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番外編 追放の準備

リルリアーナは最近城の書庫によく行くようになった。それは特に問題はない。危ないところでもないし静かに本を読んで過ごしているだけだからだ。

しかし何故か読んでいるのは…。


「サバイバルの本?」

「はい。それと獣人たちの各領地についての本です。随分と熱心にご覧になられていました」


龍帝の執務室。そこでリルリアーナについての定期報告をサンディは行っている。そして昨日今日と書庫で読んでいた蔵書についての報告をした。今までの彼女が興味を持ちそうになかった本だ。その二つを合わせると、ある考えがどうしても出てきてしまう。


「まさか俺から逃亡しようとしている…?」

「…可能性はゼロではないかと」


本を読んだだけでサバイバルができるとは到底思えないが、最近彼女は無謀ともいえる行動力を見せることがある。


「マードリック、城と帝都の警備を強化する。騎士団長をよべ」

「か、かしこまりました!」


龍帝の圧に怯みながら側近は素直に従った。


――


「読んでる本?」

「えぇ。最近植物図鑑とか物語とかではなく変わった本を読まれているなと。逃げるつもりなんですか?」


龍帝から本人にそれとなく探るよう言われたサンディは直球で聞いてみた。後ろにいた護衛は直球さに吹いていたが、リルリアーナは嘘を嫌う。ならはっきり聞けば素直に答える可能性は高いのだ。


「逃げる?何から?」


リルリアーナはキョトンとして小首を傾げる。あ、これそんな気はないやつだ。


「陛下からです」

「ジークから?今はそんな気はないわよ。窓まで塞ぐって言い出した時はともかく、今は約束を守ってくれてるもの」

「ではなぜサバイバルや各領地の本を?」


ちょっと前はあったのか…と思いつつ、今も読んでいるその本を指差しながらサンディは尋ねる。するとリルリアーナはさらっと答えた。


「前回はいきなりで困ったから、次は準備しておこうと思って」

「前回?次?」

「ええ。追放される準備よ。あらかじめしておいたら安心でしょ?」


事もなげにさらりと答えるリルリアーナ。まるで防災対策のように言う言葉にサンディは動揺する。


「次はないかと思いますよ…」

「サン姉、永遠はないのよ?いつかは飽きて捨てる気になるかもしれないでしょ?」


いまだ番というものを理解していないリルリアーナは運命も永遠も信じていないのだ。番を飽きて捨てるなど通常はあり得ない。しかし魔道具のせいとはいえ一度追放してしまっているため、彼女からの信頼がないのも確かだ。


「暖かいところに咲く花も興味あるわ。海辺の木も。海ってどんな匂いなんだろう…。この果物も美味しそう…」


しかも熱心に本を読む彼女からは、龍帝の心変わりを前向きに捉えている節すら感じられる。


「花や果物なら陛下にお願いすればすぐですよ。何度も言いますが龍は番に贈り物をするのが習性です。陛下はいつだってリル様のおねだり待ちをしてるんですから」


リルリアーナは普段めったに物をねだらない。贈り物をしてもあまり反応も良くないため、龍帝はいつも彼女の欲しいものが知りたくてうずうずしていた。


「うーん…それはちがうのよ。欲しいわけじゃないの。それにジークに言ったら城の中にジャングルや浜辺を作られそうで…」


正直やりかねない。金も力も有り余らせた加減を知らぬ男である。サンディはリルリアーナの言葉に否定をできず頭を抱えた。


「まぁすぐにとは思ってないわ。今はあんなに執着してうるさいんだもん。…あ」


ペラペラとめくっていた手が、銀狼族のページで止まる。しん…と沈黙が起きる。


「…」

「…な、何よサン姉?」

「いえ、別に何もございませんが」

「そ、そう?そうよね…」


不自然な態度はリルリアーナの方だ。何やら慌てて再びページをめくり出し、やたらと喋り出す。


「こ、こうして見ると色んな種族がいるのね、全然知らなかったわ。へー、大型な獣人ばかりじゃないのね。蛇さんとかうさぎさんもいるのね。あ、ほら見てみて、羊さんとかすごい可愛いしモコモコで気持ちよさそう!触りたいわぁ」

