花と祭りと盛る狼
そして花祭り当日。
町には色鮮やかな花で飾り付けられたたくさんの屋台。そして仲睦まじい恋人たち。もちろん家族づれや友人同士もいるが、圧倒的に恋人たちが多い。リルリアーナは目をキラキラさせながら周囲を見渡す。
「うわぁ…!すごい…お祭りだ!カイゼルさん!お祭りです!お祭りですよ!?」
お祭りって本当に存在するんだ…!とやたらと興奮するリルリアーナの言葉に、カイゼルは可愛いなぁと思いながらうんうんと頷く。
「絶対にこの手は離さないようにね。また迷子になったら大変だからね?」
「もう!今度は迷子になんてなりませんよ!でもそういうならカイゼルさんこそ離さないで下さいね?」
上目遣いで擦り寄ってくるリルリアーナに、カイゼルはすっかりデレデレである。
「もっちろん!なんなら朝まで離さないよ!」
「やだもう!うふふ!」
完全に付き合ってるだろこいつらという空気を出す2人だったが、今日はそういう祭りなので気にするものはいなかった。
リルリアーナは祭りが初めてだ。そもそもこんなに人がたくさんいる所なんて監禁される前も後も行くことは許されなかった。なんなら今日見た人の数の方が今まで出会った人の総人数より多いくらいだ。何もかも新鮮だ。初めて見る屋台の果物飴も、トロピカルなジュースも、すっごく美味しい!
「カイゼルさん!私すごく楽しいです!」
「俺もだよ。リルちゃんと来れて良かった」
朗らかに笑うカイゼルのことは好きだ。一緒にいて楽しいし、それでいていない時も自由にさせてくれる。リルリアーナは恋人ごっこでも良い。いや、ごっこ遊びだからこそ楽しいのかもしれない。重たいのはもうこりごりなのだ。
そんな風に祭りを十二分に楽しんでいた最中、ふとカイゼルの視線が止まる。何やら串焼きの屋台にいる2人組を見ている。
「カイゼルさん…?」
「珍しいな、龍族だ」
どきっ…!
リルリアーナの心音が大きくなる。
いや、自分にはもう何の関係もないはずだ。“彼”の番ではなかったのだから。訳の分からないまま勝手に与えられた罰だって、帝都からの追放だ。ここは龍族の住む帝都から随分離れていたはず。だからこれ以上何もない。そう思いつつも不安になり、リルリアーナはカイゼルの手をくいっと引いた。
「?どうしたのリルちゃん?…あ」
「あの、ちょっとこっちに…」
龍族から隠れようと物陰までくいくいと手を引いていくリルリアーナに、カイゼルは何か別の方向にピンと来たらしい。
「そういう事?やらしくて可愛いなー」
「へ?」
そのままリルリアーナを覆うように抱きつき、キスをしてきた。彼女にとっては全く意図していない反応だったのだが、祭りの趣旨を考えれば、その勘違いも仕方ない。
「んっ…!違っ…!」
予期せぬ展開ではあるが、ちょろいリルリアーナはまんざらではなくなってしまう。されるがまま、思わずカイゼルの背中に手を回し返してしまうのだった。
――
「なんか今日あちこちで盛ってね?狼たちの発情期なん?」
「純粋な動物じゃないんだから獣人に発情期はないって知ってるだろう」
辺りの店に聞き込みをしながら龍族の若者2人は祭りにいる者たちを見渡す。右も左もカップルだらけ。あっちこっちでイチャイチャしている。
「今日はそういう祭りらしいぞ。まだ番のいない俺たちにはきっつい祭りだけどな」
「はーあ、よりによってなんでまたそんな日にこんなとこ来ちまったんだか…なあランドル」
呼ばれた赤髪の少年は、なんだよと答えながら同僚の深緑髪の少年を見る。
「陛下が正気に返ったのはいいけどさ、本当に追い出されたお妃様が見つかると思うか?隊長から死んでも探せって言われても俺顔も名前もしらねぇんだけど。」
「俺だってそうだよ。身内にお妃様付きの侍女がいたって俺自身は面識なんて無いし。って言うか隊長だって知らないんじゃね?絵姿すら陛下が絶対に見せなかっただろ。…とはいえまさか陛下を怒らせる勇気なんてないだろ?」
「あるわけない!城は半壊したし、魔女やそれに関わったアホどもは骨すら残らなかっただろ!?あんなん見たら無理!」
2人はブルブル震えながら周囲を見た。顔も名前も知らない者を探せだなんて無茶振りにも程がある。しかし陛下がまた発狂する前に探さなければ。とはいえ、ここにいる可能性など全くない。他の同僚たちもあちこちの部族のもとをしらみつぶしに探しているはずだ。と、ふと壁際でキスをしている男女に気づく。
「お、あそこにも盛ってる狼がいるな」
「ん?女の方はずいぶん小柄だな?銀狼じゃないのか?」
男の隙間から見える女性を見ると、銀狼族の女性にしては小さい。
「ロリコンか?」
「いやいや、どこかの誰かじゃないんだから!ハーフとか他部族じゃね?」
ははは!と笑いながら龍族の若者2人は歩き去って行った…。




