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一日目 夜

「ねぇ、ジゼル。ここはずいぶん賑やかになったね」



 同じ村に住む友人が体調を崩しているからと様子見に来た私へ、友人……シモンはふと、感慨深げに呟いた。


 日はとうに森の向こうに消え、あたりはとっぷりと夜闇に覆われている。

 人の目ではもう、ランタンのひとつもなければ遠くを見通せないほど暗いのに、ベッドから上体を起こしたシモンは外の様子を窺うように窓の向こうに視線を投げていた。


 昼間に畑仕事をしていた時もそうだったけれど、目の下にくっきりとクマが刻まれているし、顔色は相変わらず悪いまま。

 青や白を通り越して、いっそ土気色とでも言った方が近いんじゃないかと思うくらいで、本当ならおしゃべりなんてしていないで大人しく休んでいて欲しいところ。


 なのにシモンは『大したことはないよ』と言って、少し話をしないか、と渋る私を誘ってきた。


 『あくまでも精神的なもので体調面は問題がないから』というシモンの自己申告。

 それが真実か否か判断しかねた私は、迷った末に信じることを選んで、気晴らしのためのおしゃべりに付き合うことにした。

 これでシモンの気の病が多少なりとも落ち着いてくれるなら良いし……そうじゃないなら、いよいよ山を下り、麓の町にある医者に看てもらわなくちゃいけないから。



(確か明日はデリーが買い出しに向かう予定だったから、一緒に連れて行ってもらうように頼んでみよう)



 私が心の中でそんな算段をつけているともつゆ知らず、シモンがかけてきた声が冒頭の一言。


 若々しい見た目にそぐわない、なんともジジくさい発言だなぁと思うのだけれど、なにぶん私も似たようなことを最近考えたことがある身。

 盛大なブーメランになってしまうので余計なことは言わずに胸へとしまいこんで、そうね、と素直に頷くことにした。



「最初は私たち二人きりだったのに、今や八人だものね。それにもし、ノックスさんもここに住むことになったら、更に一人増えることになるわけだから……本当、にぎやかになったと思うわ」



 家族に、あるいは社会に捨てられた私たちが集まってできた、山間(やまあい)の小さな村。

 食べ物も道具も暮らす場所も、何もかも自給自足が基本で、どうしても足りないものや私たちの手で作れないものがある時だけは麓の町まで出かけて行って調達する。

 だけどそれ以外では、不必要に人の多い場所へ行くこともなければ留まることもせず、ずっと山にこもって信頼できる仲間たちと力を合わせて暮らしている日々。


 人によっては、こんな不便な暮らしは耐えられないのかもしれない。

 でも、私たちにとっては不便さよりも、人の多さの方がよほど耐えられなかった。


 何故なら家族に、あるいは社会に捨てられたことで、ここに住んでいる仲間たちはみな大なり小なり人間不信になっているのだ。

 私も、もちろんシモンだってその例外ではなくて、広く浅い関係を求められる町で暮らすのはひどく恐ろしかった。


 そんな誰を信じられるかもわからない場所で暮らすくらいなら、いくら不便でも人が少なく、信じられる仲間と寄り添い合って暮らす方がよっぽど安心できる。

 私たち含め、この村に集まっているのはそんな子たちばかりだ。


 私とシモンの二人から始まったこの暮らしは、少しずつ仲間を増やしていって、今ではなんと九人の大所帯。

 あと一人増えたら二桁の大台に乗るなんて、出会った頃には到底考えられなかった。

 ……そもそも、私とシモン以外にもここに居着く子がいるなんて夢にも思わなかった、というか。


 そして、だからこそ私たちはお互いを大切にするし、何があっても守ってみせると誓っている。

 自分と同じように傷ついてここへ辿り着いた仲間だから守らなければならない、という心理が働いているのだと思う。


 だから、そう、この小さな集落を人間らしく『村』と私たちは呼んでいるけれど、実体としては『群れ』に近いのかもしれない、なんて。そんなことを考えたりする時もあって。



「ジゼルはここが好き?」

「もちろんよ」



 答えのわかりきった問いかけに、間髪おかずに私は頷いた。

 貴方がいて、みんながいて、穏やかで平穏に暮らすことができる。



(こんなに幸せな暮らしを、私はほかに知らないもの)



