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忘れられない出来事

 


 レイティアは馬房に着くと、機嫌の良さそうだった栗毛の馬に早速鞍を取り付けた。頭を撫でながら「宜しくね」と話し掛ける。馬が頷くような仕草を見せたので、安心して鞍に腰を下ろす。



 もちろん馬丁もいたが、レイティアが来ることには慣れているので特に口出しすることもなく笑顔で見送った。



 本来は乗馬服を着るところだが、今日は急に思い立ったのでドレスのままでの乗馬だ。妃教育の先生方が見たら倒れてしまうような、はしたないと言われる格好になっているだろう。だが、公爵邸でのレイティアはそんなのお構い無しだ。



 馬との呼吸を合わせる為、先ずはゆっくりと歩いてもらう。そうしてぼうっと考える。



「魔力測定かー…」



 測定することでレイティアの身体に負担は無いので、それは構わない。ただその後に口やかましい宰相などにねちねち嫌みを言われるのが面倒なのである。



 魔力がいつ発現するかは人それぞれではあるが、だいたいは幼少期には発現しやすい。魔力が大きいものが急に発現して、制御出来なかったりすると大変危険だ。なので予め測定して、魔力があるとわかれば発現まで制御や魔法の使い方を学ぶことが出来る。



 もしくは成長してから測定してみると、実はひとつの属性だと思っていたものが複数属性だったことが判明したりする。魔力の扱いが得意なものは、自らの属性も把握してきちんと使用出来る。逆に不得意なものは属性も言われて知る場合もある。



 レイティアが初めて魔力測定したのは7歳の時だ。測定時期としては一般的な年齢だった。その時は皆レイティアに魔力が無いとは想定しておらず、驚いた。レイティア本人もだ。



 公爵家という血筋のはっきりとした家門の子供だし、両親と兄は魔力があった。だから、なんとなくあるだろうと思っていたのだ。優しいおじいちゃんのような神官が公爵邸まで来てくれたのだが、その時の神官の顔を今でも思い出す。



 優しい笑顔だった神官がレイティアに魔力を流すと、ひどく困惑した表情になった。そして言葉を濁しながら伝えてきた。



「お嬢様の魔力は……。ええと、無いとは言えませんが…。私にははっきりとは感じ取れませんでした…。」



 こちらが公爵家ということを慮って、断言を避けたのだろう。だが、あると言われなかったのだ。それが全てだろう。レイティアはひどく驚いたものだった。



 レイティア以外の家族全員が魔力持ちなのに、1人だけ魔力がなかった。更にはこの時既に、王太子の婚約者になっていたのだ。魔力の有無が地位などに関係無いとはいえ、流石に大丈夫だろうかと不安になった。だが、その事実に対して父親の反応はというと。



「なるほど。分かりました。神官殿にはご足労御掛けしました。」



 冷静に神官を帰した上で、「まぁ、そういうこともあるだろうな。問題は無い。測定ご苦労だったなレイティア。ゆっくりお休み」と拍子抜けするほど普通だった。



 母親と兄は多少は驚いたようだが、レイティアを気遣ってくれた。なんとなくの思い込みと期待で、レイティアの魔力持ちを想定したことに申し訳なさも感じているようだ。魔力の発現条件は解明されていないのだから、兄妹でも違っていておかしくはない。



 だがレイティアが兄の立場だったとしても、やはり自分と同じ魔力持ちを想定したと思える。



 なぜなのか。それは誰にもわからないし、誰のせいでもない。ひとつ言えるのは、レイティア自身にがっかりしたということだ。家族は誰も責めないし、差別されたりもなかった。



 ただこの日を境に、宰相一派から魔力の事で露骨に嫌味を言われるようになったのだった…。




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