84~85
ちゃんと秘密を守る好美達。
-84 サプライズの為に-
メラが一の店でアルバイトを始めてから十数日が経過し、その日はピューアがいる「暴徒の鱗」での夜営業を手伝う日となっていた。
好美「いらっしゃい、お好きなお席へどうぞ。」
相も変わらず赤いバンダナと黒いTシャツの姿での拉麺屋の仕事が板について来た好美、ただ深夜に店に来る客は居酒屋として利用する人達が多く見受けられた。
顔を赤らめた客が〆としてラーメンを頼む人もちらほらいるからこの店の本来の姿は保たれている気がする。
そんな中、深夜3:00頃に客足が落ち着き少し暇になった店の調理場で叉焼を切りながらピューアが切り出した。
ピューア「好美ちゃん、ちょっと良いかな?」
好美「どうした?」
ピューア「最近メラが家に帰るのが遅い気がするのよ、私に何か隠しているのかな。」
目の前の人魚は妹が一の経営する「暴徒の鱗」の1号店でアルバイトを始めた事を知らない、サプライズはまだ執行されていない様だ。
好美「ごめん、私も最近会っていないから何も知らないの。」
嘘だ、一の店でしっかり働けているかちょこちょこ様子を見に行っているのだ。それに階は違えど同じ屋根の下に住んでいるから必ずしも全くもって会わないとは限らない。
この事は光も知っていた、実はメラがアルバイトを始めてから数日後に娘のガルナスが一緒に働きたいと申し出て陸上部が休みの日にお小遣い稼ぎとして働いていた。
光「社会勉強になって良い事じゃない、それに親戚の店だからもしもの時にも安心して娘達を預ける事が出来るし。」
光もメラのサプライズに協力していた、しかしいつまで騙すような事をしなければいけないのだろうか。
好美はピューアの誕生日を知らなかった、さり気なく聞こうかと思ったがどうやって切り出せば良いのか分からない。好美は正直頭を悩ませていた、ただ今はいち拉麵屋のオーナーとしての仕事を全うすべきだとも思っていた。
そんな中、店の固定電話に一件の着信があった。その客によればどうやら店を予約したいようなのだが、どう考えても聞き覚えのある声。
客(電話)「明後日の19:00に2名で予約したいのですが。」
好美「分かりました、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。」
客(電話)「えっと・・・、チェ・・・。いやダルランでお願いします。」
相手の事情を察した好美は少し笑いながら予約を承った、日にちを指定した理由も大体検討が付いていた。
好美「かしこまりました、明後日の19:00ですね。ご来店お待ちしております、では。」
電話を切ると好美はたった今予約を入れた客に『念話』を飛ばした、これでは電話で予約した意味が無い様な気がするが。
好美(念話)「明後日なの?お姉さんの誕生日。」
たった今予約の電話をして来たお客、メラは好美に全てを見透かされた事を恥ずかしがっていた。
好美(念話)「それに明後日は給料日だもんね、初給料でお祝いって事?」
そう、明後日は「暴徒の鱗」全体の給料日。ただ、いちお客としてちゃんと予約を入れて姉の誕生日を祝いたいとの事だ。時間を19:00に指定したのもしっかり準備をしてからが故だった。
メラ(念話)「あの・・・、お店の魔力保冷庫(冷蔵庫)にケーキを入れて置いて貰う事って出来ますか?」
好美(念話)「ふふ・・・、結構本格的に準備するのね。いいよ、イャンダに言っとくね。」
メラ(念話)「あの・・・、それでなんですけど・・・。」
好美(念話)「ん?どうした?」
メラ(念話)「ケーキ・・・、作りたいんです。」
思った以上に本格的なお祝いをしたがっている様で好美もここまでとは思ってもいなかった、ただひたむきな人魚の為に可能な限り協力しようと誓った。
-85 準備開始-
翌々日、そうピューアの誕生日。夜勤を終えた好美は今夜の為に早めに寝ておく事にした。
これは前日の話だが、ケーキの件をイャンダに伝えると乗り気になった店長は店を貸し切りにして祝おうと申し出た、店の関係者総出で祝おうと言うのだ。
