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二日目 昼

今回からが短編版(お試し版)の続きです。


 実を言うと、乙女ゲームはあまり得意ではない。


 正確には食指が動かないと言うべきか……自分自身に恋愛が縁遠かったのもあるし、RPGや農地経営系のゲームの方がわたし好みだったのもある。

 細々(こまごま)とした色々な要因が重なった結果として、わたしにはまったくと言っていいほど乙女ゲームの経験がない。要はそれだけの話であった。


 そんなわたしが唯一自分からやってみようと思い立ったのは、【汝は人狼なりや?】というテーブルトークRPGをオマージュした作品だった。


 【汝は人狼なりや?】……一々これだと長いので以下【人狼ゲーム】と呼ぶが、わたしはこの【人狼ゲーム】が好きだった。

 二つ以上の陣営にわかれて弁論を交わし、推理ないしは相手チームをだまくらかして自陣の勝利を掴み取る。

 白熱するあまり友情崩壊ゲーム、なんて呼ばれることもあるくらい殺伐とするのだけど、これがハマると結構中毒性があるゲームなのだ。


 インターネット上のサーバーを使って友人たちやSNS上の知り合いとやることもあったけど、彼ら彼女らは私と違って早々に飽きてしまったらしく、実際に私が遊べたのは十回にも満たないくらい。


 サーバーには『初心者歓迎!』と謳い文句のある村が多かったので、その気になればいくらでも参加できたんだろうけど、いかんせんコミュ障というか人見知りというか引っ込み思案だったというか、とにかく拗らせていたわたしが参加できた試しはなく……。

 代わりに対戦中の(ゲーム)を観戦しながら配役を推理してみたり、過去の名勝負(あるいは迷勝負)の対戦ログを見たり、仮想卓の動画を見たりして、自分なりに良き【人狼ゲーム】ライフを満喫していた。


 つまりはまあ、とにかくわたしは【人狼ゲーム】が大好きだったわけである。



(だからこそ、普段やらない乙女ゲームでもやってみようかな? なんて思ったくらいだし……)



 ちなみに【人狼ゲーム】が上手いかどうか、強いかどうかと訊かれると、ぶっちゃけ微妙なところ。


 前述の通り実際にゲームに興じた回数は少ないし、戦績的にも負けたことの方が多いので、下手の横好き適度だろうと自分では思っている。

 個人的に好きな役職は猫又で、似たような動きをする狩人もまあまあ好き。狂人はこなした数が少ないせいで動き方もイマイチわからず、ぼんやりと苦手意識がある。


 閑話休題。

 話は戻って、そろそろ【人狼ゲーム】をオマージュした乙女ゲーム──【月影に花は咲く】についてふんわり説明しようと思う。


 しっかり、ではなくふんわりなのは、ちゃんと説明しようと思うと話がそりゃあもう複雑怪奇になってしまうから。

 なにしろインスピレーションを受けた【人狼ゲーム】自体、ルールをおぼえるのがちょっと難しくて、友人から『ルールをおぼえられないからやらない』と言われることもあった。

 だからサクッと、必要最低限、上辺だけ説明しておくくらいで今は丁度いいと思うのだ。


 【月影に花は咲く】というゲームは、恐らく乙女ゲームにしてはかなり異色の部類だろう。


 九人だけの小さな村を舞台に、死体で見つかった村人を殺した犯人探しを行う──というのが大筋のストーリー。

 ルートによっては死体がうずたかく積み上がり、選択肢を間違えば主人公だろうと容赦なく血肉の塊と化す、大変血なまぐさい仕様の乙女ゲームである。


 とはいえ、緊迫した空気の中で起きるイベントは殺伐とストーリーに反して糖度が高めだった……と、乙女ゲーム初心者は考えている。

 吊り橋効果なのか、発生するイベントでは攻略対象との距離は物理的にも心理的にも超近いし、ここ一番のタイミングで「お前は俺が必ず守る」と言われれば、これはもう落ちるしかないと主張したい。


 ダミーヘッドマイクで大好きな声優さんの息遣いを感じながら囁かれてみろ、乙女ゲームどころか恋愛初心者なんて一発K.O.である。

 思わずぴぎゃあと妙な鳴き声を出して自室のベッドの上で身悶えてしまったが、まあ、あの痴態は誰も見てなかったのでセーフということで……。


 ちなみにこの【月影に花は咲く】というゲーム、ヒロインのデフォルトネームはバチルダ。

 物語冒頭で発見される哀れで無惨な初日犠牲者の死体は、名をジゼルという。



(……いやジゼルって私じゃん!!?!?)



