変化
「最近随分楽しそうですね」
「んー?そう見えるか?」
廊下を歩きながらゼフはあからさまにご機嫌なカイゼルに尋ねた。
「女性に誘われても全て断っているという話をちらほら聞きますよ。随分と珍しい話もあるもので」
「フラフラ遊ぶなって言ってたのはお前だろ?問題なしじゃないか」
「まぁそうなんですけど…それはそれで不気味だなと。え、リルリアーナさんとは付き合ってないんですよね?」
「残念ながらそれは断られてるよ。恋人は誠実な男がいいんだとさ」
だから他の女の誘いを断ってると言わんばかりのカイゼルを、ゼフは疑わしげに見つめた。そんな一途さがこの狼にあったか?ないだろ。だってそうはいっても今日もカイゼルからほのかに花のような匂いがするし、昨夜か今朝にでもどこぞの女性とやることはどこかでやってるはずだ。うまいこと隠してるだけだろうきっと。うん、間違いない。
「そういえば先日お二人で花祭りに行ってきたらしいですね。一体なんだってそんなに入れ込んでるんですか?」
「だって可愛いじゃーん。世間知らずで純真で、それでいて案外大胆なとことか」
主の発言に、言ってること完全に悪い大人じゃないですかとゼフは呆れる。
「あんなに素直に嬉しい楽しいって伝えられて悪い気になる男なんていないだろー?」
となおもへらへら笑うカイゼルになんだかイラっとしたゼフはポツリとこぼす。
「もういっそなんか痛い目見ればいいのに…」
「ん?なんか言ったか?」
「いえ別に。あ、そういえばカイゼル様の留守中に龍族が尋ねてきましたよ。迷子の子供を見なかったかって」
「子供?」
そういえば祭りにも龍族がいたな、とカイゼルは思い出した。特に何をするでもないから放置していたが、もしや迷子を探していたのかあれは。
「顔も名前も言えないっていうわけのわからない迷子探しだったので、知らないと答えておきました。龍族のお偉いさんの子供とかですかね?」
「顔も名前も言えないって…怪しさしかないなそれ。ま、どのみち迷子の龍なんてこの辺で見てないし報告も聞いてないしなぁ」
龍族の雄は雌の番を離さない。当然その子供も一緒に家に囲う。帝都から遠いこの街に、龍の子供なんていたら目立つはずだ。
「まぁ向こうももし見かけていたら〜くらいの感じの質問でしたよ」
「ふぅん?ま、いたら報告してやるくらいでいいだろ」
よく分からないが特段気にする必要はなさそうだ。
そんな話をしながら階段を上り、2階の廊下を歩いていると、ふと窓の外に彼女が見えた。遠目だが銀狼の目は良いのだ。
「お、リルちゃんだ。木に登れるんだなー」
見ると庭にある3メートルくらいの木に登り、何やら手を伸ばしている。帽子か?
「本当ですね。意外ー…って」
「え、あ!!」
気づいた時にはぐらりとバランスを崩し、リルリアーナは木から落ちようとしていた。
「リルちゃん!!」
バッ!と素早く2階の窓から飛び出すカイゼル。しかし間に合わない!
が、落下するその瞬間リルリアーナの身体は輝く光に包まれた。そしてそのまま、ゆっくりゆっくりと落下した。
「わ!わ!」
ぽすん!と着地したのは銀色でふわふわの毛並みの狼の上。これはもしや…
「カイゼルさん…?」
「びっ…くりしたーー!!」
おずおず尋ねると巨大な銀色の狼が喋った。聞き覚えのあるこの声は、やはり獣化したカイゼルで間違いないようだ。
「カイゼルさん本当に狼さんだったんですね!」
「最初からそう言って…っていうか本当、危ないことしないでぇー。心臓に悪い…」
珍しく余裕のないカイゼルは、いまだに心臓をバクバクさせながら呑気なリルリアーナをたしなめる。
「ってか今の光は?妖精族の魔法か何かなのかい?」
「わかんないです!昔から危なくなると出るんですよ。おばあちゃんがかけてくれたおまじないかなぁ?」
あいも変わらずうふふと笑うリルリアーナに、とりあえず怪我がなくて良かったと安堵するカイゼル。
ふわふわ〜と銀狼姿のカイゼルを撫でて堪能するリルリアーナは本当に光の意味を知らない。かつて幼い頃大鳥に攫われた時には出なかったそれが、いったいいつから出るようになったのかも。
そしてそんな出来事のあった日の昼過ぎ。銀狼族の街に黒き龍が現れたのだった。




