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5.空想

 屋根を突き破って着地した衝撃は、どれだけ転がっても、痛みはなかなか治らず……。しかし、動き回る以外に逃れる方法を知らないがために、あてどなく床で身悶えする。

 だからか、階下から響く足音と、

「なんだっ、今の音!」

 という野太い男の声を聞き逃していた。


 カインが気づいた時には、複数人のどたどたという足音が近づいていて……、

「あ、はは……。どうも……」

 いかつい男たちに見下ろされては、そうやって愛想笑いを浮かべる他になかった。


「このガキ、どっから……って! 天井! リーダー、天井! ぽっこり!」

「わかってらァ、間抜け。しかし、こいつァ驚いた……。このガキ、昼間の……」

 カインは、”リーダー”と呼ばれる褐色肌の男に見覚えがあった。

 二メートルを超える巨体、盛り上がっている筋肉、そして何よりその凶悪な顔つき。目つきが鋭い上、眉がないとあっては、その恐ろしさに拍車をかけていた。


「よォ。ここは俺らのアジトな訳だが……何があって入り込んだ」

 男たちは物騒な顔つきで見下ろしてきていたが、”リーダー”たる男は、悪人な見た目に反して物腰柔らかく問いかけてきた。片膝を突き、目線を合わせてくる。

 だからか、カインも若干ビクビクしながらも、なんとか声を出すことができた。

「あ……えっと……。なんか、追われて……」

「ほォ? そりゃ自警団にか」

「自警団……? っていうのは知らないけど……。制服着た女の子に……。で……飛んでここに」

「飛ぶ? ってェと……上からか」


 ”リーダー”たる男が、ぽっかり穴の空いた天井を見上げる。取り巻きの男たちも、一様に限界まで首を逸らした。

 すると、別の男が素っ頓狂な声をあげた。

「飛ぶって……ここに着地するってことは――カチュ橋からっ? お、俺らでもやらねえぞ、そんなこと……」

 ”リーダー”も含めて、男たちが驚愕をあらわにして注目してくる。


 カインは何か言わねばならない気がして、おずおずと口を開いた。

「あー……。川は臭かったし……水泳苦手だから……。飛び降りた方がいいかなって……」

 一瞬、静けさが訪れる――かと思うと、床が揺れたのかと錯覚するほど、どっと湧いた。

 ”リーダー”も、蛇のような男も、熊のようなでっぷりした男も、隻眼の男も、その場にいる荒くれ者のような男たちが愉快そうに笑っていた。


「はっはっはっ! こいつァ、面白ェ! イカれてる――気に入った!」

 カインが目を白黒させている内に、男たちは笑いながらも意思疎通を図っていたらしい。

 ”リーダー”が男たちを見回しつつ、その異様に大きな手でぽんぽんと頭を叩いてくる。

「坊主、名前は?」

「あ……。カイン、です……」

「そうか。カイン。いい名前だ、覚えやすい」

「はあ……。”あなたは”?」

「俺ァ、ドルクだ。元兵士でよ。元締めの真似事をやってるんだが――うっと、いかん、喋りすぎたな」

「……?」

「あァ、まァ、ともかく。お前ほど面白いガキはそうはいねェ……。こうして出会ったのも神のお導きってやつだ。俺らの元に来ねえか?」




 ”リーダー”のドルクに、蛇みたいな目つきのペーター、でっぷり男のクラングル、隻眼のレーゲルス。それぞれが、既に仲間同然のように取り囲み、肩さえ組んできたのだが……カインは決めかねていた。

