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番外編 闘いの行方

愛しい番リルリアーナを城に連れ帰り、やっと一安心と龍帝は浮かれていた。だから気づかなかった。夜になり寝支度を済ませ、侍女たちが下がったその時まで…。


「同じ部屋だ…」


いや、もちろんそうさせたのは彼自身だ。元々今回の事件前もずっと同じ部屋で寝ていた。忌まわしい事件の際に部屋は一部燃やしてしまったが、以前と同じように再建させた。何百年も溜め込んできた金銀財宝は有り余っているし、龍族の職人は手慣れている。

番と同室で眠るのは龍族にとっての当たり前だ。寝ている間に奪われないようにするためである。しかし、愛する番が目の前にいて手を出さないのは無茶だ。

今までは何とか我慢できた。成人まで手は出すまいと決めていたし、リルリアーナも子供のような見た目だったのもあり、鉄のような自制心で堪えた。しかし…と思いながら龍帝はチラリと隣の愛しい番を見た。


「どうしたの?寝ないの?」


どう見ても子供じゃない!

成人して一気に育ったリルリアーナは、あどけなさを残してはいるが、すっかりけしからん身体になっていた。新しく用意させておいた寝衣姿も愛らしい。誰だ良い仕事をし過ぎた侍女は。


「んしょ…と」


こちらの気も知らず、リルリアーナは共に寝ることには何の疑問もないようにベッドに上がりのそのそと布団に潜っていく。習慣って怖い。可愛いが困る。

では今からでも別室にするか、せめてベッドでも分けるか?いや、そんなことできる訳がない。一度失いかけた番をまた誰かに奪われたらと思うことすら彼には耐えられない。彼の体は殆ど休息や睡眠を必要とはしないが、夜間眠るリルリアーナのそばにはいないと落ち着かない。


「ふわぁ…疲れたし、先に寝るわよ」


悶々とする龍帝をよそに、そのまま眠りにつこうとするリルリアーナ。


「り、リル…。その、俺たちの関係って…」

「ん〜…?友達でしょ…?おやすみ…」


半分眠りに落ちつつ問いに答えるリルリアーナ。疲れているのだろう、本当に眠そうだ。いろんなことがあったし無理もない。しかし龍帝はその言葉で釘を刺された気分だった。ようやく少しだけ、ほんの少しだけ得られた彼女の気持ちを、信頼を失う訳にはいかない。


「おやすみ…」


恐る恐るリルリアーナの隣に横になる。大丈夫。幸いベッドは広い。…次第にすやすやと彼女の寝息が聞こえてきた。その規則的な音に、ようやく番を取り戻したことを実感して安堵した。


(そうだ。あの喪失感を思えば、手の届く距離に彼女がいることがすでに何より贅沢なことだ。焦らず真摯に誠実に向き合えば愛情はきっと少しずつ得られるだろう。落ち着こう。時間など雄大にある。落ち着け。身体から先に得ようとしてはいけない。彼女が自分に恋をしていないことなど知っている。落ち着けるぞ俺は)


龍帝は恐るべき自制心で己を律した。


(…が、しかし、実際これは一体いつまで我慢すればいいのだろうか??)


オオカミたちに聞いたら全員が全員、何のために?と首を傾げそうなことを考えながら龍の王は本能と理性の闘いに耐え続けてみせたのだった。


――


次の日。龍帝の側近は不思議に思っていた。

ようやく愛しい妃殿下を取り戻した陛下はご機嫌よろしいはずだ。まぁしかし、朝は遅いだろうな。なんなら昼から仕事に来ても仕方ない、と。だがしかし…。


実際は朝早くに執務室に現れたかと思うと、無言で書類に向かっている。仕事は正確だし問題はないのだが、その表情からは感情が読めない。


「…マードリック」

「は、はい!」


なにか声をお掛けすべきか悩んでいたところ、陛下の方から側近の名を呼んだ。


「お前にも番がいたな?」

「は、はい。かれこれ300年ほど連れ添っております」


陛下が何を言おうとしているかその真意は分からないが、まずは事実を答えた。


「その…」

「はい。…?」


何かを言いかけたまま龍帝陛下は黙ってしまった。言い淀むなど珍しい。何だ?何か不都合なことでも起きたか?妃殿下のことだろうか?

早急に解決せねばと頭脳をめぐらせる側近だったが、全くわからない。情報が少なすぎるのだ。


「…一般的に…なんだが」


バタバタバタバタ!