 至極冷静に回想を終えた思考は衝撃的な事実の発覚、という強烈すぎるビンタに震え上がり、しかして同時に『転生先が初日犠牲者なんて冗談じゃない!!』と脳内で華麗なセルフツッコミをキメた。

 ……ついでに身体の方はベッドから飛び上がる勢いで跳ね起きたし、跳ね起きた時に木製の古いベッドが悲鳴を上げた。


 いやでも、それに関しては断じて私の体重が重いからとかではなく、経年劣化で跳ね起きた時の衝撃に耐えきれなかったからだと主張させて欲しい。


 女はいくつになっても自分の体重が気になる生き物であり、場合によっては年齢以上に禁忌(タブー)でアンタッチャブルな問題。

 人生二周目の私ももちろん例外ではないので、そこんとこよろしく!


 ……あれ、というか待って?

 私、いつの間に寝てたんだっけ。


 確かわたしは職場を出て──いや違う、私に職場なんてない。

 私は基本的に家の中での作業がメインだし、外に出かけるにしても基本的には村の中で事足りる用事が大半だから、外で働くなんて発想が出ること自体おかしい。


 でも、わたしは確かに外で働いていたはずだ。毎日車で三十分弱ほど運転して通勤していて、面倒くさいなぁと思いながら走っていたのに……。



「ジゼル、良かった……!」

「ジゼル、起きたのね!」

「っ!?」



 頭の中を行き交う二つの記憶に混乱していると、キィ、と音を立ててドアが開いた。

 部屋を覗き込んできた双子はベッドに起き上がった私を見つけ、ほっとしたように安堵の笑みを浮かべる。


 そんな童女たちの容貌にわたしは驚愕し、双子の名前を呼ぼうとした私の意識との間に齟齬が生じて。

 結果として引きつったような声だけが漏れることとなり、普段と異なる反応を見せた(ジゼル)に双子の表情が心配で染まる。



「まだ調子が悪いのね、ジゼル」

「すぐにハンスを呼んでくるわ、ジゼル」

「「大丈夫よ、いい子で待っていて!」」



 お姉さん風を吹かせ、ぱたぱたと軽い足音を鳴らして双子が駆けていく。

 小さな背中はドアの向こうに消えて、あっという間に見えなくなった。


 対して、部屋に一人で取り残された私はと言えば、脳がぐちゃぐちゃに掻き回されるような不快感をこらえていた。


 私と、わたし。

 ふたつの記憶が行ったり来たり、主導権を奪い合うように浮き沈み、押し合い()し合いを繰り返している。


 意識と記憶、人格に最も関わる要素の混濁は精神に大きな負荷をかける。

 視界が……世界がぐらぐら揺れて足元から崩れてしまいそうな、あるいは何もかも消えてしまいそうな、なんとも形容しがたい不快感。


 その核にあるのは自己の喪失を予感したことによる暴力的な恐怖であり、怯えた私は震える自分の身体を抱きしめ、嵐が過ぎ去るのをじっと待つしかない。



「ジゼルちゃん」



 ベッドの上で震えながら、恐怖に喘ぎながら、永遠にも等しい時間を過ごして。

 不意に誰かに私の名前を呼ばれ、ぽん、と肩を叩かれる感覚に意識が引き寄せられた。



「……ノックス、さん……?」



 のろのろと顔を上げれば、一週間ほど前から我が家に滞在しているお客さんがベッド脇に佇んでいた。

 彼は私の顔を見て驚いたような表情を浮かべると、視線の高さを合わせるようにベッド脇に膝をつき、こっくりとした深みのある琥珀色(アンバー)の瞳でこちらをじっと覗き込む。