 強い拒否感があるわけでも、抵抗感があるわけでもない。

 むしろ、右も左も分からない土地で当て所なくうろつくよりかは、よほど心強い。皆悪人ヅラではあるが、笑顔がよく似合う。

 それでも理由が判然としないまま、曖昧に否定してしまい……しかし、ドルクたちの心は広かった。


『また顔を合わせることがあったら、今度こそ運命だ』

 そう言って、なんと飯まで持たせてくれた。一人で食べきれないほどのパンに、大小様々なリンゴと蜜柑、それから大きめの革水筒にたっぷりの水。

 抱えきれないと見るや、リュックまでくれ……『なんとなく』という理由で断ったことが引っかかってしまうくらい、手厚く送り出してくれた。

 家までの帰り道は簡単だった。ただ川沿いの土手を左手に見つつまっすぐ歩くだけ。

 そうすれば、泥色の川が見えるタイミングで覚えのある曲がり角があり……ここを曲がってぐねぐねと家の合間を縫っていけば、空き家に着くことができた。


「いい人たち……だったのかなあ」

 真っ暗な部屋でごろんとねころび、腹がぐうぐうとなっているのも構わず、ポツリとつぶやく。

「元締めとかなんとか言ってたけど……義理と人情の任侠ヤクザ的な……? 言われてみれば、スラム街を巡回してるっぽかったな……」

 なんとなく……。部屋の隅に置いたパンパンに膨らんだリュックには、手を出しづらかった。

 ぐう、と再びなる腹を抑えて、ひたすらに天井を見つめる。


「それにしても……。やっぱあれ、魔法、なんだよな……」

 思い出すのは、自警団と思しき少女ライカが放った水の塊。

 杖を構える姿といい、ぶつぶつとつぶやかれた言葉といい、迫り来る威圧感と迫力といい、空想上の魔法がそのまま現実となっていた。

 思い返せば思い返すほど、そのリアルさを実感する。それらを目の当たりにして感じた恐怖と驚きとが、夢などではないと引っ叩いてくる。

 興奮していいのやら、恐れ慄けばいいのやら。

 それが分からないほどに、気持ちがぐちゃぐちゃになっていたが……。


「俺も……使えたりして。魔法」

 とにもかくにも、おかしな一日だった。

 少年”カイン”として目覚めたり、見たこともない街並みを目にしたり、魔法と表現するほかない現象を体験したり。

 寝て起きたら、また違う何かが巻き起こっているのかもしれない。

 そう思いながら眠りについたのだが……起きても、事実が事実として続いているだけだった。


 ぢゅん、ぢゅん、という妙な鳥の声で目を覚ます。

 屋根の形通りの天井に、カビの匂いすら漂うオンボロな室内。床板に直接雑魚寝したために、身体中がバキバキになって痛みが走る。

「腹減ったな……」

 無意識に視線が動き、部屋の隅っこを見る。


 あるのは、パンパンに膨らんだリュック。ドルクからもらった食料でいっぱいになっているのだが、昨日はなんとなく手をつけられなかった。

 というのも、ドルクたちと別れた帰り道、いくつもの視線を感じることがあった。

 気にしない風を装いつつ、こっそり視線を辿ってみると、物陰に隠れて伺う孤児たちがいた。


 誰も彼もが、子どもとは思えないほどにやせ細り……見たこともないほどに飢えた目をしていた。そんな視線の先にあるのは、カインが背負っていたパンパンのリュック。

 背筋が震えた。おそらくは……否、間違いなく、彼らは満足に食べることができていない。飢えた狼とはよく言ったもので、貪欲な視線の数々が脳裏に焼き付いて離れなかった。

 それ故に、妙に腹が空かなかったのだが……今はそうも言ってられないほどに、唸りを上げていた。


「俺がどうこう考えても仕方がねえよな……。たべよ」

 リュックの口を絞っていた紐を解いてから、中身を適当に取り出してみる。

 手に取ったのはパン。そのざらざらとした感触だけでも固いことがわかる。あまり気乗りはしなかったが、それでも空腹には勝てず、思いっきり齧ってみる。

 ぼそぼそとして、食感も何もあったものではない。しかし調味料としての空腹はとびきり優秀で、食べる手が止まらなかった。

 リュックの横ポケットに突っ込んでいた水筒取ってがぶ飲みをして、また新しいパンをむさぼる。

