起きてくれるか
レイティアに魔力が無いと分かっても、婚約解消の申し出はなかった。表向きは魔力の有無は、本人の地位や能力に何も関係無い事になっているからなのだろうが。
だが、それでも王室であれば何らかの理由をつけて婚約解消は出来たはずだ。それをしないということはレイティア以外の適任者が未だいないということだと思い、婚約者としての努力を粛々と続けてきた。
ミハイルも勿論レイティアの魔力の事は伝えられていたが、特に触れては来なかった。なのに、それから何年もたって今更資質不足を問われるとは。そして、その資質が魔力!笑えるではないか。
それならば、魔力が無いと分かった時に婚約解消すればよかったのだ。そこから何年も努力を重ねてきた時間は単なる無駄でしかないではないか。
レイティアは所謂政略結婚でミハイルの妻、つまりは王妃になる。しかし冷淡な関係ではなく、友人のように寄り添って共に国を守っていくつもりだった。
だが、今ではそれすらも難しいだろう。もはやレイティアは、ミハイルと友人として接する事も出来ない。今まで何年もかけて築いてきた関係性も、努力も全て無駄だったと思うと全身の力が抜けるような思いだった。
レイティアからすれば、いつでも婚約解消してもらって構わない。だがそれは王家からの要請であるべきで、レイティアとミハイルの個人的感情で行うようなものではない。レイティアにはゴードリック公爵家の娘として、責任と矜持があったのだ。
元々望んで婚約者になった訳ではない為、レイティアにとっては他人に敷かれた平坦なレールをずっと走っている感覚だった。それが今では、なんとも辛いいばら道へと変化を遂げた。
けれど自分に課せられた使命は果たそうと、そう決意したのだ。それはレイティアにしか出来ないことだから。
―そうだった。色々言われたけど、頑張ろうとしたのよね。あの時あんな決意しなければ良かったわ…―
そうレイティアが決意して数ヶ月、ミハイルの態度は悪化する一方だった。魔力が無い女は必要ない、そこまで言われるようになった。
「そこまでして王太子妃にしがみつきたいのか?だがレイティアは全く私の好みじゃないぞ、可哀相に。おまけに魔力まで無いからな」
ミハイルは、レイティアから婚約解消を言い出さないのは王太子妃に成りたいから。そしてミハイルを好きだから。そんな悪意ある曲解に辿り着いたらしい。その超理論に呆れて物も言えない。
ただひたすらに王家からの婚約解消を待ち続けていた。家族には辛いとこぼしたことは無かったが、有能な父は全てを調べあげていたようだった。無理をせず辞めてもいいと言ってもくれた。
―あの時の私は何て馬鹿だったんだろう。意地を張らずにとっとと辞めていれば、あんなにも辛い気持ちにならずに済んだのに。そして下らない断罪ごっこにも巻き込まれなかったはずだわ!―
「レイティア・ゴードリック!君との婚約は今夜をもって解消とする!!」
あの言葉を聞いたとき、レイティアの十年は本当に無意味だったんだなと一瞬虚ろな気持ちにもなった。
―ただただ王家と彼に振り回された十年になってしまったわ…―
…コンコンコン…
何かが聞こえる気がするが、よくわからない。
……ドンドン!……
やはり何かが聞こえる。もっと大きな音になったが一体…
「レイティア嬢!…レイティア嬢!大丈夫か!?頼むから返事をしてくれ!!」
大きな声ではないが、むしろ必死さが伝わってくる。切ないような悲しいような、焦っている声だ。
―まるで誰かが私を必要としてくれてるみたいだわ。こんなに必死になって……ってアレ!!?私……―
ガバッと起き上がり、何とか歩いてみる。寝起きでふらつくがそれどころではない。人を待たせているのだ。やっとドアまで辿り着いて触れると、何かが消えていく感覚があり外からドアが開いた。




