龍と番と狼と
「リルたん…。本当にすまなかった。何度でも謝罪する。だから一から説明させてくれないか?」
「いらない。聞かない。帰って」
龍帝とリルリアーナの話は平行線で進みそうもない。しかし、それはともかく…
「なんでその男の服の中に入るんだ!?とにかく、まずはそこから出てきてくれ!」
リルリアーナはカイゼルの背中からその上衣の中に頭を突っ込み、顔を見せていない。龍帝がリルリアーナの顔をしっかり見ようとカイゼルの背後に回ろうとしてからずっとだ。
ここでうかつに、くすぐったいよなどとカイゼルが言うとなおさら龍帝は怒りのゲージを上げるので、彼は黙ることにしている。
「二度と顔を見せるなと言ったのはあなたよ。だから見せないわ」
「全部取り消すし謝るから出てきてくれ!!そしてそいつを殺す!」
え、俺?これ俺のせい?
カイゼルは当たり前のように向けられている殺意について、聞き返したかったが聞けない。どうあがいても瞬時に首を斬られるイメージしかない。
「やめてって言ってるでしょ!?」
慌ててズボッとその背から出てくるリルリアーナ。その姿を見て龍帝はまた瞳をウルウルとしだす。
「リルたん…すっかり大人になって…!」
「…どこ見てんのよ??気持ち悪っ!」
めちゃくちゃ悪態をつくリルリアーナ。確かに龍帝の目線はあれだったけれども。
でも今あなたが掴んでいる狼の方が初対面からきっと色んなことしてた気はするんですがね?と後ろから見ていたゼフは思った。口が裂けても言えやしないが。
「…とにかく、そっちに一度座って。話したいなら近づかないで簡潔に話して」
「わかった」
リルリアーナにぞんざいに椅子をすすめられるがまま、龍帝はいそいそと座り出した。その姿に銀狼はおろか、龍族すら目を丸くした。
そして…
龍帝が簡潔に話した内容はこうだ。
魔女が持ち込んだ魔道具のせいで番の認識を惑わされてリルリアーナを追放してしまったこと。
その企みに関係した者は全て処分したこと。
正気に戻った今はリルリアーナこそが番だとわかるしとにかく早く戻ってきて欲しいこと。
「…で、だからなんで君はそっち側なんだ!?」
テーブルを挟んで己の向かい側のソファ、カイゼルの横に座っているリルリアーナに叫ぶ龍帝。
「君は!俺の隣に座るべきだろう??」
「龍帝陛下の隣になど恐れ多くて座れませんわ〜」
しらじらしくそっぽを向きながらリルリアーナは答えた。なぜか一緒に座らされたカイゼルの眼は、殺意に晒され続けてすでに死んだ魚のようだ。
「話はよく分からないけど、私に関係ないことはわかったわ。私は龍族じゃないし、番なんて認識そもそもないもの」
選べなかったあの頃ならともかく、自由を知ってしまった今はもうあの城へなんて戻りたくない。
「だけど俺にとっては唯一なんだ…!君が望むなら何でも叶えるから!どんな宝石でも誰の首でも揃えるから…!」
「いらないわよ!特に首!だから龍族の価値観が分からないって言ってるの!」
龍帝は必死に説得しようとするが、彼女にとってはかえって逆効果になってしまっている。そして龍帝が、このままでは俺は気が狂ってしまう!と言ったところで周りに控えていた龍族たちが飛び跳ねそうなくらいビクゥッ!!とした。
そういえばこの方、怒りで城半分燃やしたって噂あったな…とカイゼルは思い出して静かにぞっとした。
「私が欲しいのは自由よ…!だから…」
「だから!何でその男を掴むんだ??」
言いながらリルリアーナは横に座るカイゼルの服の裾を握っていた。無意識に。
「え、あれ?ほんとだわ?」
言われて、本当になんで?と不思議そうにするその姿は可愛い。カイゼルはそう思う。殺意をばちばちに向けてくる眼前の恐怖さえなければ。可愛いと怖いに挟まれて脳がバグりそうだ。
「とにかく、私は戻らない。無理に連れ戻されたらきっと一生あなたを嫌ってしまうわ」
「きらっ…!?」
毅然としたリルリアーナの言葉にびくり!とする龍帝。それは彼にとって何よりも恐ろしい言葉のようだ。
「だいたい番の認識って何?番じゃなかったら私のことは好きじゃないってことでしょ?じゃあまた魔道具でもなんでも使って一生誤認してればいいじゃない」
ズバリとリルリアーナは言う。そうすれば魔道具を使ってまで龍帝の番になりたかった人も、番を手にしたい龍帝も、自由になりたい自身も全員ハッピーじゃないかと思う。魔道具の詳細はわからないが。
「そんなことない!確かに番だからだけど、それが君だから好きなんだ…!」
「でも番と認識しなくなったら追い出したのよね。残念ながらあなたの言葉は非常に薄っぺらいものにしか聞こえないわ」
ザシュッ!
と龍帝の心にクリティカルヒットしたようだ。冷たい言葉に周りの狼たちまで何故か居心地が悪そうだ。
「勝手に誘拐して監禁して、やっぱり他の女の方がいいって言って捨てられて、で、今度はそれが間違いだったからまた監禁させろって??そんなの誰が頷くっていうのよ!!」
ぐうの音もでない正論である。銀狼は勿論、龍族ですら微妙な顔をしている。
「り、リルたん…」
「お引き取りを、龍帝陛下。私からこれ以上話すことはありません」
立ち上がりお辞儀をするリルリアーナは、カイゼルには見せたこともないような冷たい表情をしていた。




