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7.出会い

「この――待ちなさいッ!」

「ま、待てと言われて立ち止まるやつがあるか! 鬼女!」

「何ですって!」


 カインは、ライカに追われていた。

 ことの発端は……というほどでもない。

 モーシュの乗った馬車が通り過ぎ、集まった民衆も徐々に解散し、カインも欄干から飛び降りたところ――ばったりと自警団少女ライカと出くわしたのである。

 そしてこれはカインの想像だが……ライカは、随分とモーシュにお熱だ。何せ、過ぎ去った馬車に対して、恍惚とした表情で胸に両手を当てていたのだ。


 ゆえに、追われる理由としては、

「あんた、笑ったわね――私の信仰心をッ!」

「お、鬼が夢見心地な顔してたら笑うだろ!」

「キサマァッ! 乙女に対してなんてことをッ!」

「ヒィッ! 乙女ってんならその顔つきやめろ!」

 ”スラム人”として目をつけられた以上に、何やら彼女の逆鱗に触れてしまったためだった。


 カーブする坂道を突っかかりながらも何とか駆けくだり、適当な路地へ飛び込む。

 幾分距離を離して視界から外れたと言うのに、その嗅覚は鋭く、しつこくあとを追ってくる。

 しかも――。


「もう容赦しないんだから! ”ウォーター・ショット”!」

 人通りがない比較的狭い路地裏では、何の躊躇もなく魔法を放ってきた。

 走りながらでは命中率が低いのか、家の壁や石敷きの道で弾けたりと当たりはしなかったのだが……。

「わっ、あぶね――お前、もうちょっと考えて撃てよ!」

 家のベランダに吊り下げられていた鉢を撃ち落としてしまったりと、とにかく二次災害的な危険を避けるので必死だった。


「あんたが避けなければいい話でしょ!」

「無茶言うなよ……!」

「こうなったら! ”水よ、ながるる川のごとく、撃ち放て――ウォータ・ストライク”!」

「んげっ――!」


 迫り来るのは水鉄砲。

 ただ、ちゃちなオモチャから放たれたものではない――さながら戦車が撃ち放つ砲弾のように、迫力と破壊力と追撃力があった。

 後ろを振り返って目を開いた時には、もう遅い。

 すぐそばの裏路地へ向けて一歩踏み出す――それが限界だった。


「――っ!」

 幸いだったのは、ライカはまだ十歳にも満たないであろう子供だということ。

 威力ある魔法は彼女の手には余るのか、その狙いは”ウォーター・ショット”よりも雑だった。一歩踏み出していなければ、直撃していた。


 だがその威力ゆえに、余波も凄まじかった。

 石敷きの道を砕いた魔法は、マンホールを吹き飛ばして溢れ出る水害の如く、飛沫を散らした。

 少年”カイン”の六歳の体では、耐え切ることなどできず――容易く吹き飛ばされる。


「ぐっ……!」

 どどん、びたん。幾度も地面で跳ね、強い衝撃が全身を打つ。一瞬息もできなくなるほど、肺から全ての空気が抜ける。

 それでもなんとか立ち上がれたのは、うまい具合に転がるに収まっていたためだった。この程度ならば、子供の頃に自転車で思いっきりフェンスにぶつかった時よりも幾分マシである。


「はぁ、はぁ……げほっ……! ほんと無茶する……!」

 狭い路地で、壁を頼りになんとか足をすすめる。

 数秒もすればライカに追いつかれてしまう。そうなれば今度こそ逃げる手立てはない。


 隠れるところはないかとあちこちに目を走らせるものの、そこは一直線に別の通りにつながる狭い路地。荷台らしき木片や一部が腐った木樽が捨てられてあるのみ。

 隠れるところなどない。普通ならそんなことはしなかったが……衝撃で揺らされ、息も絶え絶えで酸素不足に陥った頭では、木の樽が救世主に見えてしまった。


 よろよろになった体で、途中からは地面に這いつくばり、小さな陰と同化できるようにうずくまる。

「気づかれないように……! ”気づかないように”……!」

 かたかたと震えるつぶやく声は、路地裏に響く少女ライカの軽快な足音に消された。

 やはりすぐに追いつかれた。どうやら物陰に入ったのも捉えていたらしい。走る足を緩めて、ゆっくりと歩き出す。

 もうだめだ。そう悟ってはいたが、カインはなおも三角座りを崩さず、無駄な抵抗を続け……。


「あれぇ? おっかしいわね……。あんなよろよろを見失っちゃうなんて……」

 衝撃と水責めで弱っていたカインの頭でも、ライカの呟きを理解はできた。

 ハッとして顔を上げ……しかし、なんとか声は出さないように口をつぐんだ。余計な動きを殺しつつ、息を呑んで緊張に耐える。

 チラリと目だけを動かしてみると、途方に暮れるライカが映った。下手なかくれんぼに免じて演技をしているわけではなく、どうやら本当に見失ったらしい。


「あっ……」

 ライカの声に一瞬だけどきりとしたが、彼女の関心は別の方へ向いていた。

 路地裏が面する通りは、下り坂とつながる大通りよりかは、人通りが少なかった。

 ただ、やはりスラム街とは違って、きちんと道は石敷きで舗装され、ちゃんとした身なりをした人が行き交っている。

 その中で、買い物カゴを提げた一人の少女が呆然と立ち止まっていた。


「ねえ、あなた。もしかして、ミクラー教の修道女見習い?」

「え……あ……。はい」

「モーシュ様のお付き……だったり?」

「一応……。その……」

「はあ……っ!」

 モーシュに憧れか何かを抱いているライカは、その関係者と出会っただけでも興奮してしまったらしい。

 今まで何をしていたのかをすっかりと忘れて、修道女見習いの少女に見入る。


「ねえ……。握手……してくれない?」

「へ?」

「私とあなたが握手して、あなたがモーシュ様のお体に触れたら……それは間接的に私が……。私が……!」

「はあ……」

 見習い少女はわずかに体をひいていた。普通とは言えない考え方をするライカに、身の危険を感じたらしい。

 ただ、少女のその動揺の理由がそれだけではないと、カインは解っていた。

 なにせ、さきほどからチラチラと目が合うのである。


「ねえ、あなた、お名前は? 私はライカ!」

「あ……えっと……。ヴィーナ、っていいます」

 ヴィーナはおずおずと差し出された手を握る。その間にもカインと目が合っていたが、気分上々なライカは挙動不審なヴィーナには気づいていないらしい。


「あの、ライカさんは……。何かをお探しで……?」

 ヴィーナの問いかけに、カインは心臓が跳ねた気がした。まだピンチが去ったわけではないのだと悟ってしまう。

「ああ、それ、そう! ヴィーナさん、”スラム人”見なかった? 見かけだけはいっちょー前な男の子」

 なんともざっくりとした説明をするライカに呆れつつも、カインはドキドキとしながらヴィーナの答えを待った。

 その緊張感に耐えきれず、三角座りに立てた膝の間に顔を埋め……。


「み、見かけましたけど……。ぴゅん、ってあっちの方に……」

「モーシュ様の元にいると、言い方まで可愛くなるんだ……! ありがとう、ヴィーナさん——また会ったら、いろいろお話ししましょう!」

 ヴィーナの控えめな言い方と、去っていくライカの足音。

 思いがけないことが再び起こったことに、カインはまたもバッと顔を上げた。同時に、止めていた呼吸を再開させて、壁に寄りかかる。

「た、助かった……!」



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