 ベッドから出ることもできなければ、ろくに出迎えることもできずに申し訳ない、とかろうじて残っている頭の冷静な部分で思いつつ、もつれる舌で名前を呼ぶ。


 ……私としては『何か私に御用でしたか』と尋ねる意を込めたつもりだったけれど、たぶん、ノックスさんには上手く伝わっていないんだろう。

 こちらが求める返答は来ず、けれども彼は気遣わしげな表情から一転、にこっと笑顔を浮かべて、私に容体を問いかけてきた。



「そうそう、ノックスさんだぜ~。大丈夫? ジゼルちゃん、なんかすげー苦しそうだったけど」

「ノックスさん、」

「うん?」

「名前──私の名前、呼んでくれませんか?」



 ああ、これじゃ、ノックスさんのことを言えないな。

 そんな風に頭の隅っこの方で考えながら、胸倉を掴むぐらいの勢いで彼に縋りつき、お願いします、と私はこいねがう。


 私の突然の奇行、それもかなり切羽詰まっていることが明け透けなお願いに、ノックスさんはぎょっと目を見開いた。

 ……なんならちょっと引かれているようにも見えるが、私とて必死も必死なので、ここはどうかご容赦願いたいところ。


 私とわたしが混ざり合って、私がわたしに飲み込まれてしまうかもしれない。

 もしくは、私もわたしも消えてなくなり、肉体(ジゼル)には何も残らないかもしれない。


 そんな予感にじわじわと精神を蝕まれて震えていたのに、ノックスさんに名前を呼ばれた瞬間、まさしく一筋の光が見えた。

 ――ぐちゃぐちゃに攪拌(かくはん)されて元の形状を失いつつある精神が、(ジゼル)のかたちにまとまりかけたのを感じたのだ。


 今にも人格が消えてしまいそうだと恐怖する私の前に現れた、一縷の希望とも言える存在。

 ……自分(ジゼル)を見失わないために、なりふりなんて構っていられなかった。



「……ジゼルちゃん?」

「はい」

「ジゼルちゃん」

「はい」



 ……一体コイツは何を言い出したのかと、ノックスさんも訝しむ気持ちがあるだろうに。

 彼は素直に私の要求に応じ、何度も、確かめるようにジゼルの名前を呼んでくれた。


 ジゼルと呼ばれるたびに返事をすれば、強制的に攪拌された精神が少しずつ、けれど確実にひとつにまとまっていくのを感じる。


 見るからに冷静さを欠いた私がだんだん落ち着きを取り戻しつつあるのが、きっとノックスさんにもわかったのだろう。

 戸惑ったようにジゼルと呼ぶ声が、次第に優しく、柔らかい響きへと変わっていく。

 背中をさする手のあたたかさも、小さな子供をあやすような手つきも、まるで恐怖で凍りついた心を溶きほぐしてくれるようだった。



「もう大丈夫そうかな?」

「はい。……あの」

「?」

「病み上がりのところ、お手を煩わせてすみませんでした。本当にありがとうございます、ノックスさん。貴方が来てくれたおかげで……ううん。貴方がいてくれたおかげで、本当に助かりました」



 ノックスさんの助力の甲斐あって、私もなんとか平静を取り戻すことができた。


 ……まだ完全に記憶や人格の整理がついたとは言えないけれど、先ほどまでのように混乱して取り乱すことはないはず。

 今はひとまず、あれこれと難しいことを考えるのは後回しにして、一人の時間になってから整理することにしよう。


 ……そうじゃないと、今度は別の──ジゼルという個人のことでパニックに陥ってしまいそうだし。



(まさか、今更前世の記憶関連で取り乱すことになるとは思わなかったなぁ……)



 何はともあれ、ノックスさんにはきちんと感謝を伝えなければ。

 そう考え、精いっぱい感謝の気持ちが伝わるように笑顔でお礼を伝えれば、……何故か彼はぽかんと呆けてしまった。


 私を見つめる琥珀色の瞳は限界まで見開かれ、ゆらゆらと戸惑いに揺れている……。



(ありがとうって言っただけなのに、どうしてそんな反応をするんだろう?)



