接近遭遇が増えてくる
愛理と目が合った瞬間、気まずさからか顔を背ける雅哉が居る。視線を連れの女に向けて「やめろって」と口にし、マフラーを取られないよう抵抗を見せていた。
その様子を見て不意にいたずら心が芽生える愛理だ。
努めて無表情を装い、つかつかと歩み寄り傍まで来ると連れの女も気付く。
「こんなところで痴話喧嘩?」
女に視線をやると派手なメイクと派手な髪色。よく見るとカラコンまで使っている。次いで雅哉に視線を向けると「どこのキャバ嬢に入れ込んだの?」と、嫌みたっぷりな口調で問う愛理が居た。
狼狽え気味な雅哉と、こいつ何者、と言った感じの女が居るが。
「まーちゃん……ふーん、こいつねえ」
どうやら即座に元カノと認識したようだ。
「や、やあ。なんか、久しぶりだね。あ、一応紹介しておくよ」
「要らないから」
「あ、でもさ」
「まーちゃん。今付き合ってるのはあたしなんだけどお」
女がマフラーから手を放した隙に巻き直す雅哉が居て、再び無表情で話し掛ける愛理。
「悪趣味」
「誰のことお?」
「あ、たぶん俺のこと」
「それってえ」
愛理に向かって失礼な奴だと言う女だが、慌てる雅哉は現状を正確に把握できていない。
「えっと、その、なんで?」
「覚えてないの? ここからすぐの場所に勤め先あるの」
「あ、あーそうだった」
互いに職場が近いこともあり、幾度も目を合わせているうちに、意気投合したと言うか、声を掛けてきたのが雅哉だった。最初は軽くカフェで他愛もない話をしていたが、ひと月もすると付き合わないかと、雅哉が告白したのが切っ掛けとなる。
その時点で愛理から見て悪くはないし、相手も大手だしと打算の上で付き合い始めた。
「本気で先まで考えてたのに」
「いや、それは」
「まーちゃん。未練あるう」
「それは、ない」
打算から本気になった愛理は、少しずつ結婚資金を貯めて、明るい未来図を描くも頓挫して今に至る。
その相手が目の前に居て、しかも言っては何だが、頭が悪そうで素行もよろしくなさそうな。何某か取り得があるのかもしれないが、第一印象からして良さは見て取れなかった。
「ああ、そうだ。久しぶりだし、一杯付き合わないか?」
「バカでしょ」
「えっと」
「まーちゃん。元カノと付き合うってえ、バカって言われても仕方ないよお」
ここまで動揺する姿を見ると加虐心が芽生えたのか、ふたりの仲をかき乱すような言葉を口にする。
「マフラー大切にしてくれてるんだ」
「ま、まあね。俺、物持ちいいから」
「まーちゃん。それ違うよお」
「でもさ、使えるからさ」
マフラーは市販のものだが、実は自分の髪の毛を編み込んだ、とか嘘を言い出すと女が即座にマフラーに手をかける。
「ちょっと、待てって」
「怨念の篭ったマフラーは捨てるんだよお」
「そんなの篭ってないって」
「あのねえ、髪の毛編み込む理由知ってんのお?」
自毛を編み込む理由は怨念、ではなく両想いに至る、や、一生添い遂げるなどのジンクスが元になっているようだ。だが、そんな重い想いを編み込まれるのは、やはりホラーと言えるだろう。ついでに執念深さも見て取れる。
説明されると「してないよね?」と確認する雅哉だが、愛理はしれっと口にする。
「してるけど」
「まーちゃん! 捨てろお」
またしてもマフラーを引っ張りだす女が居た。慌ててそれを阻止しようとする雅哉。ふたりでジタバタ足掻く様子は、子どものじゃれ合いに等しい。
滑稽な状況を見て哀れみを覚えたのか。
「冗談に決まってるでしょ。それ市販品」
手が止まる女と安堵する雅哉だ。
「あ、もうこんな時間。あたし帰るから」
「ああ、うん。また」
「また、じゃないんだよお。まーちゃん!」
軽く溜飲を下げた感の愛理は、ふたりを置いてさっさと駅に向う。
雪が舞い散る夕刻を過ぎた頃だった。
数日後の歳末期。この一帯のオフィス街では翌日から冬季休業に入る。
年末最後の業務を終え会社を出る愛理だが、またしても遭遇した。
「あ、やあ。今年も終わりだね」
気軽に話し掛ける風ではあるが、その横には例の女が張り付いている。しっかり腕を回し体を寄せて、これでもかと仲睦まじさを見せつけているようだ。
軽いため息を吐くと同僚とともに、無視を決め込み駅へと向かう。
少し進むと同僚が「なにあれ」「相変わらず汚い女」など、ぼそぼそ口にする始末だった。
「いいよもう。気にしないから」
「自覚無いよね。あの男」
「女の方もこれ見よがしだし」
「あ、そうだ。これから飲みに行かない?」
少し考える感じの愛理だったが、一時間程度ならと飲みに付き合うことに。
オフィス街から程近い居酒屋に入ると、ほぼ満席でどうやら入れなさそうだ。
「無理かあ」
「予約取ってないし」
「じゃあさ、タリーズでも行く?」
「バーとかなら空いてそう」
仕方なく割高にはなるが、近場のバーに立ち寄ることにした。
ドアを開けると所謂大人の空間。騒々しさはなく静かに酒を嗜むような場。カウンターには若手のバーテンが居て「いらっしゃいませ」と声を掛けてくる。
「こっちの方が落ち着けるね」
「だね」
カウンターに四人並んで端に愛理が座る。
あまり馴染みのない空間ゆえに、何があるのかもわからないが、バーテンがまずは口慣らしのカクテルを薦めてきた。各々と軽く会話をして、愛理にはホワイトレディが提供される。
爽やかな香りの白い貴婦人。
「みなさんのイメージに合わせてみました」
気の利くバーテンなのか、バーという空間がそういうものなのか。
バーテンによってはその日の気分や体調を見て、出してくるカクテルを変える店もある。
「あ、美味しい」
「うん。いいね」
「色もいいよね」
愛理が口に含むとドライジンの苦み、軽やかな甘みのホワイトキュラソー、そしてレモンの酸味が絶妙なカクテルだった。
カクテルを嗜み、軽く会話を交わしていると入店してくる客が居る。
同僚のひとりが気付き愛理に耳打ちしてきた。
「なんか来ちゃった」
「え?」
「あれ」
と言われ同僚の視線の先を見ると雅哉だ。しかも例の女もセットで。
思わずしかめっ面になる愛理だが、向こうも気付いたのか、すまなさそうに軽く会釈している。
「気にしなけりゃ問題ないよ」
「そうだけど災難だね」




