5年、貴方を縛らせて。
第5回小説家になろうラジオ大賞参加作品です。
「5年、再婚しないで下さい」
死の床で夫にそんな約束をさせたのは、せめてもの意趣返しだった。
3つ年下の夫と結婚したのは私が19の時。
たった1年で終わった結婚生活は白い結婚だった。
「貴女は何もしなくていい。俺は貴女に何も求めない」
身内だけのささやかな結婚式の直後、彼は私にそう告げた。形の良い眉を不快げに寄せて。
無理もない。
生まれつき病弱で子どもも望めない。そんな女を押し付けられたのだ。上官――私の父であった騎士団長の命令で。
見目麗しく、将来有望な若手騎士だった彼。
たとえ疎まれても、私は彼の妻になれて嬉しかった。
たった一度、通りすがりに助けてくれた彼に、密かに想いを寄せていたから。
じきに私はこの世から消え、彼は自由を取り戻す。
だけどせめて。少しの間でいい。彼を私に縛り付けておきたかった。恨んでもいいから。どうか私を忘れないで。せめて5年――。
……という前世の記憶が蘇ったのは、奉公先のお屋敷の裏庭で、子猫を救出しようと勇んで木に登ったまでは良かったが、足を滑らせ落っこちて、
(ああ、お父様お母様、13歳で先立つ不幸をお許し下さい。私のやんちゃな性格はお屋敷奉公くらいじゃ直らなかったみたいです。引き出しの奥のどんぐりは庭に蒔いて下さい。あと応接間の壺を割ったのは実は猫ではなく私です……)
などと心の中で遺言をしたためていた時のことだった。
「大丈夫か」
耳元で聞こえた男性の声。
ぱちくりと目を開けると、屋敷の主人が私を抱きかかえ、眉を寄せて見下ろしていた。
(この表情どこかで……)
そう思った次の瞬間、頭の中にドバッと前世の記憶が流れ込んできたのだ。
ほげっと口を開けて彼を見上げる。
この屋敷の主人、29歳の若き騎士団長。前世で私の夫だった人。現在、独身。
「うそ……5年どころか13年……」
再婚話を断り続けているのは、亡き妻を今も想っているからだというのは有名な話。
「私、嫌われていたんじゃ……」
ぽろりと溢れた涙を目にし、「どこか痛むのか」と彼がさらに眉を寄せる。それは前世の結婚式の日に見たのとよく似た表情。
袖でぐいっと目元を拭い、手をパーにして彼の前に突き出した。
「5年!」
彼が目を丸くする。
前世の私と今の私。見た目も性格も全く違う。
でも変わらないことが1つだけ。
「あと5年、再婚しないで下さい!」
5年、貴方を縛らせて。
それまでに私、きっと素敵なレディになって、もう一度貴方を振り向かせてみせるから。
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