 もしかして、私は普通に笑ったつもりだったけど、実際は不格好でいびつな顔だったのかな。

 手元に鏡がないからわからないけど、よっぽど見ていられない顔だったとか? なんて、脳内でぱっと思いつく可能性を挙げながら首を傾げる。


 すると、ノックスさんはハッと我に返ったようで、呆けた顔から一転して笑顔を浮かべた。


 ……と言うよりはむしろ、笑顔を取り繕った、と表現した方が適切かもしれない。

 なにしろ彼の笑顔はヘラヘラした、ちょっと薄っぺらい印象の笑顔だったので。


 ……いやいや、こんなことを言ったら恩人相手に流石に失礼だよね。反省。



「ぜーんぜん! ジゼルちゃんは何も気にしなくていいって。むしろ俺的には役得だったし?」

「役得、ですか?」



 どういうこっちゃ。と、頭に浮かぶハテナが増えたところで。



「「あーっ!!」」

「ちょっと、ノックス!」

「近すぎるわ、ノックス!」

「……どういう状況だ、これは?」



 ハンスを伴い、部屋を出て行ったはずのアドリアーヌとクリセルダが戻ってきた。

 途端、双子は『これでもか!』というくらい眉尻を釣り上げてノックスさんにがぶがぶ噛みつき始め、一緒にやって来たハンスまでもが眉間にしわを寄せて困惑の声を上げる始末……。


 三人がそこまでノックスさんを気にする理由がわからず、何が一体どうしたのかと私が思考すること数秒。

 そのわずかな時間を狙うように、私を落ち着かせるために背中に添えられていたノックスさんの手が動いたかと思えば、彼はグッと私の身体を胸元へと抱き込んだ。


 ……えっ。



「「「!!!!!」」」

「さあね? どういう状況だと思う?」

「……???」



 今のこれがどういう状況なのか、私にもぜひ教えて欲しいところですはい。


 なんで私はノックスさんにハグされているんです??

 しかも軽いハグって感じじゃなくて、むしろぎゅーっとしっかり抱きしめられているからびくともしなくて、なんと私の頬はぴったりとノックスさんの胸板にくっついている有様。

 必然的に美形なノックスさんのお顔も近いし、背格好の近いハンスの服を貸しているのにハンスとはまた違った良い匂いがしてちょっとくらくらするというか、いやあの、えっ、何故……???


 予想外もはなはだしい謎の展開は私の理解の範疇を超え、思考がピタリと停止する。


 ……が、そのおかげで(?)ひとつわかったこともあった。

 アドリアーヌとクリセルダが先ほどぴぃぴぃ小鳥のように騒いでいたのも、ハンスが『めちゃくちゃ不機嫌です!』というオーラを出しているのも、私とノックスさんの距離の近さが原因だったのだと。


 ……たぶんというか確実に、錯乱状態に陥った私をノックスさんが落ち着かせている間に、意図せずして物理的な距離が縮まってしまったのだと思う。

 いやでもあれは本当に不可抗力なので許してほしい、なんせ私にとっては死活問題だったのだから。


 ……え、今?

 今の状況は不可抗力というよりも、ノックスさんが意図的に起こした行動なので私からはなんとも……。


 でも、三人がちょっと怒ったような雰囲気を醸し出しているし、私自身、異性に抱きしめられる経験なんてほとんどないから(シモンは家族みたいなものだからノーカン)、ほんと心臓が破裂しそう。

 お願いだから、切実に、今すぐにでも離していただけると助かるのですが……!!



「あーあ、残念」

(何が……?)



 三人の圧力と私からの要請により、渋々……といった様子ではあるけれど、ノックスさんはちゃんと離れてくれた。

 おかげでようやく適切な距離感というか、安心できるパーソナルスペースを確保することができて、私はホッと胸を撫で下ろす。


 ああ良かった、緊張しすぎて心臓が爆発するかと思った……。



(それにしても――)



 ノックスさんが渋々なのも、残念と言われるのも、なんなら役得と言われたことさえ納得がいかないというか、意味がわからないというか……。

 バチルダに比べれば見目も身体つきも貧相な私なので、あんな――さも私に好意があるかのような言動を取られると、正直に言って困惑しかない。


 自分が他人から好意を寄せてもらえるほどたいそうな人間だとは思っていないので、なおのこと私はノックスさんの言動に疑問しかないし、『何かそんなに気に入られることしたっけ?』と心の中で首を傾げる一方だ。

 そりゃあもう、首の旋回角度が人間の三倍はあると言われるフクロウもかくやと言うくらい。


 ひたすら戸惑う私をよそに、ノックスさんはアドリアーヌとクリセルダから追い立てられるようにして部屋から出て行き、あとに残されたのは私とハンスの二人だけ。

 ドギマギとすっかり早くなった心臓を深呼吸で落ち着けていると、ハンスは私のベッドの端にストンと腰を下ろした。



「ジゼル、どうしてアイツを部屋に入れたんだ」

「部屋に入れたというか、気付いたら入ってきていたというか……」

「は?」



 うぐ。な、なんだかハンスの威圧感が強い、ような……?


