現実では
レイティアは昔の夢を見ていたが、一方その頃カインは何をしていたのかというと。自らの所属部隊の上司の元へ向かっていた。カインはステイトス皇国騎士団第三部隊所属であり、これから報告に行くのは部隊長のいる宿屋である。
カインの中ではレイティアを助けると決めているが、いざ隊長に報告するとなると経緯といい結果といい疑問しか生まれないはずだ。どんな反応をされるのか不安がよぎる。隊長は訓練は厳しいが、隊員の事情などにも理解がある人だ。
―しかし今回の件は、任務外の上シューベル王国の内部事情に深く関わる話だ。果たしてどうなるか流石に読めないが、万が一の時は…―
何か決意した表情のカインは、第三部隊の滞在する宿屋に着いた。カインもこの宿屋に部屋はあるのだが、諜報活動をする為に身分照会などのチェックのあまい宿をもうひとつ取っていた。そこにレイティアを休ませているのである。
宿屋の入り口で立番している仲間の騎士に、マントのフードを取り顔を見せる。すると騎士が礼をとった。
「お疲れ様です、副隊長!」
「隊長がお待ちしてます」
「ご苦労様。今から行くよ」
そう、カインは第三部隊の副隊長なのであった。あれだけの実力があればそういうことにもなるだろう。待っていると言うから、とにかく隊長のいる部屋へと向かう。
二階の隊長の部屋の前で一、二度深呼吸をしてドアをノックする。
「カイン・ファーガス、只今戻りました」
「入っていいぞ」
中からの声で部屋へ入る。レイティアのいる宿屋とは部屋の広さも段違いだし、立派な調度品や執務机があり内装も凝っている。そもそも部屋数が違って、寝室は扉の向こうだ。
部屋の中の執務机には、浅黒い日焼けが似合う茶色の短髪の男性が座っている。いかにも騎士といった感じの、体格の良い三十代半ばの渋みがかった良い男だ。彼が第三部隊の隊長なのである。
「遅くなってしまい、すいませんでした」
「あぁ。お前に限って何かある訳もないが、少しは心配したぞ」
隊長はニカッとした笑顔をカインに向ける。カインも笑顔を返したい所だったが、今回の件の複雑さを考えて微妙な表情になる。いつもきっちり任務をこなすカインの、その表情を見て隊長は問いかけた。
「何かあったのか?」
「…えぇ。少し問題がありまして」
「対象に動きがあったのか?」
「そうじゃないんですが、ちょっと色々と問題があるんで。人払いをお願いします」
「わかった」
部屋には他に二人ほどいたが、補佐役といったところだろう。隊長が目線を合わせ、手で払う仕草をすると二人とも部屋の外へ出ていった。そして隊長はカインを見遣る。
「これでいいか?」
「ありがとうございます」
「しかし、一体何があったって言うんだ…?」
念には念を入れて、カインは人差し指を伸ばし部屋に盗聴防止の魔法を展開した。
「おいおい、ずいぶんじゃないか?嫌な予感しかしないんだが」
「トマス隊長、先に言っときますけど。面倒事持ってきましたから」
「勘弁してくれよ!お前の面倒事なんて、大体ろくでもないのばっかりじゃねぇか!」
二人しか居ないこともあり、口調もだいぶくだけたものになる。お互いに信頼して、何年もコンビを組んで仕事をしているのだ。だからといって、今回の件をすんなり受け止めて貰えるとは限らないが。
「…それでこんな仰々しくして、一体何があったって言うんだ?」
「とある令嬢を保護しました。ゴロツキに襲われかかっていたので」
「?特に問題無いんじゃないか?まぁ王国内の事案だが、一国民を守る為と言えば通る話だな」
「その令嬢は、只の一国民じゃ無かったんです。むしろ王国唯一の令嬢でしたっ…」
カインはがくりと項垂れる。反省なのか、何なのか。そしてこの1日ばかりの間に起きた出来事を、遂に上司に打ち明けたのであった。