「君が望むのなら生皮を剥いでもってこよう」

「うわ!」


またいつの間にか現れた龍帝にびっくりするリルリアーナ。いつから聞いていたのか、羊の危機である。


「やめてよジーク!皮はいらないわよ!」

「君はこういうのが好きなのか?」

「そうじゃないわよ。どんなかなって話してるだけでしょ!もう!ジークは書庫に何しにきたのよ?」

「君に会いに来たに決まってるだろう。愛しいリル」


逃げられないように追い詰めに来たのだろうと思いながら、サンディは頭を下げて一歩下がる。


「リル、獣どもの領地に興味があるのか?」

「獣って…もう!次捨てられたらどこに行こうかなって考えてただけよ」

「捨て…?」

「あ、でも前回場所は選ばせて貰えなかったのよね。次はできれば選ばせてね?」


龍帝は愛しい番の言うことが瞬時には理解できずに固まる。そして続く言葉に戦慄した。


「あと誰だったのか知らないけど雑に掴むのも痛いからやめて欲しいわ。落ちたらどうしようかと思ったし。あ、でもあれで逆に高いところがあまり怖くなくなったのよ。子供の時のトラウマが払拭されて、なんか平気かもーって…あれ、ジーク?」

「…全面的に君に謝罪する…許してくれ」


何故かぷるぷる震えながら膝をついて頭を下げ出すジークにリルリアーナはきょとんとする。


「え?何急に?追放されたことは怒ってないってば!次回への要望を言ってるだけよ?」

「次回はない!」


そんなお客様の声はいらない。


「リル、俺は二度と大事な君を奪わせはしない。君を逃がすこともしない」


龍帝は立ち上がりリルリアーナの座る椅子の背もたれと、目の前のテーブルに手をかけ迫る。


「何か欲しいものはないか?何でもいい。君になんでも捧げよう」

「えー…じゃあ読書時間がほしいから邪魔しないで欲しいかしら」

「君は!ほんとに!」


塩対応すぎる番に愕然としながら、実際にまた本を読み始めてしまったリルリアーナの横に座る。可愛い番を観察するのもそれはそれで悪くない。龍帝はそう思い、大人しく見つめることにした。どうやら黙って見ている分には怒られないらしい。

彼女の視線が止まるのはやはり植物の項目のようだ。花でも果実でも、興味津々に見ている。贈るとしたらやはりこの辺りか。やりすぎたら怒られるので加減が難しいが。

…と、静かに見ていたらリルリアーナが眠くなってきたようで、うつらうつらとしてきた。彼はそれもまた可愛いなぁと思ってみていたが…。


ぽすっ…!


眠ってしまってバランスを崩したリルリアーナの頭が龍帝の腕にもたれる。


「!」


龍帝は硬直するも、周りの護衛たちは気にしていない。そもそも番だし、普段から同じベッドで寝ているだろうことは皆知っている。まさか普段から指一本握らない関係とは思っていない。サンディだけが分かってはいるが、しれっとした顔をしている。


「り、リル…」

「…ん、あ、はい、寝てませんよ…」


色々と耐えかねて思わず名を呼ぶ龍帝に、彼女は目を閉じたまま寝言で返す。そして…。


「ふふっ…大好きです…」


目を閉じて眠ったまま今日イチの笑顔である。と言うか彼に見せるのは今日初ではないか?そもそも基本ツンツンしている彼女は、今のような無防備な笑顔などかなり機嫌がいい時にしか見せてくれない。

そしてさらに。彼の記憶の中では大好きなどと言われた覚えはこの7年余り1度も、ない。


しん…となる室内。時計の音がやたらと響く。護衛の者も、たまたま書庫に居合わせた者も、サンディすら誰もが固まる。


皆知っている。先程までの会話で彼女が龍帝に敬語はおろか丁寧語すら使っていなかったことを。では今の寝言は…?

龍帝陛下は無言だ。それが余計に恐ろしい。と、ふとリルリアーナがぴくりと身動きをして居眠りから覚める。


「…ん?あ、いけない、寝ちゃった…」

「…そうだな、寝ていた。何の…夢を見ていた?」


怖い怖い怖い。周囲の者たちは龍帝の目が笑っていない笑顔に恐怖した。今すぐダッシュで解散したい。もちろん不敬なので耐えているが。


「夢…?なんだっけ…?忘れちゃった…」

「そうか、忘れる程度だな夢だからな。そのまま忘却の彼方に飛ばして未来永劫二度と思い出さないでくれ」

「な、何??ジーク、なんか変…」


ようやく様子のおかしい龍帝に気づき、リルリアーナは引いた。先ほどの幸せそうな寝顔とは大違いである。


「リル、君は…」

「もう、どうしたのよ?そんな泣きそうな顔しないでジーク。この本のせい?約束したんだから逃げないわよ。あなたが約束破ったり追放でもしたりしない限り」

「ならば永遠だ」

「えぇ、でも飽きたら教えてね」

「番に飽きるなどあり得ないと言っている!」


龍帝陛下はもちろん怖い。しかし執念とも言えよう陛下の愛を受け入れも受け止めもせずに、さらさらと受け流す妃殿下こそが実は一番怖いんじゃなかろうか。愛を解さない部族なのか?と、愛が重めな龍族たちは2人を見ながら皆恐れたのだった。


夢の中で彼女が向けた笑顔の先は、謎のままである。


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