何があるのか
「一体何をやったらああなるんだよ?!ふざけんな!」
仲間をやられてキレた1人が更に殴りかかる。それを見た騎士は冷静にかわし、やはり軽く触れると相手は崩れ落ちる。もう残り二人は恐怖が顔に出ているが、それもそうだろう。圧倒的優位だと思っていたのに、何が起きたか理解出来ないうちに仲間が倒れ気を失ったのだ。
「もう終わりか?」
騎士がニヤリと笑いながら言う。
「うるせぇ!ふざけんな!」
レイティアは逃げればいいのにと思ったが、男達は懲りずに騎士に襲いかかっていく。ついには短剣も出したが結果は同じだった。騎士にとっては武器があってもさほど変わりないらしい。切りかかってくるのをサッとかわし、短剣を叩き落とす。すると男は倒れてしまうのだ。相手に手が触れたら倒せる技、ということなのか。
―何が起きてるかわからないけど、すごい強さだわ!ゴロツキもまさかこんなことになるとは思わなかったでしょうね―
あっという間に最後の1人も倒れてしまった。とても優秀な騎士なのだろう。レイティアはポカーンとした顔でただ眺めていた。
「すまん、待たせたな。」
「いいえ!つ、強いんですね」
「たいしたことじゃねぇよ。ところで立てそうか?」
「…え、えぇ。大丈夫です」
色々あって混乱していたが、彼は任務でレイティアを捕まえに来た騎士なのだ。ぶつかって迷惑をかけた上に、なぜかゴロツキまで倒してくれた。面倒事を避けようとしたのだろうが、同じ捕まるでもゴロツキに身ぐるみ剥がされた後では乙女としてさすがに辛すぎる。任務上とはいえ助けて貰った恩を返す為に、是非とも彼に捕えられなければ。
ゴロツキは皆倒れたが、王宮からレイティアを捕えに来た一団はもう眼前まで迫っていたのだ。各々が持つ松明などによって、レイティアの周囲は明るく照らされだした。騎士が手を差し出す。ボロボロのレイティアを気遣ってくれているのだろう。どこまで親切なのだろうか。レイティアは素直に手を差し出し引き起こして貰う。
「ありがとうございます」
騎士が屈んでくれたので、こちらは上目遣いになりその時初めて騎士の顔をハッキリと見ることが出来た。今まですっぽり被ったフードに隠れていたその顔は、とても整っていた。美しいとも言える。サラリと落ちる前髪は少し長めだか、漆黒の闇を思わせる艶やかさだ。スッとした鼻筋、切れ長の目、正に見目麗しい騎士だ。
驚いて思わずジッと見つめると、騎士と目があった。その瞳に吸い込まれそうに感じてドキッとする。今までなんともなかったのに顔が見えた途端にドキドキするなんて現金な話だ。赤面してしまった事を気付かれない様に願う。
身体は痛いが、気持ちを奮い立たせて起き上がった。これから冤罪で捕まるかと思うと残念だが、この騎士の手柄になるなら少しは捕まって良かったと思えるかもしれない。
「身体は大丈夫そうか?」
「えぇ、なんとか。最後まで優しいんですね。ゴロツキまで倒して下さって、色々とありがとうございました。私の事どうぞ捕まえて下さい。」
「…ハハッ。だからさっきから人の話を…」
騎士は何かを話したかったようだが時間切れだ。ついに王宮からの一団が追い付いたのだった。先頭の馬上の人物から声が掛かる。責任者なのだろう。
「そこの者達。こちらは王国騎士団だが、皇太子殿下の命により人探しをしている。1人は女性だな?顔をこちらに見せなさい。」
レイティアが一歩前に進み出ようとするが、なぜか騎士が急に手を掴んで離してくれない。驚いて恥ずかしくなったが、後ろを振り返る。
「あ、あの。これは一体…?」
レイティアは顔が赤くならないよう内心で祈りつつ、騎士に問いかけた。騎士は少し困った様な照れた様な表情だ。あんなに強い騎士のなんとも可愛い顔にまたドキンとしたが、そこは気にしない振りをした。
「…はぁー…。もうしょうがないよな」
「なにがですか?」
「…ひとつだけ約束してくれるか?これから少しの間大きい声を出さないって」
甘く囁くような声でお願いされてしまい、理由も分からないがとりあえずコクコクとうなずく。赤面してしまったのは言わずもがなだ。
―もうなんなの?格好良い人は声まで格好良いの?さっきまで全然気付いて無かったのに私ってば!ただの任務上のお願いなんだから気にしちゃダメよ!―
「自ら来ないのならこちらから確認しに行くぞ。君達下手に動かないように!」
責任者が手綱を操り馬を更に近付けてくる。いよいよ最後の時ようだ。レイティアが騎士を見つめると、フッと軽く微笑まれた。
「…約束忘れんなよ」
騎士の手がレイティアの背中に回されたと思ったら、あっという間にいわゆるお姫様抱っこになっていた。
「きゃっ!」
―そうだ!声を出しちゃダメなんだった!―
慌てて自らの口を手で塞いだ。騎士がレイティアを見てコクリと頷く。
「行くぞ!」
「?」
言葉と共に騎士が力強く地面を蹴ると、レイティアを抱きかかえたまま空中へ高く飛び上がると近くの家の屋根に着地した!
「よく我慢したな。もうすこし…」
「…キ、キャーーーーッ!!」
「お、おい!ちょっと待て!!」
「人さらいーーーー!!!」
ちょっと待てと言われてもお姫様抱っこされたり、空高く飛び上がったりそもそも一体何をするつもりかも分からない。全てにおいて、レイティアの理解の範囲を越えてしまったのだ。思わず人さらいと叫ぶくらいは仕方ないことなのかもしれない。
そしてそのまま意識を手離したのであった。
「おおーい!」
騎士の腕の中には意識の無いレイティアがいるばかりだった。




