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屋根の上で

 


 レイティアは、しばらく無言で川を見つめていた。この小さな灯りの一つ一つには住む人々がいて、それぞれの暮らしがあるということを胸に刻んでいた。そしてだいぶ時間がたってから、隣にカインがいたということを思い出した。



「すいません、カイン様!素敵な光景だったので、つい時間も忘れて見入ってしまいました…」

「別にいいんだ。気にしないでくれ。レイティア嬢の気分転換に来たんだから、気に入ってくれたなら何よりだ」



 カインからすればほんの少し移動したくらいで、こんなに喜んでもらえたのだから何の問題もない。勿論、ただ喜んでいるとも違う含みがあるのは感じていた。



「…ありがとうございます。なんと言ったらいいかわからないんですが、ここに来られて良かったです」

「俺も任務で何度か王都には来ていてな。その時ここを見つけて、それ以来王都の任務の際は大抵来るんだ。まぁ人ん家の屋根だけど」

「そう言われてみればそうですね、フフッ」



 さぁ行こうと、人の家の上に意気揚々と向かうのも変な話だが本当にちょうど良い具合の家だった。下から見えづらく、上から見易いし座りやすい形状の屋根なんて、住人も考えて造ったわけではないだろうに。



「なぜだかわからないんだが、味わい深い景色と言うか。不思議と惹き付けられるんだ」

「わかります。華やかな過ぎないところが居心地良くて、流れを見ていると色々なモヤモヤも流れていってくれるような」

「そうだな、そんな感じもあるかもな。この後下に降りて少し歩こうかと思っていたんだが…もう少しここにいるか?」



 ずっと座っているのも疲れるし、せっかく外に出たのだ。カインは、夜とはいえ多少散歩してみるのも悪くはないと思っていた。



「それでもいいですか?もう少しだけ…次はいつ見に来られるかわからないですし」

「そんなこと言うなって。またいつでも俺が連れてきてやるよ」

「本当ですか?じゃあ約束してくれます?」

「あぁ、約束は守るさ」

「良かった!楽しみにしてますね」



 レイティアがこんな小さな約束に喜んでくれている。カインはそれを見ていると、例えいつになろうとも必ず約束を果たそうと思った。先のことは全くわからなくとも、それだけは必ず。



「…この国に生まれて、何の因果か王太子の婚約者候補になって。王太子を支える為、国の為にと一生懸命努力してたくさん学んできました。けれど、国の為と言いながら本当の所がわかっていなかったようです」

「今までの私の思う国の為と言うのは、無意識に王家や貴族にとってプラスになることと捉えていました。本当はもっと思慮深くならなければいけなかった。国の為というなら、そこへ暮らす全ての国民の為になることを考えなければなりませんでした」

「…あぁ」



 カインにとっても身につまされる話だ。実際に執政に関わることは無いにしても、皇族としての心構えはそうあるべきだと。そうありたいと思う。しかしまた、それが難しいのも事実で。古今東西、何処の国でも権力者が長く力を持ちすぎるとどんどん腐敗していくのが常なのだ。



 レイティアの歳でこれ程に聡明でも、人間初めから何でも理解出来る訳ではない。色々な経験、レイティアにとっては今回の婚約破棄の件がより考えを深めるきっかけになったのだろう。



 そしてカインは思う。ここまで聡明なこの1人の少女を国をあげて犯罪者にしようとしている、王太子の愚かさを決して見逃すことは出来ないと。今はどうすることも出来ないが、だか必ず。



 そんな思いで川を見つめていた。




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