 そりゃあ、前世よりもうんと前の時代の暮らしをする異世界に生まれ変わって不便を感じることも少なくないし、追いかけていたコンテンツ――とくに漫画や小説といった未完の作品がどうなったかは気になるけれど。

 推しは前世の私が死んでしまった時点の情報から更新されることがなく、むしろ時間が経てば経つほど記憶が薄れて色褪せていくのがなんとも切ないし、概ね平和で安全な日本で(いたずら)に暮らしていた頃が懐かしくなることもあるけれど。


 ……でも、戻れない過去への寂しさや悲しさ、悔しさといった感情は、今の私にとっては懐かしさとしてカテゴライズできるくらいには整理がついているものだから。


 少なくとも、会社勤めで心を無にして暮らしていた頃より、今の生活の方がもっとずっとうんと満足している。

 日々こなす仕事に対する気の持ちようは当然のこと、ささいな日常でさえも胸いっぱいの充足感があって幸せだ、と言い切ることができる。


 だから私はこの村が大好きだし――これからも、大きな波風が立つことなく、平穏無事な暮らしを続けていけたらいいと思うのよね。



「……そっか」

「シモン?」

「うん、うん。そうだよね」

「ねぇ、シモン。突然どうしたの?」



 ベッド脇の椅子から腰を浮かせてシモンの肩に触れ、一人得心を得ている彼にどうしたのかと問いかける。

 けれどもシモンは私の問いに答えることなく、肩に置かれた私の手を取りキュッと握った。


 私の手よりも、一回り大きなシモンの手。

 農具を使う彼の手は肉刺(まめ)が潰れては治ることを繰り返し、穏やかで優し気な面立ちからは想像もつかないくらいゴツゴツと固い手のひらをしている。


 ……恐らくは、体調が悪いせいなんだと思う。

 手のひらから伝わってくる熱が普段よりも低いような気がして、『やっぱり薬を煎じて持ってくるべきだったかもしれない』と思った私が口を開いた。


 けれども肝心の声を発する前に、夜闇の向こうをじっと観察していたシモンがぱっとこちらに振り向いて、にこりと微笑んで先んじる。



「大丈夫」

「シモン?」

「大丈夫だよ、ジゼル。君が心配するようなことは何もない」

「え」

「ここでの暮らしも、君が大切にしているあの子たちも。きっと俺が守るから」



 何を焦っているの、と訊けばよかった。

 訊きたかったし、訊かせて欲しかった。


 だけどシモンは私に何も言わせまいと、ぐっと手を引いて私を腕の中に閉じ込めた。

 捕まえるように、あるいは縋るように強く抱きしめられて、みし、と骨の軋む音が私の身体の内側から響く。


 ……正直に言えば、少し苦しいくらい。

 でも、何故かシモンは『何か』に怯えているみたいに小さく震えているから、私は『離して』と言うことも『力を緩めて欲しい』と言うこともできなくて。

 長年の連れ添っている大切な友人のために私ができたことと言えば、せいぜいシモンの背中に腕を回し、彼が落ち着くまで背中をさすってあげることくらいのもの。


 昔から、シモンが弱っている時には決まってこうしてあげるのが常だったので、これでちょっとは持ち直してくれたらといいな、と思う。

 彼が一体『何』に怯えているのかはわからないけど、私には言いたくないと思っているのは確かなようだし、それを悟ってしまった以上はこちらから無理やり追求することもできない。



(……どうか明日も、明後日も、これからも)



 ずっとずっと、シモンたちと一緒に笑って暮らせますように。

 そう心の中で私が願ったのは、シモンの様子がおかしかったからなのかもしれないし――あるいはそう、私の頭の中で警鐘を鳴らす不吉な予感が、数時間後の出来事を予見していたからなのかもしれない。






アオォ――――ン……






 夜の向こうから、狼の遠吠えが聞こえる。

 忍び寄る異変の足音は、もう、すぐそこまで迫っていた。


今作は一日一話ずつ、今日と同じくらいの時間に更新していく予定です。

実際の人狼ゲームに倣って、朝、昼、夕方、夜のフェーズで話が進んでいきます。

あくまでも『参考にしている』だけなので、実際の人狼ゲームや役職とは異なる設定も多いです。何卒ご承知おきを。


ブクマや評価等での応援もお願いできたら嬉しいですが、せっかくなので、元ネタをご存知の方は登場人物が人狼ゲームにおけるどんな役職をモチーフとしているかも想像しながら読んでみてくださいね!

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