はっきりして欲しい
バーに入ってきた雅哉とその連れは、どうやらテーブル席に座るようだ。
愛理を意識しているのか雅哉に抱き着く仕草の女。それを見ている愛理の同僚から、呆れ気味な声が漏れてくる。
「なにあれ」
「丸茂さんの方が美人だから、取られるーとか思ってたりして」
「あー。ありそう」
ここでも苦笑いするしかない愛理だ。
「あれに引っ掛かる男もどうかと思うけど」
「丸茂さんの元カレだから、悪くは言いたくないんだけど」
「いいよ。だって事実だから」
「でも、もうちょっと空気読めよって」
ふたりなら相席で良ければ居酒屋に入れたであろう、にも拘らずバーに入ってきた理由は不明。
「言い出しっぺってどっちかな」
「元カレだったりして」
「店入るの見てたとか」
視界の隅の方でイチャイチャするふたり。見た目はそうなのだが、少し違和感を感じさせる行動が、雅哉から度々見られる状態だった。
雅哉の腕に抱き着き下から仰ぎ見る感じの女。キャバ嬢のおねだりを見ている感じなのだ。しかし、雅哉の意識は女に向いておらず、時折、愛理に視線が向く。当然だが、ちらちら見ていようと、堂々と見ていようと視線を感じるわけで。
「ねえ」
「ん?」
「見てるよあいつ」
「そうだね」
ひょっとして未練があるんじゃないかと、邪推しながらも盛り上がる同僚たち。
「どうする?」
「なにが?」
「なにがって、より戻そうとか言いだしたら」
バーテンが新たに出してきた、ニューヨークと名の付いたカクテル。カクテルグラスを持ち少量口に流し込むと、ウィスキーベースのそれは、オレンジピールのほろ苦さと、グレナデンシロップの甘みが程よく調和した味がする。
そして、問いに対しての言葉を紡ぐ。
「んー。そうだなあ、あいつの年収が二千万超えたら考えてもいいかな」
「うわっ! その気ないってことだよね」
「理想としてはそのくらいあるといいけど、でも現実はねえ」
「浮気の代償だと思えば安いもんでしょ」
一度は別れて、また一緒になりたい、なんてのは男の勝手な都合でしかない。それに合わせるならば相応の何かが無ければ、よりを戻す理由にはならない。
世の中、早々虫のいい話は無いのである。
ある程度時間が経過すると、愛理の元カレを酒のあてにしていた同僚たちも、相応に酔いが回りそろそろ帰ろうとなった。
バーの会計を済ませている間も雅哉の視線を感じる愛理だ。
「まだ見てる」
「これ、未練あるんじゃないの?」
「未練がましい男って気持ち悪い」
「気にしなきゃどうってことないよ」
そう言うと同僚とともにバーを後にする。
「じゃあ、また来年!」
「よいお年を」
「またね。よいお年をー」
各々解散するとひとり家路につく。
酒は入ったものの寒さは身に染みる年の瀬だ。家に着くも室内は寒々しく、温もりの一切を感じさせない。
エアコンのスイッチを入れ加湿器も稼働させる。そのままバスルームへ行き湯を張っておく。コートを脱いでハンガーにかけると、ベッドに腰掛け湯張りが終わるのを待つ。
スマホを手にすると着信があったことに気付いた。
アドレスに登録のない番号だが、その番号には見覚えがあるようだ。
「まさかねえ」
バーでの様子から用件が想像できなくもない。暫し画面を見つめるも、そのまま投げ出し一旦体を横たえる。
湯張りが終わった合図とともに起き上がると、冷えた体を温めるべくバスルームへ。
じっくり湯に浸かり体を温めると、ようやく人心地吐き、精神的にも肉体的にも疲れた体を癒す。呆けた表情でバスルームの壁を眺める愛理。
「なんだかなあ」
湯上りに軽く水分補給をして、ドレッサーの前に座ると、お肌の手入れをしっかりこなしておく。
手入れが済むとベッドに腰掛けスマホを手に取る。
暫し画面を見つめるが、再び投げ出しベッドに潜り込む愛理だった。
「お正月は田舎で過ごそうかな」
付き合いが続いていれば、もしかしたら婚約の報告などと、目出度い話を持って帰れたのだろう。
その気だった愛理にとって、異なる展開となったのだが。
翌日になると、家の中を片付け掃除を済ませておく。
田舎に帰る気になったこともあり、新幹線の予約を取ろうとするもすでに埋まっていた。
「遅かったか……」
鈍行でだらだら行くのも疲れが溜まる。どうするか考えているとスマホに着信がある。
見覚えのある番号だ。無視していたのだが、またも掛かってきたようで、とりあえず話だけは聞いてやろうと出る。
「なに?」
申し訳なさそうでありながら、寂しそうな声を出す電話の相手。
「だから、用件は何?」
予想通りと言えば良いのか、よりを戻したいと懇願する雅哉だった。
ただ、想定と違ったのは相手の素性である。きちんと順を追って説明させること二十分。どうにも要領を得ない雅哉の言い分だったが、追求すると全体像が把握できた。
「つまり、逆玉ってこと?」
自分でも浅ましい存在だと思うと、情けない声を出す雅哉だが、やはり自分にあの女の相手は務まらないと。派手メイクの女に気に入られ、その親にも気に入られた。だらしない感じの雅哉ではあるが、仕事はできるらしく成績もいい。収入も同期に比べれば高い。見合う相手、と思われたことから、話がトントン拍子に進み已む無く愛理と別れた。電話口で泣きそうな声を出しながら、愛理に謝る雅哉が居る。
「バーカ」
言い分に腹が立ったのか、思わず口を衝いて出た言葉だったが、幾らか険しい表情から口角が上がり目じりを下げ、綻んでいるようだ。
「で? どうしたいの?」
まずは会ってもう一度きちんと説明し、頭を下げてお願いしたいと言い出す。
「許すと思うの?」
簡単に許されないことは承知の上だと。それでもやはり愛理を愛してる、と言って縋る雅哉。
「じゃあ、待ち合わせる?」
電話の向こう側で飛び上がって喜んでいそうな、そんな雰囲気が手に取るようにわかる、やたらと弾むような声がした。
日時と場所を決めると通話を終了する。
「バッカみたい」
そんな言葉が漏れ出るも笑顔になる愛理だった。
年明け。
「洗いざらい吐いてもらうから」
「わかってる」
KITTE丸の内一階にある丸の内カフェ会。和モダンなカフェは落ち着きのある雰囲気があり、ゆっくり話をするには都合がいい。
向かい合って座るふたりの姿。殊勝な様子を見せる雅哉と、あえてふんぞり返って見せる愛理。
しかし、その表情は穏やかだった。
―― おしまい ――




