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夜の散歩

 


 その日の夜になり、宿屋の宿泊客の様子を見ながらカインがやって来た。ゆっくり過ごすのもたまにはいいなと思ったけれど、やはり外に出られると聞けばワクワクしてしまう。



 ―久しぶりに外に出られるからワクワクするだけで、カイン様と一緒だからとかは関係ないはず!―



「それじゃあ行くか!覚悟はいいか?」

「はい!って覚悟?覚悟ですか?用意はいいんですけど」

「用意も覚悟も同じようなもんだろ?」

「はい?」



 窓を開けながら、カインは言う。空気の入れ替えをするのかなと疑問に思いつつレイティアが見ていると。



「よし!行くぞ!この前みたいに声は出すなよ?」



 何を言っているか理解できずに混乱していると、カインの腕がレイティアの背中と足にスッときていた。気付いた時にはもう遅い、お姫様だっこの完成だ。



「―――!!」

「すんでの所で我慢したな。えらいえらい。じゃあ、その調子で頼む」



 レイティアが黙っているのは驚きすぎただけなのだが、カインは気にせず窓枠に足を掛ける。一瞬全身にグッと力が入り、窓枠を蹴ると同時に一気に跳躍する。まるで野生動物を思わせるようなしなやかな跳躍だ。



「俺がいいって言うまで声は出さないでくれよ?特に人攫いなんて、絶対止めてくれ」

「ーっ!!」



 前回と同じ状況だが、やはりレイティアは余裕がなく必死に手で口を押さえていた。前回よりはましだが、唐突であることに変わりはなかった。



 ―カイン様、連れ出して下さるのは嬉しいけど…。なんでまたこの方法なの!?ビックリするし、それにお姫様抱っこって…。密着するから恥ずかしいし、カイン様のお顔も近いから…余計にドキドキしちゃうじゃない!!―



 レイティアは自分の早くなった鼓動が、赤くなった顔が気付かれてしまわないか気が気でなかった。ところが実はカインの方でも…



 ―深く考えてなかったけど。この体勢っていわゆるお姫様抱っこってヤツか!?なんか距離近いし、レイティア嬢の顔もよく見えるから…って俺は色々意識しない!宿屋から抜け出すためにはこうするしかなかったんだ!―



 ということで、宿屋からは無事に抜け出したが二人とも不自然に普通に演じる羽目になっていた。



 カインが華麗な跳躍を決めて着地したのは、宿屋の隣の居酒屋の屋根だった。そこで下ろしてもらえるのかと思って、レイティアは身じろぎした。



「すまないな。ここでは下ろせないんだ。まだまだ進むから、もう少し喋るのは我慢してくれ」



 そう言われて、レイティアはコクリと頷きおとなしく身体の力を抜いた。それを確認したカインは、もう一度しなやかな跳躍を披露する。今度はもう一段高い場所へ着地した。そしてそこから更に二度、三度と華麗に跳び続けた。



 この芸当が騎士なら出来るのか、カインだから出来る事なのかレイティアにはさっぱりわからなかった。とにかく異次元の境地に達していた。これまでの人生で屋根から出掛けた事など無いのだから。



 そうしてしばらくすると、下町の中心部から少し離れていることに気付いた。王都を流れる川を見下ろせる場所だった。カインは

 そっとレイティアを離すと、座るように指し示した。



 そこは三階建てで屋根が比較的緩やかなので座りやすかった。屋根に座りやすいなんてあるとは、レイティアも初めて学んだが。そうして座ってみると、下町の家々の小さくも優しい灯りが川に反射して夜でもキラキラと美しい。



 貴族街の豪勢で華やかな灯りも綺麗だが、今のレイティアにはこの慎ましやかな灯りの美しさが胸に響いた。





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