廊下から慌ただしく走る音がした。


「なんだ騒々しい!」

「へ、陛下…!」


もう1人の側近が扉を開けて怒ると慌てた様子の兵が覚悟したように告げた。


「妃殿下がいなくなりました…!」

「嘘だろう!??」


執務室に龍帝の絶叫が響く。そんな嘘をつける度胸のあるものはここにはいないのだが。


「くそっ…!すぐに探せ!見つけても指一本触れるなよ!」

「へ、陛下?昨夜共に過ごされたのですよね?それまでならともかく、今ならすぐ妃殿下のご所在を感知されることが可能になられたのでは…?」


慌てる龍帝に側近、マードリックが告げる。

本来身も心も結ばれた番同士なら、龍族であれば鱗で呼ばれずとも居場所くらいわかるのだ。精度は心の距離には比例するが。今まで分からなかったのは子供には手を出せなかったからで、そして昨夜成人した妃殿下と一晩過ごしたのだからもちろん…?


「…感知、できない」

「???」


呻くように龍帝は呟く。が、一体何を言われたのか分からないという顔でマードリックは龍帝を見た。


「え、ですが昨晩…?」

「…共に過ごした、が、何もしていない…」


なんなら指一本ふれていない。そして執務室に気まずい沈黙が流れた。


「そ、れは…」

「…探しに行く!ついてくるな!」


何で?と聞こうとして言葉に詰まった側近をそのまま残し、龍帝は愛しい番を探しに気まずい部屋を飛び出した。


「…えぇ?」


あとに残された側近たちと、部屋にいた侍従たちは顔を見合わせて首を傾げることしか出来なかった。


――


「見つけたぞー!」

「いや、でも触るなよ!腕を切られるぞ!」

「囲め囲めー!!」


騒ぎながら次々に集まってくる騎士たちに戸惑うリルリアーナ。通せんぼはすれど、なぜか決して触れてはこない。冤罪を防ごうと両手を上にして道を塞ぐ様は、騎士というより変なチンピラのようだ。顔は物凄く必死だけれども。


「な、なんなの??」


ジークもだけど、龍族男性は自分から妖精に触ると死ぬ呪いでもかかっているのかしら?と彼女は首を傾げる。

困惑の中やがて自然と組まれていった円陣に、穴がザザッと開く。主のために道を開けたのだ。


「リル」

「ジーク!」


現れた龍帝に、やばっ!見つかった!という顔をするリルリアーナ。


「…どこへ行こうとしてるんだ?」

「暇だから散歩してるだけよ。部屋にいてもすることがないんだもの」


出来る限りやんわりと問う龍帝に、彼女は悪びれずに答える。ささやかでも自由のために闘うことを覚えたのだ。


「侍女達は?」

「外に出ようとすると止めるから、こっそり置いてきたわ」

「部屋の外にいた騎士たちは?」

「…窓から、出たから…」


ベランダをつたって下の階へと降りたのだ。さすがにそれについては危険なことをしたという意識があるリルリアーナは、目を逸らしながら答えた。


「…リル、危ないからやめてくれ。そして使えないものたちは全員処分しよう」


周りにいた者たちは皆その言葉に顔を青ざめさせる。龍帝の言う処分は全て殺処分だからだ。しかしそんなことは知らないながらもリルリアーナは即座に反論する。


「やめてよ!私が勝手に出てきただけなんだから!そもそも閉じ込めようとするジークが悪いんじゃない!ちゃんと城には戻ってきたんだからそのくらいの自由はなくちゃ嫌よ!」

「リル、だけど…」

「それに、部屋の入り口にあったはずの植物とかはなくなってるし…」


あ。と気づいた。リルリアーナを奪われた夜に怒りで炎を吹いた時に燃やしてしまったのだ。代わりに飾っていた植物は別物だと気づいていたらしい。さすがは花の妖精族である。しかし燃やしたなどとバレるわけにはいかない。バレたら絶対に泣かれる。


「それは…その…」

「それに最後はちゃんとジークのところに帰るつもりはあるもの!」

「!俺、の?」

「?ええ。ジーク、の」


今の発言のどこに引っかかったのか、何故かよく分からないところを聞き返す龍帝に怪訝な顔をするリルリアーナ。両腕を自分の体の前で組んだまま彼はもう一度聞いてくる。


「いま、目の前にいる」

「…?…ただいま?」

「…っ!」


小首を傾げながら上目遣いで言われた瞬間、両手で顔を覆いながらくずおれた龍帝。周りの騎士たちは一気にざわめいた。


「うぅ、また可愛さで俺を籠絡するなんて…」

「してないわよ!?なんなのよ!」

「俺のリルが可愛すぎてつらい…」


指一本触れずに倒された龍帝は赤い顔をして言う。そうして彼女の最初の闘いは意図せず勝利を見せたのだった。


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