メラの希望通りケーキは本人の手作りにする事になった、材料は本人がバイト代で買うと言っていたが折角のお祝いだからと店の方からも半額を出す事になった。勿論好美も了承済みだ。
ケーキは店の厨房の奥の小部屋で作る事になった、しかし1つ懸念すべきことが。
好美「イャンダ、ケーキなんか作れんの?」
今は拉麵屋の店長だが、正直言って元軍人のイャンダにお菓子のイメージがない。しかし目の前の元竜将軍の目は自信に満ち溢れていた。
イャンダ「おいおい、一応元厨房担当だぞ。ケーキなんて朝飯前だっての。」
その時、小部屋の外から2人の会話を聞いていた副店長のデルアが声を掛けて来た。
デルア「まさかと思うが、いつものロールケーキを作るつもりか?」
好美「いつものロールケーキだって?」
そう、当時バルファイ王国で厨房を任されていたイャンダは王族のおやつ当番になった時に必ず同じロールケーキを作っていた。
それを聞いた好美は早速パルライに『念話』で詳しく聞く事にした。
好美(念話)「パルライさん、イャンダってロールケーキが得意だったの?」
パルライ(念話)「美味しいかった事は美味しかったけど、正直毎回だったから飽きちゃってたんだよね。まぁ、味は保証するよ。」
一応好美が確証を得たのでイャンダが得意としていたロールケーキを作る事になった、その事を聞いたメラは嬉しそうな笑顔を見せてアルバイトへと向かった。
翌日、遂にその日が来た。この日は学校が昼までだったのでメラは早速マンションに帰ると1階の店舗部分へと向かった。気合を入れ、エプロンを締めた人魚は早速イャンダの指導の下でロールケーキ作りを始めた。
メラにはセンスがあったらしく、作業はてきぱきと行われたので思った以上に早く生地が出来上がったので早速焼成に入る。
イャンダ「良い具合に焼きあがったな、俺より上手いんじゃねぇか?どれ、ちょっと1口・・・。」
デルア「やめとけよ、ちゃんとそのままの形で置いておこうぜ。」
イャンダ「冗談だよ、それにクリームも何も乗せてないんだぜ。ほら、お姉ちゃんの為にちゃんと飾りつけしないとな。」
厚めに焼きあがった生地を切り分け、間にクリームや果物を加えていく。因みにクリームには隠し味としてピューアの好きな紅茶を混ぜ込んでいた。
切り分けた生地を改めて元の形になる様に重ねていきその上からクリームを塗りたくっていく、後は蝋燭を指すだけとなっていた。
冷蔵庫に出来上がったケーキを入れるとメラは空いた時間を利用して予め誘っていたガルナスと共にプレゼントを買いに行った、ケーキ作りに協力した2人は作戦がバレない様に通常の業務に戻った。
数時間後、夕方の昼間の営業時間を終えたデルアは店先に「準備中」の札を掛けて来た。これが後で「本日貸切」の表示に変わるという訳だ。
さて、重要なのはどうやってバレずにピューア本人を店舗部分に連れて来るかだがあっさりと決まってしまった。
1306号室にいるであろう人魚を好美が一応『探知』と『瞬間移動』で連れて来るという算段になった、一先ずアイマスクを用意しておこう。
メラとガルナスがプレゼントを手に店に戻ってくると、パーティーの為に料理を作り始めた。店には一応パーティー用のコースがあるのだが、今回はピューアの好物ばかりを作る事になった。
妹が言うには姉は辛い料理が好物らしく、こっちの世界で言う「四川料理」が何よりも大好きだそうなのだ。
好美の提案でたっぷりの麻婆豆腐と、中身を辛く味付けした点心料理を数種類用意した。
用意した春巻きや餃子、そして豚まんは生地の色から見た目は普通の物でも中身の餡がかなりの辛さを誇っている様だ。
遂に予約時間の19:00が来た、好美が部屋にいると思われるピューアの居場所を念の為『探知』した。好美と同じ夜型の本人はベッドでぐっすりと眠っている様だ、もう人化まで解けてしまっている。
好美はメラを連れて1306号室に『瞬間移動』すると、妹が姉にアイマスクをかけて再び店舗部分へと『瞬間移動』した。驚いて目を覚ました姉は急いで人化したが、状況が上手く掴めずにいた。妹主催の、サプライズパーティーの始まりだ。
拉麺屋ならではのパーティー開始。