番外編 その夜
前話と同じ時間帯の帝城にて。
頭が割れるように痛い。最近ずっと頭の中に気持ちの悪い靄がかかっているような気さえする。
俺の愛しい番はどこだ?君が、君さえいれば…。
「ここですわ、陛下」
ふと女の声がした。確かに番の匂いだ。
そうか…君だったのか。いや…違う?わからない…なんだこの吐き気は…。
ふと急に、頭の中の靄がサァッ…と晴れる感覚がした。急に夢から覚めるように。あの頭痛も吐き気も全て消えて視界が開けた。
「陛下…?」
「誰だ貴様は?」
「あ、あなたの番ですわ?ほら…」
目の前にいた見知らぬ女は何か首飾りらしきものを見せてきたが、不快だったので殺した。我が番を名乗るなど万死に値する。断末魔を聞きつけたのか城内の者共が集まってきたが知らん。そんな些末なことはいい。
それよりどこだ…愛しい番…君はどこにいる??
彼女のことを考えると胸が酷く騒めいた。なんだこの嫌な予感は。彼女はいつものように俺の部屋にいるはずだ。誰にも奪われないように大切に慈しんでいる。どこにも行きようはないはずだ。しかし…。
『君は…番じゃなかった』
『2度と顔も見せるな…帝都から、追放する』
靄の晴れた頭で記憶を辿ると、最愛の彼女に信じられないような言葉を発していた気がする。俺が?愛しい番に?そんな馬鹿な。
自分の愚かしい発言の記憶に理解ができず、唯一で最愛の彼女がいるはずの部屋へと急ぐとそこには誰もいない。
「どこだ!どこにいった!?彼女はどこだ…!?」
彼女は俺の全てなんだ。この世の何からも護ると約束したはずなのに!誰が君を俺から奪った!?
「リルリアーナ…!」
半狂乱になって探すと、現れた兵の1人がいった。
「へ、陛下が追放すると仰ったので、ちゃんと捨ててきましたよ?」
「捨て…た?」
俺の愛しい番を?何を言っているんだこいつは?
ゾワッ…!
そして突如激しい喪失感に襲われた。間違いない。今この瞬間にもまた誰かが彼女を奪ったのだ。俺の愛しい番を。そう悟った瞬間龍の姿になると、壁を打ち抜き目の前の兵を灰にした。
城内はどんどん騒がしくなっていったがそれどころではない。俺の番が奪われた。命より大事な彼女が。彼女がいないともう息すらうまくできないというのに。
あぁ早く君を取り戻さなければ。俺から君を奪うものは全て許さない。怖がりでか弱い君はどこかで震えて泣いているかもしれない。待っていてくれ愛しいリルリアーナ。もう一度君の笑った顔が見れるなら俺はそのために何でもしよう。
「どこだ…どこにいる…!」
だけど思い出せたのは君の泣き顔ばかりだった。
――
「燃えたな〜…城」
「いや〜…氷龍たちが何十頭もで消火してたけど、やっと鎮火かぁ…」
半壊した城を見上げて騎士団の若者たちは呆然とする。いまだ目の前の現実を受け入れきれていない。
近頃龍帝陛下の様子がおかしいとの噂はあった。何かぼんやりしている素振りがあったり、頭が痛むような素振りがあったり、全て常時では考えられないことだった。しかしだからといって…。
「自分の城燃やすとか思わないよな〜…」
「城が火や衝撃に備えた古来よりの防護壁で内外より守られてるって聞いた時、なんで内側からも守るのかなって思ったんだけど…まさか陛下による攻撃で半壊とか…」
夜突然叫び声がしたかと思ったら頭部が潰された女らしき死体があり、何ごとかと思ったら龍化した陛下が発狂して炎を吐いていた。わけが分からなすぎる。うっかり女の死体と一緒に燃やされなかった自分たちは剛運だ。咄嗟に逃げるを選択したのは正解だった。
陛下はしばらく暴れたのちようやく人型になり、お偉いさんたちと何やら話し出した。一晩中鎮火や避難誘導に当たっていた騎士たちはひと息ついて、騒動の説明やこの先の指示を待っているところだった。
「陛下をお止めできるやつなんて誰もいないしな…」
「いや、まてよ。妃殿下はどうした?陛下のつが…」
バッ…!!
騎士たちが遠目に見ていた龍帝陛下が、その腕の一振りで目の前にいた高官の首をごとりと落とした。
「え」
あたりは沈黙した。
(いやいやいや、今人型のままだっただろ!?)
(刃物もなしで腕の一振りで首刈れるの!?)
声にならない声で騎士の若者、ランドルたちは叫ぶ。
ゆらりと返り血に塗れた龍帝陛下がこちらに向かってくる。
「全員!整列!」
騎士団長が慌てたように叫ぶと、龍の騎士たちは集合せざるを得ない。己の主たる存在に恐怖しながらも瞬時に集った。その真正面に酷く冷徹な顔をした龍帝陛下が立つ。
「城内の者を1人残らず集めろ。今すぐだ」
低く、冷たい声で陛下はそう告げた。そして鋭い眼光で騎士たちを睨みつけたまま続ける。
「5分だ。それ以上かかるなら全員殺す」
「…はっ!!」
騎士団は了承の意をなんとか絞り出すと、命令に従うため一斉に弾けるように駆け出した。命を完遂できない場合、陛下は間違いなく言葉通りに全員殺す気だ。何に対してなのかは分からないが、かつてない程の相当なお怒りだ。そしておそらくこれは始まりにすぎない。今夜これからまだまだ死者が出るであろうことは誰もが予想できた。
恐怖の夜はまだまだ明けてはいなかった…。
――
あぁ俺の愛しい番。万難を排して大事な大事な君の手がかりを探すよ。そうして俺から君を奪った全ての塵を処分して迎えに行こう。どれだけ血に塗れようとどれだけ何を費やそうと絶対にこの手に取り戻す。君が、君だけが俺にとっての本物だ。
俺は君がいないと、このたった一夜も越えられないんだ。




