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上客の来店を喜ぶナルリス。
-77 思い出に浸る-
ナルリスはいちレストランのオーナーシェフとしての対応をしっかりしようとしたが、相手は同級生で昔からの友人だからと制止した。どちらかと言うと久々の再会を懐かしんで欲しいというのが本望だとの事。
この日予約してきた上客にとって目の前の吸血鬼は特別な存在であった、ただのシェフではなく「命の恩人」といったところか、今でも上客はナルリスに感謝していた。
それが故に硬くならずにフランクにして欲しいと言った。
上客「あの時の料理、また食べに来たぜ。」
ナルリス「他にも料理はあるのに、いつもあれだな。」
メニューを見る事無く、いつも同じ料理と赤ワインを頼む上客は他の物を頼む気はさらさら無かった。いつも同じものを頼み「あの日」を懐かしむ、ナルリスの店に来るのは乗客にとって特別な意味を持っていた。
ナルリス「待ってろ、いつもの美味いやつ作って来てやるからな。」
上客「ああ・・・。」
この上客に出す料理は、普段のメニューには載せていない特別な物で2人の思い出の味だ。この料理に救われた、この料理があったから頑張れる。そして、今がある。
ナルリスは調理場に戻ると、ハンバーグを焼き色が付く程度まで焼いた後にデミグラスソースの入った土鍋で煮込み出した。
店中に普段から広がっているデミグラスソースの香りが濃くなってきた、上客はいつもこれは料理の出来上がりが近づくサインだと語っていた。
熱々の土鍋で提供するが故の鍋敷きをミーレンが什器と共に持って来た、これもいつもの事なので上客は慣れているかのようにテーブルの真ん中を空けている。
何故か2人分の小皿を一緒に持って来る、これもいつもの事。ただ不自然なこの行動は2人の関係を知るミーレンの心遣いからだった。
土鍋の中でデミグラスソースがぐつぐつと湧き始める、いよいよだと感じたナルリスは鍋掴みを手にはめて提供の準備に取り掛かった。と言ってもまだ提供はしない、チーズをハンバーグの上に乗せてオーブンで焼くのがこの料理の最終工程。
チーズが溶けたら完成、提供へと移る。熱々となった土鍋を両手でしっかりと掴み上客の下へと運んで行く。
ナルリスも上客も自然と柔らかな笑顔がこぼれていた、2人にとっての思い出の味。またこれもいつも通り、デミグラスソースの香りと共に蘇る当時の思い出に浸る。
この客が来る時は他の客は誰1人来なかった、いや来る訳が無かった。2人の関係を知るミーレンがこっそり「本日貸切」の札を出入口にかけていたからだ。「いち友人」としてゆっくりと語り合って欲しい、この時だけは昔に戻って欲しいとの心遣いで光に許可を取って行っていた。
許可を出した時、上客とナルリスの事を聞いた光は涙を流しながらこう語った。
光「相変わらず、優しいんだから。私も良い旦那と良い仲間を持ったもんだわ。」
ナルリスは思い出の詰まった料理を持参して一言。
ナルリス「お待たせいたしました、煮込みハンバーグ・チーズ焼きグラタン風でございます。」
いつもはやらないのだがこの客が来た時は特別、そして提供を終えたナルリスは友の向かいにゆっくりと座った。
ナルリス「さぁ、あの時の料理だ。たんと食べてくれ。」
提供された料理に手を延ばし、熱々のデミグラスソースをスプーンで掬って1口。
上客「これだ、本当にありがとうな。友よ。」
ナルリス「何言ってんだよ、当たり前の事をしたまでさ。ほら、冷めない内に食えよ。ロラーシュ。」
上客の正体はダンラルタ王国の大臣、ミスリル・リザードのロラーシュだったのだ。
当時ブロキント率いるゴブリン達が日々掘削に勤しむミスリル鉱山でつまみ食いをして減俸処分を喰らった際、自分を見つめなおそうとたまっていた有給休暇を利用して一人旅に出ていた。目的地も決めず、ただひたすらに軽トラを飛ばしてふらりと辿り着いたカフェで味わったのがこの料理。
空腹だったが金をあまり持たずにいたのでコーヒーのみを注文していたロラーシュの様子を見た当時カフェでバイトをしていたナルリスが、店主に頭を下げて余っていた食材を使い友人のよしみで食べさせたのがこの料理との事。
ロラーシュは涙を流しながら噛みしめる様に食べていた、そして1部分を小皿に取ってナルリスに手渡した。これも思い出に浸るためと吸血鬼は決して断らなかった、この行動は互いに感謝しているが故の物だったからだ。
感謝と思い出の味。