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思いっきり

 


 レイティアは公爵邸から出ると、ドレスの裾を握りしめ全力で走った。何処に行くでもないが、広大な庭園があるのでひたすら走る。



「宰相様って本当に嫌な人だわ!魔力が測定されないのなんて分かりきってるのに!」



 レイティアは走りながら文句を言う。誰に聞かせるわけでもないので、言いたい放題だ。レイティアは嫌な事や辛い事があった時、そうやって胸の内を1人吐き出し頭を冷やすのだった。走り回って身体もへとへとになり、夜もスッキリ眠れるといった具合になる。



 レイティアも公爵家の一員として、マナーはきちんと学んでいる。人前ではそれはそれは立派なものだったが、家族と使用人だけになると話は別だった。レイティアの全力疾走もたまにあることとして受け止められ、特に咎められはしなかった。



 またレイティアは自分の足だけでなく、馬で駆けるのも好きだった。貴族令嬢の乗馬趣味はあまりよく思われないものだが、公爵家では普通に認められた。



 1人で邸内にある馬房へ行き、いそいそと馬の世話をしたり自ら鞍を取り付け乗馬を楽しんだ。さすがにドレスのままとはいかないので、馬に乗る際は乗馬服になるがそれも兄のお下がりだ。



 実は通常の令嬢の乗馬というのは、専用の鞍で横向きに座りゆったりと楽しむものとされている。ドレスでも乗れるようにだ。ドレスを乱すような乗り方は淑女にあるまじき行為らしい。



 しかし、レイティアはそれが我慢出来なかったのだ。せっかく馬に乗っているのに、鞍上でのんびり佇むだけなんて楽しくない。馬だって走れずに可哀想だ。そうしてレイティアは兄のお下がりを来て馬に跨がり、乗馬をするようになった。



「馬に乗ろうかしら」



 思いっきり走ってもまだスッキリとしないのだ。レイティア自身が思うよりも、宰相の嫌がらせにうんざりしていたのかもしれない。



 レイティアは馬房へと向かうことにする。馬に自由に乗れる環境にしてくれた両親には感謝しかない。



 そもそもレイティアが公爵令嬢なのに、少し変わった趣味が許されるのは父親の方針が大きい。シューベル王国にニ家門しかない公爵家なのだが、そのうちのひとつがゴードリック家。その当主で、王国の財政を担う財務大臣に就いているのがレイティアの父親、ロンバードだ。



 ロンバードには公正、平等という信条があり仕事も家庭も可能な事ならば、その方針で進めていた。仕事で公正平等は当然と思われるかもしれないが、莫大な資金と強大な権力のある公爵家当主としてはひどく珍しいタイプかもしれない。



 ロンバードはとても有能なので、かつて議会から是非にと宰相の地位を提示された。だが固辞した。既にレイティアが王太子の婚約者に内定していたからだ。一つの家門に権力を集中させるべきでないという考えなのだ。



 そういったような考えで、公爵家内も動いていた。レイティアの兄のジェイドが後継者だが、レイティアにも平等に教育の機会は与えられた。後継者でなくても同等の教育に乗馬、さらには軽い護身術までレイティアが求めるならば与えて貰えたのだ。



 普通の貴族令嬢であれば本人が学びたくても、世間体などを考えて学ばせて貰えなかっただろう。両親の方針に感謝だ。



 もっとも王太子の婚約者になった時点で、レイティアの少し変わった趣味は口外出来なくなった。そして、公爵邸または別荘でだけの楽しみとなったのであった。





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