やっぱり
―私の個人的な話を真剣に聞いて下さって、しかも心を痛めてくれているみたい。本当に申し訳無いわ―
レイティアとしては逃走を図った時点で腹はくくったので、婚約も過去のもの、ぐらいに思うくらいだ。長い間婚約関係にあったけれど政略上の都合のものだったから、元々お互いに恋愛感情は無く強いて言えば将来国を共に支え合う友人くらいの感覚でいたのだ。
将来の為に学ぶことがあり、共に競う良き同士のような。あまりに幼い時から一緒に居たのが良くなかったのだろうか。恋愛という発想にもならなかったのだ。レイティアは皆が振り向くような美しさ、ミハイルだって金髪碧眼のいわゆる眉目秀麗な男子の部類。なのにときめくことは無かった。
だからと言って、他の誰かを心惹かれたりとかそういったことも無い。結局のところ、学ぶことに忙しくそれどころでは無かったのだ。それは傍目にはミハイルに一途に見えたらしく、婚約中は美談として語られたりしていた。長年の純愛とかなんとか。
それがある日一方的に婚約破棄、挙げ句に隣には別の女性。関係性は分からないけれど、夜会という場所で隣にいるからには次の特別な女性にするつもりなのだろう。純愛とは聞いて呆れる。
更にはどういった感情からかわからないが、ミハイルはレイティアを罪人にするつもりだ。改めて整理しても酷すぎる話だ。
―全く何を考えてあんなことしたのかしら。周りに諌める人は居なかったの?…考える程、王都に留まるのは危険しかないわ。家族には悪いけど、やっぱり一旦は王都を出る!―
「…あんたの、いやレイティア嬢か。事情は概ね分かってきたよ。やむにやまれず逃げてきたところに俺がいて、ぶち当たったって訳だ。邪魔して悪かったな」
「とんでもない!カイン様があの場所に居てくれたからゴロツキに襲われずに済みましたし、追っ手から、えーと離れることが出来ました?」
レイティアからすれば助けて貰ったのだが、元々カインにはその予定もなかった。今後のレイティアの行動に責任を感じずに済むよう、敢えて助けられたという言葉は使わないでおいた。
「とんだ遭遇だったが、役に立てたようで良かったよ」
「…最後は怖かったですけどね!」
「ハハハッ。悪かったな、良かれと思ったんだがやりすぎたらしい」
「本当にやりすぎでしたわ。私、空を飛んだのは初めてでしたもの。フフフッ」
笑顔のレイティアに思わずカインも笑みになる。凛とした時も美しいが、笑うと年相応の可愛らしさも見えるのだ。
―本当にどうしてこの子が、こんな目に合わなくちゃならないんだろうな。ただ俺に何が出来るのかというと…―
「さて、次はこれからどうするかという話なんだが」
「私はこのままひとりで王都を出ようと思います。夜まで待てば、また少しは進めると思いますので。ここまでお世話になり、本当にありがとうございました」
「待て待て。そんなにすぐに決めなくてもいいんじゃないか?」
「でも、これ以上ご迷惑を掛けるわけには…」
これ以上優しくされてしまっては、独りで逃げるのが辛くなりそうだ。一刻も早くここを立ち去るのがよいのではないか、そう思い始めるレイティアだった。
「…さっき俺は騎士だと伝えたが、実は隣国、ステイトス帝国の騎士なんだ」
「まぁ!そうだったんですね!それで騎士服なども王国の騎士とは違っていたのですか」
「服は、そうだな。そもそも、それに気付かれないようにマントを来て隠遁の魔法を使っていたはずなんだが。なぜかレイティア嬢にぶつかられたんだよな」
「よく分からないんですけど、気付いたら目の前にカイン様がいたのでぶつかるしか無かったのです。すいません」
レイティアが少しシュンとする。
「それは別に気にしないでくれ。こっちの話だった。まぁとにかく、俺はこの国の騎士ではないからレイティア嬢をどうこうする資格も義務も無いんだ」
「はい」
「かといって、今までの話を聞いてレイティア嬢をすぐに独りで旅立たせる気にもなれない。何故なら、今独りで逃げたってあっという間に捕まるからだ」
「うぅ、逃げるのには自信があるんですけど…やっぱり無謀でしたか?」
「ハハッ、そりゃそうだろ。悪く思わないでくれよ?俺みたいな騎士からしたらな。でも、だからこそ少し時間をくれないか?ハッキリと言えなくて申し訳無いが、何か力になれないか考えてみるよ」
カインは明らかに任務外の出来事に自らの意思で関わり出したのだった。




