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7年越しの

自身に近づいてくる何か。それが番の気配であることなんて分かっていた。何をしに来たかもわかる。いよいよ永遠の別れを告げに来たつもりなのだろう。


先ほどの闘いはわずか狼の爪先が掠めただけで、龍帝は無傷といっていい状態だった。そんな彼が恐れたのは、不可抗力とはいえ目に見えるか見えないかのようなかすり傷でもリルリアーナを傷つけてしまったこと。そして、彼女がこれから言うであろう言葉だ。

リルリアーナは自らの意思であの男を選んだのだ。なのに奴を殺した自分を赦しはしないだろう。

だからといって番を、自身の唯一を諦められはしない。もはや泣こうが叫ぼうが無理やり城へ連れ帰られることを彼女は知らない。


「…なんで逃げるの?あなたは王様なんでしょう?」


愛しい愛しい番。しかし自分が向ける感情と、彼女が返すそれとはどうしようもない温度差があることなど最初から分かっていた。

だから他のものが見えないように隠した。あの犬コロが言っていたことは図星だ。龍帝なんて呼ばれても、彼女にとって自分の魅力なんてまるでないと知っていたからだ。どんな贈り物も番だと言う言葉も彼女には響かない。龍族のやり方で大事にしても、彼女の笑顔は日に日に減っていくばかりだった。


「リルたん…」

「あなた本当にばかよ。何年も私の気持ちなんてちゃんと考えもせず…」


本当にばかだ。今だって怖くて彼女がどんな顔をしているかなんて見れやしない。きっと蔑んだ顔をしているのだろう。


「ごめんリルたん…でも君が好きなんだ。君が他の誰を好きでもそばにいて欲しい」


縋ることしかできない様は、もはや龍帝の威厳なんてあったものじゃない。自由にしてやれない。嫌われても手放せない。700年以上生きた自分の感情が揺さぶられる唯一の存在。だけど何を捧げても本当の意味で彼女は手に入らない。ただ笑って自分の側にいて欲しいだけなのに。もはやどうすればいいのか彼にも分からないのだ。


「リルたんじゃない!」

「はい!?」


いきなり勢いよくさけぶリルリアーナに、思わず返事をする。そして彼女はぽつりと言った。


「私の名前はリルリアーナよ…。子供扱いしないで。…せめてリルって呼んで」

「え」


恐る恐る振り向くと、そこには真っ赤な顔をしている愛しい彼女がいる。


「私ももう大人なの!だから、あなたのことは、その…」


なぜか恥ずかしがりながら、辿々しいながらもゆっくりと告げる。


「ジーク…って呼ぶわ」


その瞬間、龍帝の目からはどばっと涙が溢れた。


「ちょっ…!泣かないでよ!」

「だって…!リル…!リル…!」


膨大の涙を流している成人男性に怯みそうになりながら、リルリアーナは本来の目的を達成すべく続ける。


「私、怒ってるんだから!ジーク!あなたを倒しにきたのよ!」


そう言ってリルリアーナはぐっと拳を握ると、龍帝の前に突き出した。


「カイゼルさんに酷いことして!ばか!」


てち!と龍帝の腹を殴るリルリアーナ。渾身の一撃のつもりである。


「あの人は追放された私を助けてくれたのよ!お礼をいうべきよ!」


ぺす!と2撃目をくらわせる。


「周りに嫉妬ばかりしてないで!閉じ込められるのはもう嫌よ!」


ぱふ!と3撃目。


「殺す殺す言うのも嫌!怖いのは嫌いよ!」


ぽす!4撃目。


「子供扱いしないで!私は…って、もう!なんでびくともしないのよ!」


ぽこぽこぽこ!と本気で叩いているつもりのリルリアーナを、龍帝はいつの間にか涙を引っ込め至福の顔で見つめている。


「あなたを倒すのは私よー!!」


そうだ。愛しいリルリアーナ。俺の大事な番。君が、君だけが俺を倒せるんだ。その言葉の意味を君はわかっていないだろうけれど。

そう思いながら龍帝は恐る恐る尋ねる。


「…倒されたら結婚してくれる?」

「なんでそうなるのよ!恋人でもないのに!」


ぐっ!と精神にダメージを受ける龍帝。その言葉は狼の牙よりもよほど深く刺さって抉るようだ。


「そもそも、私あなたになんの言葉も貰ってない!」

「え、えぇ??」


これには本気で分からない。彼はいつも伝えているつもりだったからだ。番だという言葉は龍族にとって最上級の求愛表現で、プロポーズなのだ。それ以上の言葉なんて知らない。しかしそんな彼にリルリアーナは言う。


「昔、お母さんたちに教わったことがあるわ。恋人になるには…好きです、付き合ってくださいって、言うのよ…」


恥ずかしそうに、最後は消え入りそうな声で言うリルリアーナ。目の前の男がずっと言わなかった言葉。龍族ではない彼女は、そんな単純な言葉が欲しかったのだ。カイゼルは言ってくれた。頷きはしなかったけど。まさか本気には思えなかったからだ。

それになんだかんだずっと言ってくれるのを待っていた相手は…。


「…尊い。尊すぎる…」


両手で顔を覆い、天を仰ぐ龍帝。その姿を見て再びリルリアーナは怒る。


「だから、そういうふざけた態度がいやなのよ!!」

「す、すまない…」


慌てて向き直り、その場にひざまづいて愛しい愛しいリルリアーナを見つめて彼は言う。


「俺の名はジークヴァルド=ヴァル=シュザルツ=シュタイゼン。…リルリアーナ、君が好きだ。俺と一生付き合ってください…」

「嫌よ」


この流れでー??とショックを受けてくずおれる龍帝。彼に両手両膝をつかせた姿を誰かが見たら驚愕したことだろう。


「一生の約束なんてできないわ。…だから」


くすんと泣く泣き虫龍の頭に両手でそっと触れるリルリアーナ。


「お友達からはじめましょう?」


そう言って、龍帝のおでこに軽く口付ける。これは花の妖精族の親愛の証だ。


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