本当の関係
今のカインには出来ることは何も無いが、それでもレイティアを助けたいと思った。何故かは分からないが、衝撃過ぎる出会いのせいなのかもしれない。カインの本心を皇子に伝えてしまったが、それは皇子の判断しいては国の判断に何も関係が無い。
―だが、皇子がレイティアに有利な判断をしないとしたら俺は…―
「そうか。それは職務ではなく個人の見解だな」
「…そう、です……」
ぐうの音も出ない、真っ当な正論を叩きつけられる。このままではレイティアを助けられない、目の前が暗くなる思いだ。だが、皇子がカインに意外な言葉をかける。
「ゴードリック公爵家ならば、こちらの力になってくれるかもしれないな?ゴードリック公爵は、そうやすやすと王家に飲み込まれる程甘くない」
「はい?」
「あの程度の王太子が好き勝手出来る王家より、公爵家の方がよほど信頼出来る。令嬢の身の安全を確保し、しばらくこちらで匿おう。公爵家には内密に連絡を取り、こちらの調査に協力を願おうと思う」
カインは信じられない思いで、クレイ皇子を見つめる。まさかこんなに直ぐにレイティアの保護が決まるとは思わなかったのだ。
「何か不服があるかい?」
「いいえ、ありません!クレイ皇子殿下の適切な判断に感謝申し上げます!」
「それなら良かった。だけどさぁ、カイン。僕にその対応はどうなの?」
「は?」
そこまで失礼な態度をとったつもりは無かったのだが、皇族にとっては許せないものだったのだろうか。無意識に言葉が崩れてしまったのが良くなかったのか、などとカインは考える。
「だからぁ、あんまり他人行儀過ぎない?」
すらりとした綺麗な顔立ちの皇子が、執務机で頬杖をついてカインに緩く抗議する。
「今は他に誰もいない兄弟水入らずなのにさぁ。もうちょっとお兄ちゃんと仲良くしてよ」
「…!」
「カインは公私を分けすぎだよ!たまにしか会わないのに、お兄ちゃん寂しいよ!」
「クレイ皇子…」
「皇子ダメっ!第一、カインだって皇子じゃないか。仕事だからって、そこまできっちりしなくてもいいのにさぁ」
「はぁー…。兄上…」
「うん、カインと仲良しの兄上だよ!」
先程までの冷静沈着な切れ者皇子はどこへ行ったのか、甘えた声で兄上呼びを強要してくるのだ。カインも思わず溜め息をつきたくなる。30過ぎて何が兄上だ、と言いたくなるが、この若干ブラコン風味の男性が正真正銘カインの兄なのは事実であった。
カインの実の名は、カイン・ステイトリーと言う。彼はステイトス帝国の第四皇子なのだった。先程までファーガスと名乗っていたが、それは騎士団内での偽名だった。
騎士団に入隊する時すでに第一皇子であるクレイが団長として統括していたので、兄に配慮した部分がある。そして皇族として入隊することにより発生する、贔屓や気遣いを避けたかった。
その為何年も騎士団で勤務しているが、カインの本当の身分を知るものはごく僅かで。兄や兄の側近、そして第三部隊長のトマスくらいなのであった。
別に兄弟仲が悪い訳でもないが、仕事で露骨に兄の庇護下にいると思われたく無かったのだ。
ちなみにカインは第四皇子だが、兄妹は全部で6人いる。クレイは第一皇妃の、カインは第二皇妃の子だ。だが他所の国であるような兄妹の確執はまるでなく、むしろとても仲が良いと言えた。
しかし、大体が成人を過ぎた兄妹だ。昔程ベッタリでは無くなっていて、クレイとしてはそれが不満らしい。皆それぞれ仕事などがあるのだから仕方ないと思うのだが、クレイはそれを望んでいるようだ。
クレイはカインとそっくりとまでは言えないが、黒髪金目の見目麗しい顔立ちで隣に並べば兄弟と分かる位には似ていた。クレイの方がカインよりは少し冷たく見えるようなキリッとした美形だった。
だが今はぐでぐでのブラコンに成り果てている、クールな美形皇子をカインは軽く無視する。
「では俺は第三部隊に戻り、その旨をトマスに伝えて来ます」
「…そうだね。そして、カインはレイティア嬢の護衛に付くように。もちろん帝国のそれとは分かられないようにね?」
「かしこまりました」
「こちらでも色々探ってみるが、何か掴めば伝令を送るよ」
「はい!それでは失礼いたします」
「うん。…でも帰るの早くない?急いでてもお茶の一杯位、兄上と飲んでもいいと思うよ?」
真剣な話題と、微笑ましい会話が入り交じる。兄のことは好きだし尊敬しているが、こういった時が面倒だ。そこまで考えていた訳でもなかったが、やはり職場では偽名で線引きしておいて良かったのかもしれないとカインは強く思ったのだった。




