肝心のリルリアーナは見つからない。部屋はもぬけのから。しかし城の外に出た様子はない。
幸い加護は発動していないため危険な目にはあってはいないはずだが、世間知らずな彼女は騙されて誘拐されてしまうかもしれない。
(せめて彼女自身が俺を呼んでくれれば居場所が感知できるのに…!)
それはあり得ないだろうなと思いつつ、心のどこかで願ってしまってもいた。
――
リルリアーナは困っていた。3日間の監禁生活に嫌気がさして、ちょっと新年祭とやらを見てみようと思っただけなのに…。
そもそも広い城の中で会場がどこかもわからないし、むしろ城中が自分を探し回って騒ぎになっている。これでは新年祭どころではない。早めに名乗り出ようか、しかし引っ込みがつかない…などとリルリアーナが考えていると…。
「おや珍しい。妖精族だ」
「ひ!?」
棚の下に隠れていたリルリアーナに何者かが気づき話しかけた。なんで一目で妖精族ってばれた??誰だかしらないが髭の生えた男の睨めつけるような視線も気持ち悪い。
「これはこれは新年早々ついてる。子供じゃないのが残念だな。族長連中の連れてきた付き人や恋人か?生娘の方が高く売れるんだが…」
「わ、私子供じゃないし生娘でもないわ!だから売れないわよ!」
いきなりのピンチに動揺するリルリアーナ。これはもしかしてジークがよく言っていた人攫いってやつなのでは??でも生娘じゃないなら売れないかも?ありがとうカイゼルさん!
「まぁそれでも高値はつくだろう。丁度そろそろ100年花も咲く頃だ、セット売りできる。それに最悪妖精なら目玉だけでも商品になるしな」
目玉!?何を物騒なことを言ってるのだこの男は??え?臓器売買とかそういうの?抉られちゃうの??
「ほらおいで。できるだけ高い値を叩き出してやろう」
「ひ、ひぃぃぃ!」
バタバタバタバタ!
リルリアーナの声に気づいた龍の騎士たち数名が部屋に駆け込んでくる。
「いたぞ!ここだ!」
「お前!?灰蛇族の…!?いつの間に会場を出たんだ!?」
「おい!その手を触れるなよ!また城が燃やされるぞ!!」
慌ててリルリアーナを引っ張り出そうとしていた男を騎士たちが引き剥がす。リルリアーナ自身には絶対に触れないように注意しながら。
「い、いえ誤解ですよ?私はお手洗いに来ただけで、その帰りにちょっと迷子を見つけたので大丈夫かなぁ、と…」
「嘘よ!その人私を売るって言ってたわ…!うぅ〜、ジークーぅ…!」
「あ」
ほろほろと泣き出し、龍帝の名を呼ぶリルリアーナ。その瞬間彼女の髪についていた飾りが黒く光った。騎士たちはたちまち来るであろう恐怖に備えた。誤解も何も、許可なく龍帝の番に話しかけ尚且つ泣かせたことがすでに救いようのない重罪だと言うのに。人攫いの男はそれも分からず押さえつけられながら言い訳をつづけている。
「そもそも隠れていたこの子は何か悪さでもしたのでは?なぜこんなところにいたのか…」
「俺の番が城のどこにいようが貴様には関係ない」
凍りつくような重低音。怒りの龍帝の到着である。
あ、こいつ今から死ぬなと人攫いの汚い血飛沫に覚悟して身構えた騎士たちだったが…。
「ジーク!!」
「え」
ぎゅっ!
勢いよく駆け寄ってきてその身体ににひっしと抱きつくリルリアーナ。小柄な彼女に全力で飛びつかれたとて彼の体幹は微動だにしないが、その珍しい行動に思わず龍帝の怒りは吹き飛び体は固まった。
「り、リル…?」
「うぅ〜、ごめんなさい!人攫いがいるって本当だったわ〜!」
己に抱きついたままえんえんと泣くリルリアーナに、抱きしめ返していいのかしかしそんな事をしたら華奢な彼女を潰してしまわないかと龍帝はオロオロする。
そして騎士たちもどうすればいいのか分からず指示を待ち、人攫いも拘束されたまま何がなんだか分からず皆固まっている。混沌の中ひとしきり泣いた後にリルリアーナは呟く。
「…勝手に部屋をでてごめんなさい。もう戻るわ」
しょんぼりしたその姿にキュン!とする龍帝。リルリアーナ本人が抱きついてなければ床に転がって身悶えしているところだ。彼としてはもうずっと100年でも1000年でもこのまま抱きつかれていたかったが、早く部屋に連れ帰りたいのも確かだ。
「可哀想に…怖い思いをしたんだな。もう大丈夫だ。部屋まで送ろう」
「ありがとう…、手、繋いでいい?」
「ぐっ…!ももも勿論だとも…!」
色々とキャパオーバーになりながら、あれ?これ進展したんじゃないか?今年こそ勝負の年では?と考えながら握られた手を出来る限り優しく包む龍帝。あぁ愛しいリル!なんて華奢な手だ!
「…そいつは拘束して牢へ入れておけ。いい仕事をした。いや、違う。…あー、騎士たち。立派に任務を果たしたお前たちには後で褒賞を出す」
「は!」
混乱して一瞬人攫い相手に本音がでてきた龍帝だったが、褒賞という言葉の方に騎士たちはいろめき立つ。やった!新年早々ついてる!と互いにアイコンタクトをする。
「じゃあ行こうか、リル」
「うん…」
よほど怖かったのか、リルリアーナはそのまま素直に歩き出しながら腕にそっと擦り寄ってくる。
か、カワワワワワワ!
先程までの焦燥も怒りも全て吹き飛び、新年イチのラッキードラゴンは完全に語彙の死んだ色ボケと化していた。
そして彼女を送り届けたのち新年祭の会場に戻ってきたどえらいご機嫌な龍帝陛下の顔を見て、この数十分でいったい何があったんだ…?と各族長たちは新年大喜利のお題をもらった気分だった。
気分上々な龍は、会場にいた何故か半裸でくたびれた狼にはもう目もくれなかったという。
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