 少年”カイン”の六歳の体には、二つ食べただけでも十分だった。


「ああ……。久しぶりに食った感覚……」

 ごろん、と床に伸びてから、再び天井を見上げる。

「そうだ……。俺、魔法使えるのかな」

 想像以上に幼い少年”カイン”の腕を伸ばして、ぽそりとつぶやく。

 思い出すのは、世にも恐ろしい顔つきで迫ってきた少女……の放つ水の塊。その突如とした現象は魔法という他になく、実際、ライカもそう口にしていた。

 彼女が『魔法』という言葉を口にした場面を思い浮かべ――そこでカインは、ばっと体を起こした。


「そういえば……。なんか知らねえけど、あの時、魔法が消えたよな……?」

 自警団少女ライカは、顔を合わせるなり『スラム人』と罵倒し、水の塊を放ってきた。

その恐怖に耐えきれずに目を瞑ってしまったが……気がつけば、何事もなく脅威は無くなっていた。

 少女が絶句していたのを思い出す限り、彼女が意図して魔法をやめたのではないことは明らか。

 ということは……。


「俺が何かしたんだよな。魔法か? いや、でも、あん時ビビって動けなかったんだけど……」

 訳が分からなくなり、深いため息を漏らす。

 いつもならばそこで「分からん!」と諦めていたが……何か引っかかるものがあって、もう一度頭を回転させた。


「誰かが庇ってくれた? いや、それも……。だって……みんな驚いてたよな。じゃあ、やっぱ俺か……?」

 腕を組み、首を傾げつつ、もう一度洗いざらい思い返す。

「魔法見て、腰抜けて、尻餅ついて。そんで? たしか、何か言った気が……やめろって……?」

 はたとして、もう一度つぶやく。

「やめろ……。目ぇ瞑っちゃったけど、あのあとに魔法がなくなったんだとしたら……。俺がやめさせたってことか……!」


 そうなのかな。そうかもしれない。そうに違いない。

 不定形だった考えが、頭の中で徐々に確固たるものに変わっていき……その興奮に突き動かされて、パッと立ち上がった。

 しかし、一瞬経つと、途端に冷静になる。


「いや、まてよ……。やめろって言っただけで、魔法が消えるもんなのか? 消えろ、だったらわかるけど……。しかも魔法っぽくない……」

 カインは、自分の顔つきが渋くなっていくのを自覚した。

「そう、もうちょっと、こう……カッコいい感じの……」

 パッと手を突き出し、

「”ウォーター・ショット”! とかさ」

 すると、摩訶不思議な現象が起きた。


 まるでその言葉に呼応したかのように、ヴンっ、という振動が掌を伝ったのだ。

 不思議に思う間も無く、水の塊が出来上がり――発射。

 ずどんっ、と壁に直撃し、車が水溜りを弾き飛ばすかの如く、室内が水浸しになる。

「は……?」

 跳ね返ってきた水飛沫をモロに浴び、カインは呆然としていた。

 六歳の体の小さな掌を見つめてから、再度壁を見つめる。壁に穴が開いているということはなく、むしろ傷つきもしていなかったが……確かに、水がばら撒かれていた。


「おいおい、マジかよ……! 俺も魔法が使えるってか……っ」

 現実をようやく飲み込んだカインは、興奮を喉に詰まらせた。

「じゃあ、じゃあ……! 空飛べたりとか……。もしかしたら、四次元ポケット的なやつも……!」

 想像するだけでも心が沸き立つ。

 その万能感にも感化されたが、何よりも、訳のわからない異世界にいるという状況に光が差した気がしたのだ。

 水を自由自在に出せるのならば、夢見たスローライフを実現するのだって難しくない。

 むしろ、現代日本のように発展していない世界であれば、北海道で見た『何もない』光景もごまんとあるだろう。


「よしよしよし……! 良い感じに運が上向きになってきた!」

 カインはガッツポーズをして……ぐっと握っていた拳を前へ突き出してみた。

「もう一度試しに――”ウォーター・ショット”!」

 その言葉の如く、再び水の球が掌の前に浮かぶ――そう思っていたが。

「……何も起きない」

 カインが思っていた詠唱は、単なる妄想に成り下がっていた。

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