とある場所にて
王宮内のとある一室にて。周囲は厳重に人払いされている。
「まだ見つからないのか!たかだか女一人に何を手間取っている!」
「申し訳ありません。途中までの足取りは掴めたのですが、そこからが…。協力者がいたのか、人攫いにあったのかはっきりしていないのです」
激しく叱責されているのはどうやら王国騎士団の人間らしい。青ざめた顔をしているが、襟章を見る限りそこそこの地位にいるようだ。そして叱責しているのはミハイルだった。
「それを調べて捕らえることが出来るからこそ王国騎士団なんだろ!?女一人すら捕まえられないなんて、とんだ役立たずどもだな」
「まぁ落ち着いてください殿下。しょせん女の足では遠くまで行けませんから、じき見つかるはずですよ」
怒り心頭のミハイルを軽くなだめる人物がいた。なだめるというより、聞き流しているに近いかもしれない。王太子の言葉を聞き流すなんて、と思うがその人物はシューベル王国の宰相であるコルベイ・バスティン侯爵だった。
「それならばいいが…。そもそもお前が夜会で断罪すれば、婚約破棄がスムーズになると言ったんだぞ!なのに正式には未だに婚約者のままではないか。これではいつまでたってもリリスと婚約出来んぞ!」
夜会の断罪でレイティアは婚約破棄を受け入れたが、両家で書簡を交わしたり議会に通したりは勿論出来ていない。本人達からすれば既に破棄したと思っているが、公式的には婚約者のままなのであった。
「私は殿下に夜会の皆がいる場所で断罪をして、彼女に罪を認めさせて捕縛までしなさいと進言しましたね?なのに殿下は罪を認めさせる事も出来ないばかりかそのまま捕り逃したではありませんか」
「うるさい!いいから早く捕まえてこい!父上が病に倒れている今だからこそ、私の好きなように動けるのだぞ!」
「承知しております。至急見つけられるよう、全力を尽くします」
レイティアは知らなかったが、やはりミハイルは突然婚約破棄を決めた訳ではなく、事前に計画は練られていたのだった。それが順調に行かなかったのは計画が杜撰だったのか、それともミハイルが大雑把だったのか。
「全く、少しは私の役に立つように努力しろ!私はリリスに会いに行ってくる!」
語気も鋭く言い捨て、ミハイルはそのまま立ち去ってしまった。密談にもならないようなあっという間の時間だった。
勢いそのままにカツカツと早足で通路を歩く。人払いしてあった区域を抜けて、そのままリリスのいる部屋へと向かう。立場上何者でもないリリスを、王太子権限で自由に出入りさせているのだ。
勿論反対するものもいたが、所詮王太子の権力には敵わないのだ。ミハイルの思う通りになった。通路で侍女や使用人に出会うが、邪魔だと言わんばかりにぶつかってやる。…それを見ている貴族達の非難するような目には気付かぬままだった。
先程の部屋に取り残された宰相は、騎士に声を掛ける。
「もう、下がってよい。引き続き捜索の手は緩めることの無いようにな」
「はっ!かしこまりました!」
そして、誰もいなくなった部屋で一人ソファに腰掛ける。
「使えぬ奴ばかりだな…。言われたことすらこなせぬとは。所詮凡愚のなすことだな」
誰に聞かせるともなく宰相は呟くが、内容が不穏である。誰に対しての発言なのか…
「せっかく舞台を整えてやったのに、事の一つも成せぬとはなぁ」
ふむ、となにやら思案しているが。何を目指して計画をしているのか、それを知るものは未だいない。
「王太子などと言っても、何一つ自分で考えもせず動けもしない。あんなものを王太子に立てるから、こんな事態になるのだよ。まぁ、こちらには好都合だかなぁ。己がマリオネットといつ気付くのやら…」
ハハハッと独り笑う声が、誰もいない王宮の部屋に響いていた。




