族長の方針
あれから本気で拒絶するリルリアーナに気圧され、死にそうな顔をしながら龍帝は帰って行った。その手にはハート模様のトカゲを抱えて。
とりあえずお帰り頂いたは良いのだが…。
「詰みましたね」
「なぜそう思う」
銀狼族の族長屋敷。その執務室にて残った2人は今後を話し合うも、すでに絶望を隠さないゼフにカイゼルは聞き返す。
「番を視界に入れただけで目を潰すとか言っている方ですよ?まさか手を出したなんて知られたら…」
「どうなる…?」
「ここら一帯焦土と化します」
淡々としたゼフの言葉にヒュッとなるカイゼル。焦土。嫌だ。嫌すぎる。
そんなカイゼルを見て、さらにゼフは言葉を続ける。
「さらにもしこのままずっと引き渡さなかった場合…」
「場合?」
「手を出したことがバレなくても焦土でしょうね」
詰んだ。詰んでいる。どう足掻いても焦土だ。
カイゼル的にはいやいやよく考えたら別に俺悪いことしてなくね?とは思う。互いに同意の上だし、勝手に捨てたのは向こうのほうだ。そんなことで焦土にされてはたまらない。しかしなんとも横暴で暴虐な話だが、相手が相手である。圧倒的武力にて他部族を制してきた龍帝。許されようが許されまいが彼にはそれが出来てしまうのだ。
そして力こそ全てのような風潮は、そもそも獣人たちの習性でもある。死んだ魚のような目でゼフは更につけたす。
「ちなみに、番を誤認識させる魔道具とやらを使った魔女やそれに関わった者たちは骨すら残らなかったとか」
「怖っ!」
そうか、先日商人たちから聞いた噂話はここにつながってしまうのかと納得した。そんな己の死亡フラグ回収はしたくなかったが。そんなことを考えて、ふとカイゼルは疑問に思う。
「しかし、魔道具?とやらでどうやってあの龍をいっときは操れたんだ?」
「さぁ、それは私には…。長い時を生きる龍族は謎だらけですし。って、それより、これは銀狼族の生存をかけた話なんですよ?」
ばん!とゼフが両手で机を叩く。
「族長の下半身のせいで絶滅しそうな銀狼族ですが、物は考えようです。ある意味その女たらしのおかげでギリギリまだ生きれています」
「まて言い方」
身も蓋もない絶滅理由に思わずカイゼルが突っ込むが、ゼフは気にせず続けた。
「カイゼルさんに何かしたら許さない。リルリアーナさんのその発言を受けてから龍帝陛下はずっと堪えてましたよね?恐らく番の嫌がることはできないか、したくないのだと思います」
「なるほどな。しかし手を出したと知れたら?」
「灼熱の炎に焼かれます」
「結局焦土かよ!」
変わらぬ結論に愕然とするカイゼル。しかし…とゼフは続けた。
「あの夜、もしカイゼル様がナンパしていなかったとしたらですよ?あの世間知らずな彼女は領内の夜盗か何かに襲われた可能性は高いです」
「ひでぇな!…で、仮にそうだとすると?」
「領地の責任を問われる可能性もありますし、そもそも夜盗のせいで世界の半分は焦土でしょうね」
あの嫉妬深そうな男のことだ。愛する番が望まぬ相手に乱暴されたとなると、正気を失う恐れすらある。リルリアーナもさすがに夜盗に慈悲をかけはすまい。
あの恐怖の帝王がとりあえず話し合いで一度引き下がってくれたのは、リルリアーナの心身に異常はなく健康そのものだったからだろう。と、なるとだ…。
「なんだよさっすが俺!ある意味世界救った勇者じゃないか?」
「滅亡を先延ばしにしただけかもですけどね」
調子に乗るカイゼルをゼフは睨む。本来はリルリアーナを保護して手は出さないのがベストな対応だっただろう。絶望の状況は別に何も変わってはいないのだった。
「しかしこうなるとあれだな…以前お前が例えで言っていた大事に大事にしてたものを喰われたアホなやつってつまり…」
「やめましょう。この話は大変危険です」
キリッとした顔でゼフはカイゼルを遮った。
「まぁなんにせよ、龍帝陛下は超怖いけど、リルちゃんが本気で嫌がってるなら俺はこのまま帰す気はない。女の子に無理強いするのは主義に反するからな。超怖いけど」
「それは…族長としての決定ですか?」
圧倒的強者を恐れるのは獣の本能だ。しかし…
「最初に責任を取ると言ったのは俺だ。それに誇り高き銀狼族が、まさか人攫いに加担するわけにはいかないだろ?」
「…はぁ。もうどの道詰んでるんですから、好きにしたらいいですよ」
まだ若干ふざけた調子のカイゼルに、なるようにしかならないと諦めたゼフだった。
そもそも何を言ったところで、目の前の男が嫌がる女の子を素直に差し出す訳がないのは最初から分かり切っていた。差し出すような男についてきた覚えもない。分かってはいたが、補佐として方針を聞いただけだ。
「リルちゃんがあんな感情的になって怒ってるのも初めて見たしな。怒ってるのは監禁についてなのか、浮気についてなのか、どっちかなー…」
だから誠実な人が良いって言ってたのかなーと悩むカイゼルに、問題はそこではないと思いつつも補佐として釘を刺しておく。
「…とりあえず、いつまた現れるか分からないんですからこれ以上手を出すのはやめてくださいよ」
「分かってる。ちゃんと解決するまでは出来る限り我慢するさー」
「解決…するんですかね…?」
楽観的なカイゼルに対し不安しかない中、ゼフはやはりなるようにしかならないのだとため息をついた。




