舞い降りた黒雲
その日は快晴だった。
銀狼の街はいつものように賑わい、市場には買い物にくる人々で溢れていた。
「安いよ安いよー!このみずみずしい果物がなんと銅貨5枚!」
「あら美味しそう!5つくださいな」
屋台からひと組の親子が果物を買った。そしてその袋から実が一つコロコロと落ちて転がっていく。
「僕がとるー!」
5歳くらいの少年がきゃっきゃと追いかけ拾おうと屈んだ時、突然フッ…と空が暗くなった。
「え…?」
「きゃあぁぁぁ!」
見上げると空には陽の光を遮る大きな大きな黒い龍が飛翔していた。子供の後ろでは母親が腰を抜かしている。
「なん、なんだあれは!?」
「雲…いや、黒い龍…!?龍帝陛下じゃないか!?」
「そんな…!なんでこんな所に!?」
現在この世で黒い龍はただ一頭。となれば今皆の頭上にいるのはこの世の支配者、龍帝陛下その人しかいない。街の皆が唖然として固まる中、黒龍は人の姿になって地上へと舞い降りて来た。
トンッ…!
着地した青年の顔を見て女性たちは思わず見惚れた。少し目つきは怖いが黒髪の美青年。あり寄りのありである。
「あ、あの〜…」
1人の銀狼女性が声を掛け手を伸ばそうとした瞬間、底冷えのするような目つきでギロリと睨まれる。
「ひっ!」
女性は殺意すら感じられそうなくらいの目つきに慌てて手を引っ込めた。その眼光に皆怯えざわめいたが、はっと我に返った順に慌てて膝をつく。獣人の中でもとりわけ強い銀狼族といえど、束になったとてこの黒き龍には敵うわけがないのがわかる。いったいこの街に何をしに来たかはわからないが、とにかく怒りを買うわけにはいかないのだ。
そして青年はおもむろに足元に転がる果物を拾い、じっと見つめた。
「僕の〜…」
「こっ、こら!」
何も考えず声を上げる少年の口を、青ざめた母親が慌てて手で塞ぐ。黒髪の青年はちらりと親子を見て口を開く。
「ここの果物は昔からこの艶なのか?」
「い、いえ!ここ最近です!こんなみずみずしくなったのは」
びくびくしながら母親が答える。黒髪の青年は何かを考え少年に実を投げた後歩き出し、次は果物屋台の店主に声をかける。その顔は無表情のため感情が読めない。
「この作物を育てている畑はどこだ?」
「へぇっ!?畑??え、えーと、これは族長の管轄なんで、その…」
と、その時上空に今度は複数の羽ばたき音がした。
バサバサバサッ…!
「う、うわぁぁっ!また龍だ!」
「こ、こんなに沢山…!」
驚く人々の周りに複数の龍たちが一様に人の形をとりながら降りてくる。その中の1人が慌てた様子で黒髪の青年に走りより、声をかける。
「陛下!一体どうなされたのですか??いきなりこんなところへ飛び立つなど…」
「彼女にかけていた俺の加護が発動した。この近くだ」
陛下と呼ばれた青年は答え、そして辺りの銀狼たちに向かって冷たい目をして命じた。
「誰かお前らの族長のところに案内しろ。今すぐにだ」