 声の調子はトゲトゲと非難めいているし、視線や表情からも同じような印象を受ける。

 なんというか、チクチク針で刺されているみたいな感覚がして、非常にいたたまれない心地になる。


 いやでも、ノックスさんは決してやましいことをしてきたわけじゃないし、なんなら私が助けてもらったくらいなんだもの。

 いったいハンスが何を怒っているのかはわからないけど、ノックスさんに対する誤解(?)は私がちゃんと解いておかなくちゃ。


 助けてもらった側として、それが果たすべき責任だと思うのよね……!



「クリセルダたちがハンスを呼びに行ったあと、私が……その、ちょっとしたパニックに陥ってしまったみたいで。それに気付いたノックスさんが落ち着かせていてくれたのよ」

「! 大丈夫だったのか?」

「ええ、もう大丈夫。ノックスさんが助けてくれたから」



 にこっと笑って、彼は悪い人じゃないよ〜怖くないよ〜と、私なりにハンスに伝えたつもり。

 ……だけどどうやら、ハンスはノックスさんの人となりではなく、別の点が気になったようで。



「悪かった。シモンがいない今、ジゼルが苦しんでいた時に、俺が傍にいてやれなかったなんて」

「そんな、ハンスが気にすることじゃないわ。アレは突発的なものだったんだもの」



 ずーん……と自己嫌悪で落ち込むハンスに、私は慌ててフォローを入れた。


 なんせハンスは昔から落ち込みやすいというか、けっこうネガティブになりやすい子なので、早めのフォローができるかどうかで気を持ち直すまでのスピードが大違い。

 それを経験則として私は知っているからこそ、ハンスの頭をよしよし撫でながら、あれは仕方のないことだったのよと懇切丁寧に伝え、余計なことを気負ってしまわないようにフォローに尽力する。



(ハンスはこの村の中じゃ頼りになる存在なのに、こういうところは昔から変わらないのよね)



 出会ったばかりの頃の小さなハンスを思い出し、感慨深いような、懐かしいような、なんとも不思議な心地になる。

 ……こんな気持ちになれるのも、ノックスさんが私を落ち着かせてくれて、心に余裕ができたからこそなんだろうな。



(それにしても――)



 自分が生まれ変わった自覚はあったし、別の世界に生まれ変わったこともすっかり受け入れているつもりだったのに、今さら前世関連で取り乱すことになるなんて思わなかった。

 しかもその上、前世と今の自分がぐちゃぐちゃのどろどろに混じって元の形状を失いかける、なんて予想外もはなはだしい。


 前世に読んだネット小説だと思い出すのは大体一瞬で、思い出してしまえばあとはあっさり馴染んでしまう作品が多かったから、てっきりそんなもんかとばかり……。

 事実は小説より奇なりとはよく言ったもので、まったくもって恐ろしい限りである。



「ねぇ、ハンス。私、きっと倒れてしまったのよね? ……あのあと大丈夫だった?」

「バチルダは黙らせて家に放り込んだ。レナードに監視させているから、ここに来ることはない。安心して休め」

(……うちの子、こんなに過激なことしちゃう子だったかしら?)



 ハンスの言動の過激さに、思わず私が宇宙を背負ってしまったのは言うまでもない。


 ……否、ハンスの所業を止めない双子とか、しれっと監視を任されているレナードも正直どうかと思う気持ちはあるけどね?

 そうは言ってもやっぱり、恐らく三人を先導したであろうハンスは別格なのでは? と思うわけですよ。



(でもまあ、()()()()()()()()()()()、のかな)



 落ち着いて冷静に考えれば、あの子にはそうされても仕方ないだけの理由がある――そう、冷徹な思考を回して判断を下した時、神妙な面持ちでハンスが口を開いた。



「……なぁ。ジゼルは本当に、シモンを襲った犯人は人狼だったと思うか?」

 

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